後悔はなんだった?

木嶋うめ香

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初めての魔法の授業6

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「それではまずこの試験紙を口に含んで頂けますか」

 お父様とお母様が見守る中、私と兄様はキム先生から細長い紙を手渡された。
 
「これはどんな魔法の適性があるか確認する為の試験紙です。味はありませんので口に含んだら舌に触れされたまま私が出して下さいと言うまでそのままで」
「ミルフィ、まず僕がやってみるからミルフィは見ていてね。怖い物じゃないからね」

 私の顔が不安そうに見えたのか、兄様は隣に座る私にそう声を掛けてから試験紙を口に入れた。

「十数えますね。一、二、三……八、九、十。はい出して頂けますか」
「はい。色が変わっていますね。……ほら、ミルフィ怖くないって分かった?」
「お兄ちゃま、ミルフィもやってみます」
「うん、あーんしてミルフィ」

 私が試験紙を口に入れようと口を開く前に、兄様は私の分の試験紙を手に取り私に口を開けさせた。
 ぱくりと試験紙を口にしたままの私の前で、兄様はじいっと私の様子を観察しその近くでキム先生がゆっくりと十数えている。
 ちらりと両親の方に視線を向けると、二人は微笑みながらこちらを見ている。

 兄様、どうしてお父様に叱られたのだろう。
 自分の番だと十数えるだけの時間が長くて、つい今朝の兄様を思い浮かべてしまう。
 私が兄様のメイドに問いかけた答えは「旦那様はセドリック様をお叱りになりました」だ。
 でもどんな事で叱られたのかまでは教えてはくれなかった。
 兄様を叱るお父様も、お父様に叱られる兄様も私には想像出来ない。
 一体何故お父様は兄様を叱ったのだろう。

「……フィ、ミルフィ。口を開けていいよ」
「ううん?」

 考え込んでいたら時間が過ぎていたらしい、私は慌てて口を開くと緑と青の二色が見えた。

「セドリック様は、火と風、ミルフィ様は風と水ですね」
「風と水?」

 兄様が私の試験紙の結果に声を上げた。
 私が無意識に治癒魔法を使っていたと聞いているから、風と水という結果に疑問を覚えたのだろう。

「これは唾液に含まれる魔力で検査する簡易検査ですから、治癒魔法の属性である聖は調べられないのですよ」
「では意味の無い検査なんですか」
「いいえ、この検査紙は簡単な火、風、水、土の四属性しか確認出来ませんが、ある程度の魔力量を持っている者でなければ適性を持っていても反応が出ません。つまり魔法を勉強するだけの魔力量を持っているかどうかを確認する為の検査と思っていただいた方がいいですね」

 子供にこの言い方は難しい。
 私は黙って兄様を見て、兄様は私の視線にため息をついた。

「ミルフィ、勉強始められるだけの魔力量があるってさ。良かったね」
「ミルフィ、勉強出来る?」
「ああ、大丈夫だよ」

 本来の検査は、検査する対象者の血を使うけれど、先生が使ったのは簡易的な物しか確認できない試験紙だった。
 私が傷の事で怯えていたから、血の検査を先生は避けてくれたのかもしれない。
 魔力放出を出来る様になれば、水晶の魔道具で詳しい検査が出来るけれどこれはある程度魔法が使える者が出来る検査だから今の私達には向かない。

「侯爵、お二人ともある程度の魔力はある様です。これから魔法の勉強としてまずは魔力循環を覚えて頂こうと思いますがこのまま初めてよろしいでしょうか」
「ええ、よろしくお願いします」
「畏まりました。お二人にはまず魔力とはどんな感じか感じて頂きたいと思います」

 灰色の服のキム先生は、私と兄様の右手をひとまとめにして自分の両手で包んだ。

「今から私の魔力を流します。何でもいいので感じたら声を上げて教えて下さい」
「はい」
「……はい」

 以前の私の最初の授業がどんなものか覚えてはいない。
 だから余計に緊張してしまうけれど、キム先生が私達を見つめる目は穏やかだった。

「では始めます」

 微かに、本当に微かに先生の魔力は私の手に流れて来た。
 僅かな魔力、ぬるくなったお湯の様な魔力が流れ込んで来る。
 兄様の方をちらりと見ると、兄様は真剣な顔で先生の手を見ていた。

「あ」

 少し流れて来る魔力が強くなって、私は思わず声を上げた。
 温度で言えば、ぬるくなったお湯から、少し熱めのお湯。
 量で言えば、一滴一滴流されていた物が、コップを傾けてこぼしている様な感覚だ。

「ミルフィ様分かりましたか」
「温かい?」
「そう感じる方もいらっしゃいます。セドリック様はいかがでしょう」

 以前の兄様は私の魔力循環の訓練に付き合ってくれた。
 私は魔法の練習に熱心では無かったし、魔力循環を習得するまでかなりの時間を要した。
 子爵夫人に私は怠け者の出来損ないという意識を植え付けられていたから、私は練習しても無駄だと考えていたのだと今の私は分かっている。
 兄様と違って私は出来損ないの無能、それが私の認識だった。
 そんな私に兄様は優しく辛抱強く訓練に付き合ってくれた。

「何となく、分かるかな」
「ではもう少し流す量を増やしましょう」
「ああ、これは分かる。温度が違う。熱い紅茶を飲んだ時にここを通る様な感覚に近いと思う」

 兄様の例えが適格過ぎて、兄様は本当に五歳なのかと何度目か分からない疑問を頭に思い浮かべる。
 先生の魔力の量が増えて、量が増えた分感じる熱も熱くなって来た。
 
「はい、手を離します」
「魔力、無くなっちゃった」

 手を繋いでいる時の体温とも違う、魔力の温度は不思議な感じだ。

「そうです。ミルフィ様、自分の魔力を感じる事は出来ますか」
「魔力、ある?」

 魔力が抜ける感覚は魔法を使った時に感じたけれど、普通の幼児はそれが分かるものだろうか。
 それが分からずに、先生に尋ねた。

「ありますよ。そうですね、この辺りに手を当てて深呼吸してみましょうか」
「しん、こ、きゅう?」
「ミルフィ、息を吸って吐くんだよ」
「息を、吸う?」

 深呼吸、ともう一度口にすると兄様は見本だと言わんばかりに息を大きく吐いて、ゆっくりと息を吸った。

「はああああ」
「ミルフィ、それは声を出してるだけだよ」

 くすくすと兄様が笑う。
 私は今度は声を出さずに、息を吐き吸った。
 両手はお腹に当てて、それを繰り返す。
 魔力はお腹に溜まっていると言われている。
 深呼吸を繰り返す内、お腹の中心が温かくなってきて魔力が集まって来たと分かる。

「お腹の辺りに熱が溜まってきました」
「セドリック様、もう熱の感覚が分かりましたか早いですね。それではそのまま深呼吸を続けて、熱を指先に移動する様に意識してみましょう」
「指先に熱?」
「そうです、熱がお腹から体の上にあがって指先に向かっていく様子を思い浮かべて」
「熱がどこかに消えてしまいました」
「おや、ではもう一度熱をお腹に集めて下さい」

 キム先生の誘導に、私は無意識に熱を指先に移動していた。
 集めた熱をお腹から右手の指先に移動しそこから左手の指先に熱を移動させお腹へと戻る、何度か繰り返すと止められなくなっていた。
 制御したいのに、ぐるぐると体内を回り続ける。

「ミルフィ様、如何ですか」
「熱ぐるぐるしてるの」
「ぐるぐる、失礼。ミルフィ様の魔力はああ確かにぐるぐるしていますね。これを止められますか?」
「止められないの、ぐるぐるしてるの、でも遅くなったのかな?」

 魔法を使う時は普通に使えたというのに、今は制御が思うように出来ない。
 制御出来ないのは何故だろう、この体が幼過ぎるのだろうか。
 失敗したらどうなる?
 お父様とお母様に失望される? 兄様にも見捨てられてしまう?
 そう思った途端、魔力が完全に制御出来なくなってしまった。
 
「先生、怖い。ぐるぐるが止まらないの」
「ミルフィ様落ち着いて、さあ私が誘導しますからね。ミルフィ様は大きく息を吐いて下さい」

 先生は私の両手を握り、魔力を先生の意思で動かし始める。
 以前の私は兄様に同じことをしてもらい、訓練をしていた。
 兄様は、出来ないと癇癪を起す私を辛抱強く宥め訓練に付き合ってくれた。
 鬱陶しいと感じていただろう私を見捨てることなく、そうしてくれたのは兄様だけだった。

「先生、怖い、なんで怖い」

 すでに治癒魔法を使えるというのに、何故私はこんな簡単な事が出来ないのだろう。
 子供の体だから、上手く出来ないのだろうか。
 怖い、魔法が怖い。魔力の熱が怖い。

「大丈夫ですよ。ほぉら、もう止まります。ミルフィ様怖くありませんよ」

 先生は私の中の魔力を自分の中へと引き込んでいく。
 私の中の魔力がどんどん吸われて、吸われ続けて、私はなんだか眠くなってしまう。

「先生、ミルフィ眠い」
「魔力を自分で動かして疲れたのでしょう。いいですよお休み下さいミルフィ様。よく頑張りましたね」

 先生の魔力が私にまた入って来る。
 それは温かくて、お風呂に入っているみたいな魔力だった。

「お眠り下さい。ミルフィ様」

 先生の優しい声に私の瞼はゆっくりと閉じて行った。
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