後悔はなんだった?

木嶋うめ香

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初めての魔法の授業2

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「侯爵、これはガスパール先生が言われていた件でしょうか」

 キム先生は、私の顔を見ながらお父様に確認している。
 つまり、私の傷や魔法を使っていた経緯をお父様か、またはガスパール先生から話を聞いているという事だろう。

「おそらくそうでしょう。ガスパール先生もあの件については酷く後悔されていた。想像を超えていたから無理もない話だし、あの時の……」

 お父様もお母様も辛そうな顔で私を見ているから、ガスパール先生が後悔しているというのは私の魔法を試した時の事を言っているのだろう。
 想像を超えていたというのは、多分私の傷のことだろう。
 ガスパール先生が驚いたのは当然だと思う、私はあの後毎晩夢であの傷を見ているのだから。

「キム先生、そんな事させません。それが魔法を教えて頂く条件だとするならミルフィに魔法を教えて貰うのは止めます。僕が習って、僕が教えます」

 突然兄様が私の前に立ち、キム先生から私を隠す様にしながら宣言した。

「お兄ちゃま?」
「セドリックどうした。魔法を習うのをミルフィは楽しみにしていただろう」
「それはそうです。でも、もしもミルフィをまた傷つけるというなら、そんなの許すわけにはいきません」

 今度は私の方に向きを変え、私を守る様に兄様は私を抱き込みながらお父様からも私を隠そうとでもする様にぎゅうぎゅうと抱きしめる。
 幼い子供の力だというのに、兄様の腕の力は強くて痛みを感じるというのにその力の強さが嬉しかった。

「お兄ちゃま、痛い」
「あ、ごめん。ミルフィ、ごめんね。でも、ミルフィが泣く位なら僕が覚えるからミルフィには僕が教えるから大丈夫だからね」

 あの日、ガスパール先生の試しの日から兄様は急に過保護になった。
 兄様は自分の時間が許す限り、私と食事を一緒にしようとするし、体調が良ければ散歩をしようとか絵本を読もうとか、私の勉強の復習をしようとか、とにかく一緒にいてくれようとするし夜は私と一緒に寝てくれる。
 そんな事、以前の私と兄様ではありえなかったし、過去に戻ってからだって無かった。
 急に、そうあの日から急に兄様は私の傍に居ようとしている。

「お兄ちゃま、ミルフィ魔法勉強するよ」
「ミルフィ、無理しなくていいんだよ。僕が習ってミルフィに教えるからね、ミルフィ、魔法怖いだよね」

 兄様の心配そうな顔に、私は首を傾げて兄様ではなくその向こうにいる両親の顔を見た。
 兄様の言う魔法が怖いという意味が私には分からなかったからだ。
 私が怖いのは、自分の両腕に見た傷であって魔法ではない。
 ガスパール先生が、治癒魔法で私の傷を両腕に浮かび上がらせた綺麗な皮膚がどこにも無い様な傷だらけの両腕を思い出すのか怖かっただけだ。

「ミルフィ、魔法怖いの?」
「だってミルフィは毎晩、怖いって泣いてる。眠っているのに、毎晩ミルフィは泣いていたじゃないか」

 そんな事知らない。
 確かに毎晩私は夢で自分の両腕の傷を見ていた。
 夫人が長い定規で私の両腕を叩きながら責める、下着ですら袖の無い物など着たことが無いというのに、袖の無い服を私は着ていて、夫人にむき出しの両腕を何度も何度も叩かれる。
 大声で怒鳴られ、私は生きている価値の無い人間だ、生まれてきたのが間違いだと罵られながら叩かれる。
 馬鹿でごめんなさい、生まれて来てごめんなさい。怠惰で、生きている価値が無くてごめんなさい。と謝罪を強要されて、また叩かれる。
 増えていく傷、痛みは治まらなくて、夫人の声は大きくて怖い。
 それが延々繰り返される夢だ。
 でも、私はその夢を誰にも話してはいないのに、どうして兄様はそれを知っているのだろう。
 兄様の前で泣いたりしていないのに。

「泣いてないよ。ミルフィは良い子だから泣かないよ」

 泣く子は悪い子だ、そう夫人はミルフィに言ったから。
 泣く子は悪い子だと何度もそう言ってミルフィは叩かれていたから、兄様が言うのを私は必死になって否定する。

「ミルフィ?」
「ミルフィは泣かない、ミルフィは泣いたりしないの。だって泣くのは駄目なの、いけないの、泣いたら怒られるの叩かれるのっ」

 感情が高ぶる、夫人はもう目の前に現れる事はないとお父様は言ったのに、あの傷を見た後から私は何故か突然不安になってどこかに逃げだしたくなってしまう。

「ミルフィ、大丈夫だから落ち着いて。誰もミルフィを怒らないから、叩いたりしないから」
「ミルフィは泣かないの、泣いたら駄目なのっ」

 そう言いながら、もはや叫んでいると言っても良い程の声を上げながら兄様の腕を逃れて、ソファーから離れて部屋の隅にしゃがみ込み頭を抱えてぎゅっと目を閉じる。
 小さくなって、隠れなくちゃいけない。
 夫人に見つかったら、見つかってしまったらまた叩かれてしまう。
 また両腕に傷を作って、その傷を見たら皆が悲しむ、そしてミルフィに呆れてしまう。

「泣いてない、泣いてないのっ。ミルフィは」
「ごめん、ミルフィ。大丈夫だよ、誰もミルフィを叩いたりしないから、ほら落ち着いて」

 兄様がしゃがみ込む私の頭を抱え込みながら、私を落ち着かせようと耳に囁く。
 何度も何度も大丈夫だと言いながら、私の背中を撫でる。

「大丈夫だよ、ミルフィ。だから落ち着いて」

 背中を撫でる兄様の手の温度を感じながら、私の意識は遠くなっていった。
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