後悔はなんだった?

木嶋うめ香

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初めての魔法治療2

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「セドリック! ガスパール先生、セドリックは?」
「セドリック!!」

 眠り始めた兄様を幼い体でなんとか抱きかかえた私には目もくれず、勢いよくソファーから立ち上がった両親は兄様の名前を呼びながらベッドに近付いて来る。

「お二人共落ち着いて、セドリック坊ちゃんは治療が効いて眠り始めただけ、ミルフィお嬢様の魔法は上手に掛けられていました。何も心配することはありません、まずは私に状態の確認をさせて下さい」

 ガスパール先生は兄様が眠り始めた理由を知っているから慌ててはいない。勿論キム先生も同じだ。

「そ、そうでしたな。治療が終わると眠くなると聞いていたのに、いざそうなると」

 兄様に私が掛ける魔法について説明した時、魔法を掛けた後眠くなる旨の説明をガスパール先生がしていたけれど、それでも両親は心配なのだろう。

「納得頂けたなら、少しお待ち下さい」

 お父様はガスパール先生に近寄らない様に言われたけれど、心配そうに先生の後ろから兄様を見ている。

「ミルフィお嬢様、セドリック坊ちゃんのお体をこちらに」
「はい、ガスパール先生」

 私を見ていない両親の視線に気が付いていない振りをしながら、兄様の体をガスパール先生に託す。
 ガスパール先生は兄様の体をそっとベッドに横たえると、兄様の手を掴み「神の光よ慈しみ深き神の愛よ、すべてを照らし目の前に現せ、弱気もの悪しきもの、すべて現せ」と詠唱を始めた。

「ふむ、……これは、成程」

 ガスパール先生は治療記録の綴りに確認結果を書き始めながら何度も頷いている。
 先生の表情は穏やかで、私の魔法は悪い結果になっていないのだと察して安堵の息を吐く。

「先生、セドリックは」
「予想以上に効いているようです。ミルフィお嬢様の魔力の調整がそれだけ素晴らしかったということですな」

 緊張してガスパール先生を見ていた私に、先生が微笑みながら頷く。

「先生、お兄ちゃまは眠っちゃった? ミルフィ、上手に魔法出来た?」

 ガスパール先生の様子から失敗していないと察せられても、先生の言葉でそれを聞きたくてつい尋ねてしまう。
 兄様はすぅすぅと寝息を立てながら眠っている。
 最近兄様は私と一緒に寝てくれるけれど、いつも私が先に眠り目覚めた時兄様はすでに起きているから兄様の寝顔を見る機会は殆どない。
 今三歳の私が言うのは変だけれど、眠る兄様の顔は年齢通り幼い。
 日頃大人の様に話す兄様でも、寝顔は五歳の子供そのものなのは何だか不思議な気持ちになる。

「ええ、とても上手に掛けられていましたよ。滋養魔法から強壮魔法への切り替えも見事でした」
「みごと?」
「見事というのは、上手に出来たということですよ。ミルフィ様」

 キム先生は、見事という言葉が分からないという振りをした私の頭を撫でながら教えてくれた。
 頭を撫でられるというのは、どうしてこんなに面はゆい気持ちにさせるのだろう。
 慣れない感情に、私は自分の寝間着をぎゅうっと両手で握り込みながら、恐る恐るキム先生の方へ視線を向ける。

「上手に出来た? ミルフィ、魔法をお兄ちゃまにちゃんと出来たの?」
「ええ、出来ていましたよ。ミルフィ様」
「そうじゃ、ミルフィお嬢様、魔法が上手に掛けられたからセドリック坊ちゃんはこうしてぐっすり眠っているのですよ。眠ることで強壮魔法が全身を巡り体を癒し強くするのですよ」

 ガスパール先生はまた難しい言葉を使い、私に説明する。
 先生の言い方に慣れてしまって、思わず頷いてしまいそうになるから困る。と思いながら曖昧に笑う。

「ミルフィお嬢様お疲れ様でしたね。今日はこのままお休み下さい。明日またセドリック坊ちゃんに魔法を掛けましょうね。出来れば朝食の前がいいですが、ミルフィお嬢様が早起きされるのが難しければ、明日の朝は私が魔法を掛けましょう」
「ミルフィ、やりたい。頑張って起きる。もし起きられなかったら、お兄ちゃまのメイドに起こして貰う」

 早起きは苦手だけれど、兄様の為なら頑張れる。
 
「ミルフィ様、出来ますか?」
「ミルフィ頑張るのよ。お兄ちゃま元気になるんでしょ?」
「ええ、ミルフィ様が魔法を毎日掛けて下さればきっとセドリック様は元気になりますよ」

 魔法を掛けている間感じていた、兄様の生命力の弱さを思い出すと不安になる。
 だけど、元気になると信じていれば、そうなると信じて魔法を掛け続けていればきっと兄様は元気になる。

「良かった。ミルフィ、お兄ちゃまと苺食べるのよ。キム先生も苺好き?」

 両親は私ではなく、眠る兄様を心配そうに見ている。
 私のことも見て、そう叫びそうになるのを必死に堪えてキム先生と話し続ける。

「ええ、私も苺は好きですよ。迷宮産の苺はとても甘くて美味しいですからね。さあ、ミルフィ様もお休み下さい。明日早起きしないといけませんからね。メイドには私から伝えておきます」
「うん、ミルフィも眠くなってきた」

 治療記録を書いているガスパール先生を横目に、キム先生は私をベッドに寝かしつけ始める。
 ふわぁっとあくびをして、目を閉じかけた私に漸く両親が視線を向けた。

「ミルフィ、魔法を頑張ってくれてありがとう」
「ミルフィがとても落ち着いて魔法を掛けていたから、お母様驚いてしまったわ」

 二人はそう言いながら、でもキム先生みたいに頭を撫でてはくれない。
 それでも、二人が私の名前を呼んでくれたから、私はそれだけで満足して瞼を閉じた。
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