後悔はなんだった?

木嶋うめ香

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泣き喚いても

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「ミルフィ、どうして」

 困惑している様な兄様の声が聞こえて来た。
 目を閉じている。いいや、眠っていたのかもしれないと気が付いて瞼を開こうとするけれど上手くいかない。

「目が腫れている。可哀相に、あんなに泣くから」
「セドリック様、そろそろ家庭教師が来る時間でございます。お部屋にお戻りになりませんと」

 ジョゼットの声も聞こえて来た。彼女の声がささやき程度の大きさなのは眠っている私を気遣っているからなのだろうか。
 私はなぜ眠っているのだろうと考えて、そういえば朝食の席で泣き過ぎたせいで疲れて眠り込んだのだと思い出した。
 お父様に呆れられたくない見限られたくないと思うのに、また私は失敗してしまった。
 幼いのだから仕方がないと思うけれど、朝から自分の思いを通そうと泣き喚く子供の声は大人には不快だろう。
 私はきっとまたお父様を失望させてしまった。

「家庭教師には待ってもらえないだろうか。ミルフィが目を覚ますまで。いけないかな」
「セドリック様、それは出来ないかと」
「ミルフィが心配なんだ。ミルフィは僕を心配したからおばあ様がこの子の夢に出て来て下さったのだと思う。幼いミルフィが僕の為にまだ習ってもいない魔法を使おうと考えてくれたんだよ。僕のために」

 違う。違わないけれど違う。
 私は兄様が心配だけれど、それ以上に自分のことが心配なのだ。
 兄様が前回の様に亡くなってしまうのが怖い。このままいけば私は両親から完全に見限られ、兄様と死別し、また孤独になる。そうして愛のない結婚をして、孤独に死んでいく。
 そんな一生をもう一度生きるなんて、私には出来ない。
 前回の私は知らなかった、自分に兄様を救えるかもしれない力があるなんて。
 でも今の私は知っている。努力すれば兄様を救えるかもしれない。未来を変えられるかもしれない。
 兄様を生かすだけでは駄目だ、兄様が健康になってこの家を継ぐ。兄様なら愛する人を見つけ妻に出来るだろう。
 お父様とお母様みたいに仲の良い夫婦になって、可愛い子供に恵まれて、そうして幸せな家族を作る。
 そこに私がいなくても、兄様が幸せならもうそれでいい。
 だってどうしようもない、努力して我儘や癇癪を抑えてもお父様達はすでに私を見限っている。
 兄様に私の能力があればと、お父様は嘆いていたのだ。
 私に能力があってもどうしようもない、私は愚か者だから、そんな能力があっても駄目だと思ったからあんな風に言ったのだ。
 私が努力しても、我儘を言わない子供になっても駄目だった。
 お父様に見限られても、せめて兄様だけは救いたいと魔法を使う許可を願い出ても、駄目だった。
 私はどうしようもない。前回も今回も、兄様を救う力はあるのに、私はそれを使う事を望まれすらしないのだ。

「ミルフィ、泣いてる」

 瞼が開かないのに、涙が流れていくのを感じた。
 
「ミルフィ、どうして。君はなぜ」

 目元を拭う優しい感触を感じながら、私は涙を流し続ける。
 辛い、悲しい、兄様を救いたいのに私はその機会すら与えられない。
 お父様は私なんてどうでも良いと考えているくせに、私が兄様の為に魔法を使う事を許してくれない。
 それはきっと私に信用がないせいだ。私がいくらおばあ様から力を頂いたと言っても信じてくれない。兄様がそう言ったならきっと信じてくれただろうに。私だから駄目だと言ったんだ。

「ミルフィ、君はまだ幼いんだよ。魔法だってこれから覚えるんだ。無理をしちゃ駄目だよ」

 兄様も私を信じてくれない。
 ミルフィは駄目な子だから、信じて貰えない。

「セドリック様。私はそうは思いません」
「どういうこと」
「私はミルフィ様に助けて頂きました。あの時ミルフィ様は治癒魔法を使い私の怪我を治して下さいました。あれは天の采配。亡くなった大奥様がミルフィ様に力を貸して下さったのだと思います。きっとミルフィ様ご自身にその才があるのです。だから大奥様はそのミルフィ様がその才を上手く使える様に力を貸して下さったのだと思います」
「ミルフィに才がある。でもミルフィはこれから魔法を習うのに」

 お兄様は困惑している。
 お兄様は今まで愚かな私の言動を知っているから、繊細な治癒魔法を私が使いこなせるなんて思えないのだろう。
 結局誰も私を信じてくれないのだ。私がどれだけ努力しても誰も私に期待しないし、私を信じない。

「……一度だけミルフィ様に機会を与えては頂けませんか」
「機会?」
「はい。キム先生とガスパール先生お二人に立ち会って頂き、ミルフィ様に治癒魔法を使って頂くのです」
「先生に立ち会って。でも」
「ミルフィ様はセドリック様に元気になって頂きたくて夢で大奥様にお力を頂いたのでしょう。どうかそのお気持ちを尊重頂けないでしょうか」

 ジョゼットは私の為に兄様に願っている。
 こんなこと使用人が言うのは間違っているというのに、それでもジョゼットは私の為に願ってくれたのだ。

「一度、そうだね。先生二人がいれば酷い結果にはならないかもしれない。ミルフィ、僕は君を信じるよ。君が僕を元気にしたいと思う。その気持ちを信じる」

 兄様の手が私の額を撫でる。
 前回、一度も兄様はこんな風に私に触れたことは無かった。お父様もお母様も、私にこんな風に触れなかった。
 兄様、大好きな兄様。もしも信じてくれるなら、私は全力で力を使う。
 全力で兄様の体を治療する。ただの風邪で命を落とすことが無いように、兄様の体を私が守る。
 だから信じて、兄様、私を信じて。
 瞼を開けないまま、私は涙を流し続けた。
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