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初めての魔法治療1
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緊張して、手が震えて冷たい。
そう感じながら、私は兄様が枕に背を預け座っているベッドによじ登ろうとして、その途端がっしりと体を掴まれ持ち上げられた。
「ミルフィ様の背では、踏み台を使われてもベッドに上がれないでしょう」
肩越しに振り返ると、キム先生が笑っている。
お父様とお母様は、私が集中出来るようにと離れた場所に椅子を持ってきて座ってるから先生が私を持ち上げてくれたのだろう。
「ありがとう、先生」
「どういたしまして」
ここにいるのは、私とキム先生とガスパール先生と両親だけで使用人達はいない。
お父様から魔法の使用許可が出たと兄様の部屋を訪ねて説明したら、「ミルフィ先生、頼りにしているよ」と微笑んでくれた。
ミルフィ先生と呼ばれたことより、頼りにしていると言われたことが嬉しくて、顔が熱くなった。
初めての魔法は夕食後、少し時間が過ぎてからと決められて、そうして今寝支度を済ませた兄様と私がベッドの上にいる。
魔法を掛けた後、すぐに眠りにつけるようにとのガスパール先生の配慮からだった。
「それではまず、セドリック坊っちゃんの体調を確認します。これはそのうちミルフィお嬢様にも出来るようになって貰えればと思いますが、暫くは私が行います」
「はい」
「先生お願いします」
体調確認の魔法を兄様は毎回受けているらしく、兄様は躊躇いなく、両袖をまくり上げると両手をガスバール先生の前に出した。
「神の光よ慈しみ深き神の愛よ、すべてを照らし目の前に現せ、弱気もの悪しきもの、すべて現せ」
ガスパール先生は、兄様本人ではなく兄様の頭の上辺りに視線を向けながら詠唱する。
ガスパール先生は私にもこの魔法を使える様にと言ったけれど、滑舌の悪い幼女の私では詠唱がそもそも難しい気がする。
慈しみ深く、言えるだろうか? いちゅく……駄目そうだ。
「ふむ、今日はいつもより調子が良さそうですな」
「ミルフィと昼間お茶を頂いたからかな」
兄様は機嫌がいいのか、そう言って私の方を見て微笑むから私も微笑みを返す。
兄様と一緒にお菓子とお茶を頂いた。
パティとジョゼットはお母様に呼ばれていて、兄様のメイド達が用意してくれたそれらはとても美味しかったし、兄様と一緒に食べるお菓子は格別だった。
「ふむ、セドリック様にも魔物の肉や卵は効くのかもしれませんなあ」
「果物でもいいですか? あれなら熱がある時も食べやすいから」
兄様の手を離し、のんびり話すガスパール先生に、兄様が尋ねる。
兄様は熱が出るとすぐに喉が腫れるそうだから、焼き菓子より果物の方がいいのかもしれない。
そういえば兄様は、元気な時も果物を好んで食べているから、元々好きなのかもしれない。
「迷宮産の果物なら、同じく効くかもしれないですねぇ。特に迷宮苺が良い」
「迷宮苺は領地の迷宮で採れますね」
キム先生の提案に、兄様はすぐに答える。
兄様はさすがだ、領地で何が採れるかすでに頭に入っているのだから。
「すぐに手配しよう」
「いいですね、侯爵。迷宮苺には魔牛の乳で作ったクリームを添えると良い。どちらも癒しの効果がありますからね」
食の細い兄様が出した希望に、お父様がすぐに反応し、キム先生が食べ方の提案をする。
最初は感情が読めない印象だったけれど、キム先生は優しいし、穏やかな人だ。
食べることが大好きらしく、驚く量を食べるし食べ方の知識が豊富だ。
「ミルフィも苺好きだよね。一緒に食べようね」
ベッドに上がる時乱れたのか、私の前髪を指先で払いながら兄様が誘ってくれる。
些細なやり取りが、嬉しくてたまらない。
「苺好き、お兄ちゃまと一緒に食べたいの」
離れていこうとする兄様の手を咄嗟に両手で掴んで、じぃっと兄様の目を見て、その目に嫌悪感がないと確認し安心する。
兄様の目は優しい。
優しい兄様を死なせないために、私は魔法を頑張る。
「だから、ミルフィ魔法頑張るの」
「……うん、ありがとう」
微笑む兄様の手を掴んだまま「魔法使って良い?」とガズパール先生に問いかける。
「最初は滋養魔法を、試しで掛けた時よりも弱く出来ますかな」
「弱く、弱く、魔法を掛ける」
兄様のもう片方の手も掴むと詠唱をしないで、心の中で念じ、発動した滋養魔法を維持していると、兄様の生命力を感じてその弱さに驚いて手を離しそうになる。
治癒魔法を掛けている時、患者の手を繋いでいると相手の状態が伝わってくる時がある。
今、まさに私の手は兄様の生命力を感じ取っている。
兄様の生命力がこんなに弱いとは思わなかった。
「ミルフィお嬢様、そのまま強壮魔法に変えられますか、出来なければ一旦休んでから……」
動揺しても辛うじて制御出来ている滋養魔法を、今度は強壮魔法に切り替えて維持する。
確かに魔法を止めずに切り替えを行なった方が効果は高いけれど、初めての治療でそれをさせようとするガスパール先生は、度胸が良い。
「ふむ、出来ている様ですな」
「凄い」
私の様子から強壮魔法に切り替わったと判断したんだろう、先生二人は見守ってくれている。
「セドリック様ご気分はいかがですか」
「温かい日差しの下にいるような気持ちがして、とても眠くなってきました」
強壮魔法が効いてくると、眠くなる。
つまり兄様に強壮魔法が効いているという事だ。
「ミルフィお嬢様、そろそろお止めください」
「……はい」
ゆっくりと魔力を閉じて、魔法を終えた。
それを感じたのだろう、兄様が私を見て「ありがとう」と言った後でふらりと体が揺れた。
「お兄ちゃま?」
「眠……」
私の方に倒れ込んだ兄様は、そのまま眠りの中に入っていった。
そう感じながら、私は兄様が枕に背を預け座っているベッドによじ登ろうとして、その途端がっしりと体を掴まれ持ち上げられた。
「ミルフィ様の背では、踏み台を使われてもベッドに上がれないでしょう」
肩越しに振り返ると、キム先生が笑っている。
お父様とお母様は、私が集中出来るようにと離れた場所に椅子を持ってきて座ってるから先生が私を持ち上げてくれたのだろう。
「ありがとう、先生」
「どういたしまして」
ここにいるのは、私とキム先生とガスパール先生と両親だけで使用人達はいない。
お父様から魔法の使用許可が出たと兄様の部屋を訪ねて説明したら、「ミルフィ先生、頼りにしているよ」と微笑んでくれた。
ミルフィ先生と呼ばれたことより、頼りにしていると言われたことが嬉しくて、顔が熱くなった。
初めての魔法は夕食後、少し時間が過ぎてからと決められて、そうして今寝支度を済ませた兄様と私がベッドの上にいる。
魔法を掛けた後、すぐに眠りにつけるようにとのガスパール先生の配慮からだった。
「それではまず、セドリック坊っちゃんの体調を確認します。これはそのうちミルフィお嬢様にも出来るようになって貰えればと思いますが、暫くは私が行います」
「はい」
「先生お願いします」
体調確認の魔法を兄様は毎回受けているらしく、兄様は躊躇いなく、両袖をまくり上げると両手をガスバール先生の前に出した。
「神の光よ慈しみ深き神の愛よ、すべてを照らし目の前に現せ、弱気もの悪しきもの、すべて現せ」
ガスパール先生は、兄様本人ではなく兄様の頭の上辺りに視線を向けながら詠唱する。
ガスパール先生は私にもこの魔法を使える様にと言ったけれど、滑舌の悪い幼女の私では詠唱がそもそも難しい気がする。
慈しみ深く、言えるだろうか? いちゅく……駄目そうだ。
「ふむ、今日はいつもより調子が良さそうですな」
「ミルフィと昼間お茶を頂いたからかな」
兄様は機嫌がいいのか、そう言って私の方を見て微笑むから私も微笑みを返す。
兄様と一緒にお菓子とお茶を頂いた。
パティとジョゼットはお母様に呼ばれていて、兄様のメイド達が用意してくれたそれらはとても美味しかったし、兄様と一緒に食べるお菓子は格別だった。
「ふむ、セドリック様にも魔物の肉や卵は効くのかもしれませんなあ」
「果物でもいいですか? あれなら熱がある時も食べやすいから」
兄様の手を離し、のんびり話すガスパール先生に、兄様が尋ねる。
兄様は熱が出るとすぐに喉が腫れるそうだから、焼き菓子より果物の方がいいのかもしれない。
そういえば兄様は、元気な時も果物を好んで食べているから、元々好きなのかもしれない。
「迷宮産の果物なら、同じく効くかもしれないですねぇ。特に迷宮苺が良い」
「迷宮苺は領地の迷宮で採れますね」
キム先生の提案に、兄様はすぐに答える。
兄様はさすがだ、領地で何が採れるかすでに頭に入っているのだから。
「すぐに手配しよう」
「いいですね、侯爵。迷宮苺には魔牛の乳で作ったクリームを添えると良い。どちらも癒しの効果がありますからね」
食の細い兄様が出した希望に、お父様がすぐに反応し、キム先生が食べ方の提案をする。
最初は感情が読めない印象だったけれど、キム先生は優しいし、穏やかな人だ。
食べることが大好きらしく、驚く量を食べるし食べ方の知識が豊富だ。
「ミルフィも苺好きだよね。一緒に食べようね」
ベッドに上がる時乱れたのか、私の前髪を指先で払いながら兄様が誘ってくれる。
些細なやり取りが、嬉しくてたまらない。
「苺好き、お兄ちゃまと一緒に食べたいの」
離れていこうとする兄様の手を咄嗟に両手で掴んで、じぃっと兄様の目を見て、その目に嫌悪感がないと確認し安心する。
兄様の目は優しい。
優しい兄様を死なせないために、私は魔法を頑張る。
「だから、ミルフィ魔法頑張るの」
「……うん、ありがとう」
微笑む兄様の手を掴んだまま「魔法使って良い?」とガズパール先生に問いかける。
「最初は滋養魔法を、試しで掛けた時よりも弱く出来ますかな」
「弱く、弱く、魔法を掛ける」
兄様のもう片方の手も掴むと詠唱をしないで、心の中で念じ、発動した滋養魔法を維持していると、兄様の生命力を感じてその弱さに驚いて手を離しそうになる。
治癒魔法を掛けている時、患者の手を繋いでいると相手の状態が伝わってくる時がある。
今、まさに私の手は兄様の生命力を感じ取っている。
兄様の生命力がこんなに弱いとは思わなかった。
「ミルフィお嬢様、そのまま強壮魔法に変えられますか、出来なければ一旦休んでから……」
動揺しても辛うじて制御出来ている滋養魔法を、今度は強壮魔法に切り替えて維持する。
確かに魔法を止めずに切り替えを行なった方が効果は高いけれど、初めての治療でそれをさせようとするガスパール先生は、度胸が良い。
「ふむ、出来ている様ですな」
「凄い」
私の様子から強壮魔法に切り替わったと判断したんだろう、先生二人は見守ってくれている。
「セドリック様ご気分はいかがですか」
「温かい日差しの下にいるような気持ちがして、とても眠くなってきました」
強壮魔法が効いてくると、眠くなる。
つまり兄様に強壮魔法が効いているという事だ。
「ミルフィお嬢様、そろそろお止めください」
「……はい」
ゆっくりと魔力を閉じて、魔法を終えた。
それを感じたのだろう、兄様が私を見て「ありがとう」と言った後でふらりと体が揺れた。
「お兄ちゃま?」
「眠……」
私の方に倒れ込んだ兄様は、そのまま眠りの中に入っていった。
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