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授業を終えて3(キム先生視点)
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「先生、僕は何を聞いても大丈夫です。教えて下さい」
「最弱というのは、何かの病気があっての事なのか」
私が恐れていたよりも冷静な声で、セドリック様と侯爵は問い掛けてくる。
冷静、なんだろうか。
いいや、どちらも冷静な振りをしているだけだ。
侯爵の方は、何か複雑な感情を抑え込んでいるように見えるし、セドリック様の方は冷静というよりも諦めた様に見える。
生命力が現状最弱、つまり世間一般で言うところの虚弱体質というのは侯爵家の嫡男には辛い現実だろう。
今までを知らないけれど、多分少し疲れただけで熱を出して寝込んではいただろう。
もしかすると、今日は無理をして起きていただけでほぼ寝たきりなのかもしれない。
「先生」
「ガスパール先生はどの様に仰っていますか」
「少し肺が弱いと、大人になるにつれ良くなる場合もあるとは聞いています」
一瞬だけ侯爵の視線が右上に動き、すぐに正面に戻った。
先程の冷静そうに見える顔よりも、侯爵の今の視線の動きには感情を含んでいた様に感じてしまう。
少し肺が弱い程度なら、生命力が最弱とはならない筈だ。
それを侯爵は知っているし、ガスパール先生はセドリック様のお体の状態を正しく侯爵に告げているのだろう。
「なるほど、ガスパール先生は今はどの様な治療をされていますか」
五歳とは思えない程大人びているセドリック様は、それでも自分の生命力の結果について動揺しているだろう。
だからこそ侯爵は優しい嘘をついた、そうとしか思えない。
「肺の動きを良くする薬草茶と、体力を向上させる物を飲んでいます。後は十日に一度ガスパール先生に治癒魔法を掛けて頂いています」
「薬草茶を今日は飲まれていますか」
「勿論です。治癒魔法は三日前に掛けて頂きました」
つまり、薬草茶を飲んでもそれ程効果は無く、治癒魔法も気休めにしかなっていないのか。
治癒魔法が無ければ、寝たきりでもおかしくはないのだろう。
「ガスパール先生に確認しなければなりませんが、肺が弱いというのが生命力の今の状態に影響しているのだとすれば魔法の勉強をセドリック様の体を強くする為に行っていけば、希望はあるかもしれません」
このままだと、成人までは生きられないだろう。
それが生命力最弱という状態だ。
多分セドリック様が今生きていられるのは、ガスパール先生の治癒魔法があるからだ。
彼の治癒魔法はこの国では五本の指に入ると言われているのだから、彼がセドリック様を診ている限りはこのままの状態は維持出来るかもしれない。
「希望はあるのですか」
「ええ、あります。ガスパール先生と治療について確認してからになりますが、私と一緒に魔法について学んで下さいますか」
「そうすれば、僕は長く生きられますか」
長く。
その一言で、セドリック様はご自分の状態を正しく理解されているのだと分かった。
「ええ、きっと。侯爵家の嫡男として学ぶべきことは多いと思いますが、魔法の勉強もその中に加えて頂けますか私と一緒に学んでいきましょう」
「……はい。先生、キム先生。お願いします。私が死んでしまったら、ミルフィが辛い思いをする」
セドリック様をその場限りで励まそうとしていた私の安易な言葉は、幼い彼の告白で凍り付いた。
「キム先生、僕はミルフィが辛い思いをしていたと気が付きませんでした。辛くて痛くて、無意識に治癒魔法を使える様になってしまう程だったというのに。小さな可愛い僕の妹が辛い思いをしていたと気が付かずに、ずっと我儘な子だと呆れていたんです。健康な体を持ち思うままに動けるというのに努力をしない怠け者だと呆れていたんです。僕は愚かな僕を許せない、きっと一生許せない。だから僕は死んではいけないんです」
「セドリック様」
「先生、お願いします」
「分かりました。……ミルフィ様が目を覚ます前に検査をしてしまいましょう。詳しい話はそれから」
「はい」
情けない事に、セドリック様へどう答えるのが正しいのか私は分からなかった。
だからミルフィ様の詳細検査に逃げてしまった。
「では、ミルフィ様の検査の為今から針を彼女の指に刺します」
「はい」
「ミルフィ様、これは検査ですからね。少しだけ痛いですけれど、すぐにポーションを使いますから」
意識が戻らないミルフィ様の指に針を刺す。
「血を、数て……あ」
ぷくりと出て来た赤い血の雫は、一滴落ちただけで止まってしまった。
「先生?」
「血が止まってしまった。どうも治癒魔法を使われた様ですね」
こんな事あるだろうか、針を刺してから血が出るまでほんの一瞬の間で針を刺した痕が消えて血が止まってしまうなんて、そんな事あるだろうか。
「申し訳ありません、これでは足りませんからもう一度針を刺します」
ぽとりと落ちた一滴では検査が出来ない。
最低でもあと三、いいや四滴は必要だ。
「もう一度、針を刺します」
ぽとりと、だけどそれだけで血が止まる。
もう一度、もう一度、針を刺すのを繰り返すけれど、どんどんミルフィ様の治癒魔法の発動が早くなり結局検査に必要な血液を採取するまで十回近く針を刺す事になった。
「ミルフィ様の治癒魔法はかなり熟練されていますね。意識が無いというのに素早く確実に魔法を発動されている」
もう呆れるしかない。
こんな魔法の使い方が出来るなんて、私は知らない。
まだ三年しか生きていないミルフィ様が、こんな風に治癒魔法を無意識に使いこなせる様になるまでどれだけ体を痛めつけられていたのか。
指導として、躾としてミルフィ様に体罰と罵倒をし続けていたミルフィ様の家庭教師だっという女性を呪い殺したくなる程、私は怒りを覚えていた。
「何度も針を刺してしまい申し訳ありません、ですがお陰で検査が出来ました」
どの値よりも早く、私は生命力の結果を見た。
セドリック様とは全く異なる。
ミルフィ様の生命力は大、現在の結果は中だった。
「最弱というのは、何かの病気があっての事なのか」
私が恐れていたよりも冷静な声で、セドリック様と侯爵は問い掛けてくる。
冷静、なんだろうか。
いいや、どちらも冷静な振りをしているだけだ。
侯爵の方は、何か複雑な感情を抑え込んでいるように見えるし、セドリック様の方は冷静というよりも諦めた様に見える。
生命力が現状最弱、つまり世間一般で言うところの虚弱体質というのは侯爵家の嫡男には辛い現実だろう。
今までを知らないけれど、多分少し疲れただけで熱を出して寝込んではいただろう。
もしかすると、今日は無理をして起きていただけでほぼ寝たきりなのかもしれない。
「先生」
「ガスパール先生はどの様に仰っていますか」
「少し肺が弱いと、大人になるにつれ良くなる場合もあるとは聞いています」
一瞬だけ侯爵の視線が右上に動き、すぐに正面に戻った。
先程の冷静そうに見える顔よりも、侯爵の今の視線の動きには感情を含んでいた様に感じてしまう。
少し肺が弱い程度なら、生命力が最弱とはならない筈だ。
それを侯爵は知っているし、ガスパール先生はセドリック様のお体の状態を正しく侯爵に告げているのだろう。
「なるほど、ガスパール先生は今はどの様な治療をされていますか」
五歳とは思えない程大人びているセドリック様は、それでも自分の生命力の結果について動揺しているだろう。
だからこそ侯爵は優しい嘘をついた、そうとしか思えない。
「肺の動きを良くする薬草茶と、体力を向上させる物を飲んでいます。後は十日に一度ガスパール先生に治癒魔法を掛けて頂いています」
「薬草茶を今日は飲まれていますか」
「勿論です。治癒魔法は三日前に掛けて頂きました」
つまり、薬草茶を飲んでもそれ程効果は無く、治癒魔法も気休めにしかなっていないのか。
治癒魔法が無ければ、寝たきりでもおかしくはないのだろう。
「ガスパール先生に確認しなければなりませんが、肺が弱いというのが生命力の今の状態に影響しているのだとすれば魔法の勉強をセドリック様の体を強くする為に行っていけば、希望はあるかもしれません」
このままだと、成人までは生きられないだろう。
それが生命力最弱という状態だ。
多分セドリック様が今生きていられるのは、ガスパール先生の治癒魔法があるからだ。
彼の治癒魔法はこの国では五本の指に入ると言われているのだから、彼がセドリック様を診ている限りはこのままの状態は維持出来るかもしれない。
「希望はあるのですか」
「ええ、あります。ガスパール先生と治療について確認してからになりますが、私と一緒に魔法について学んで下さいますか」
「そうすれば、僕は長く生きられますか」
長く。
その一言で、セドリック様はご自分の状態を正しく理解されているのだと分かった。
「ええ、きっと。侯爵家の嫡男として学ぶべきことは多いと思いますが、魔法の勉強もその中に加えて頂けますか私と一緒に学んでいきましょう」
「……はい。先生、キム先生。お願いします。私が死んでしまったら、ミルフィが辛い思いをする」
セドリック様をその場限りで励まそうとしていた私の安易な言葉は、幼い彼の告白で凍り付いた。
「キム先生、僕はミルフィが辛い思いをしていたと気が付きませんでした。辛くて痛くて、無意識に治癒魔法を使える様になってしまう程だったというのに。小さな可愛い僕の妹が辛い思いをしていたと気が付かずに、ずっと我儘な子だと呆れていたんです。健康な体を持ち思うままに動けるというのに努力をしない怠け者だと呆れていたんです。僕は愚かな僕を許せない、きっと一生許せない。だから僕は死んではいけないんです」
「セドリック様」
「先生、お願いします」
「分かりました。……ミルフィ様が目を覚ます前に検査をしてしまいましょう。詳しい話はそれから」
「はい」
情けない事に、セドリック様へどう答えるのが正しいのか私は分からなかった。
だからミルフィ様の詳細検査に逃げてしまった。
「では、ミルフィ様の検査の為今から針を彼女の指に刺します」
「はい」
「ミルフィ様、これは検査ですからね。少しだけ痛いですけれど、すぐにポーションを使いますから」
意識が戻らないミルフィ様の指に針を刺す。
「血を、数て……あ」
ぷくりと出て来た赤い血の雫は、一滴落ちただけで止まってしまった。
「先生?」
「血が止まってしまった。どうも治癒魔法を使われた様ですね」
こんな事あるだろうか、針を刺してから血が出るまでほんの一瞬の間で針を刺した痕が消えて血が止まってしまうなんて、そんな事あるだろうか。
「申し訳ありません、これでは足りませんからもう一度針を刺します」
ぽとりと落ちた一滴では検査が出来ない。
最低でもあと三、いいや四滴は必要だ。
「もう一度、針を刺します」
ぽとりと、だけどそれだけで血が止まる。
もう一度、もう一度、針を刺すのを繰り返すけれど、どんどんミルフィ様の治癒魔法の発動が早くなり結局検査に必要な血液を採取するまで十回近く針を刺す事になった。
「ミルフィ様の治癒魔法はかなり熟練されていますね。意識が無いというのに素早く確実に魔法を発動されている」
もう呆れるしかない。
こんな魔法の使い方が出来るなんて、私は知らない。
まだ三年しか生きていないミルフィ様が、こんな風に治癒魔法を無意識に使いこなせる様になるまでどれだけ体を痛めつけられていたのか。
指導として、躾としてミルフィ様に体罰と罵倒をし続けていたミルフィ様の家庭教師だっという女性を呪い殺したくなる程、私は怒りを覚えていた。
「何度も針を刺してしまい申し訳ありません、ですがお陰で検査が出来ました」
どの値よりも早く、私は生命力の結果を見た。
セドリック様とは全く異なる。
ミルフィ様の生命力は大、現在の結果は中だった。
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