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ガスパール先生の試し1
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「ガスパール先生が来るの?」
部屋で一人で朝食を食べていたらパティにそう告げられ驚いた。
パティの機嫌は良い時も悪い時もある。
何が理由にその機嫌が切り替わるのか分からない私は、幼児の振りをしてパティの様子を伺いながらも基本的には気にしないようにしていた。
本音で話しをするには、私とパティは年が離れすぎている上私は幼児だ。
仮に年齢が近かったとしてもそれぞれの立場というものがあるし、パティは貴族の令嬢だった昔に拘り使用人の今を受け入れられていないのだから私にはどうすることも出来ない。
「ええ、ガスパール先生がお嬢様にお話があるそうです」
「ふうん?」
分けがわからない振りをしながら、思い付く理由は先日の事だった。
兄様と二人で庭を歩いていた。
体の弱い兄様は体力を付けるため、体調の良い日には庭を歩くのを日課にしている。
いつもは侍女達と行うそれに、私が一緒に歩きたいと言ったのは朝食の席だった。
私の願いは意外なことに両親から許可が出た。
私は今までにない集中力で午前中の勉強を終え、つばの広い帽子を被って兄様と手を繋いで歩いた。
兄様と初めての散歩に浮かれていた私が、繋いでいる兄様の手が熱いと気が付いたのは歩き始めてすぐの事だった。
「お兄ちゃまと朝会えなかったの、熱下がった?」
兄様の手が熱いと気が付いた私がそれを指摘するのと、兄様が歩みを止めしゃがみ込こむのはほぼ同時だったと思う。
私は驚いて兄様にしがみつき、後ろに控えているはずの侍女を呼んだ。
その時私の魔力が体から抜けるのを感じた。
強い魔法を使った後みたいな感覚で、気づけば体を支えられているのは私の方だった。
あの後私達はそれぞれ部屋に戻り、それきり兄様の情報は私には届かなかった。
パティに支えられながら部屋に戻った私は、魔力が大量に抜けた疲れで眠ってしまっていたから話を聞く時間も無かったのだけれど、私に教えようという気も周囲に無かったのだろう。
「お兄ちゃまに会いたいなあ」
幼児の振りを意図的に行うのは難しいから、私はその都度思ったことをそのまま口にしようと決めた。
取り繕ろおうとして戸惑いながら行うより、その方が楽だと気がついたのだ。
「お嬢様は、寂しいのですね」
最近は皆が揃っている日が多かったから忘れていたけれど、朝食の席以外で家族が揃うのは難しいのは前回の私の経験からも分かっている。
夫と私は朝食どころか他の時間の食事も殆ど一緒にしなかったし、それは前回の両親も同じだった。
今の両親は比較的一緒に食事をしている様に見えるけれど、それでも朝食に全員揃うのは稀だ。
それが我が家の現状だった。
社交の時期なら、両親は夜会を基本に日々の日程を決めるから早朝から起きては来ない。
幼い子供が朝食をしっかり取るのに比べ、大人は昼頃おき朝昼夜兼用の食事をとる。
つまり兄様が体調を崩すと、必然的に私は一人で食事しなければならなくなる。
前回の私はもっと孤独だった。
寝坊しても起こしてもらえず目覚めるまで放置されていたのは自業自得とはいえ、昼も夜も一人だった。
少し大きくなると、私以外の三人で食事していると気がついた。
すぐに癇癪を起こす私を避けていたとは、私は最後まで認めなかった。
皆忙しいから私は一人なんだと、そう自分に言い聞かせていたのだ。
「寂しい?」
「寂しくはございませんか」
「分からない。ミルフィは寂しいの?」
前回の私は孤独だったと、今振り返って思う。
子爵婦人に偏った考えを教え込まれて、自分は何も出来ない馬鹿だと信じ込まされていた。
癇癪もちで我儘、他人に感謝する心も無い扱い難い娘。それが両親の私への評価だったのだろう。
だから兄様が亡くなった時、私が死んでいれば良かった等陰で言われたのだから。
「寂しかったのかな」
私を抱きしめてくれる手が前回の私にあれば、きっと私は違っていたのに。
私はきっと間違ったりしなかったのに。
そう考えて、何を? と首を傾げる。
私は何か間違っていたの? 前回の私は何かを間違えて、そして……。
分からない。分からない。
「パティ、頭が痛いの」
「お嬢様、顔色が。すぐ奥様を呼んで参ります。ここでお待ち下さい」
パティが慌てて部屋を出ていくのを、私はぼんやりと見送る。
思い出したくない、思い出してはいけない?
私は、何を間違ったの?
部屋で一人で朝食を食べていたらパティにそう告げられ驚いた。
パティの機嫌は良い時も悪い時もある。
何が理由にその機嫌が切り替わるのか分からない私は、幼児の振りをしてパティの様子を伺いながらも基本的には気にしないようにしていた。
本音で話しをするには、私とパティは年が離れすぎている上私は幼児だ。
仮に年齢が近かったとしてもそれぞれの立場というものがあるし、パティは貴族の令嬢だった昔に拘り使用人の今を受け入れられていないのだから私にはどうすることも出来ない。
「ええ、ガスパール先生がお嬢様にお話があるそうです」
「ふうん?」
分けがわからない振りをしながら、思い付く理由は先日の事だった。
兄様と二人で庭を歩いていた。
体の弱い兄様は体力を付けるため、体調の良い日には庭を歩くのを日課にしている。
いつもは侍女達と行うそれに、私が一緒に歩きたいと言ったのは朝食の席だった。
私の願いは意外なことに両親から許可が出た。
私は今までにない集中力で午前中の勉強を終え、つばの広い帽子を被って兄様と手を繋いで歩いた。
兄様と初めての散歩に浮かれていた私が、繋いでいる兄様の手が熱いと気が付いたのは歩き始めてすぐの事だった。
「お兄ちゃまと朝会えなかったの、熱下がった?」
兄様の手が熱いと気が付いた私がそれを指摘するのと、兄様が歩みを止めしゃがみ込こむのはほぼ同時だったと思う。
私は驚いて兄様にしがみつき、後ろに控えているはずの侍女を呼んだ。
その時私の魔力が体から抜けるのを感じた。
強い魔法を使った後みたいな感覚で、気づけば体を支えられているのは私の方だった。
あの後私達はそれぞれ部屋に戻り、それきり兄様の情報は私には届かなかった。
パティに支えられながら部屋に戻った私は、魔力が大量に抜けた疲れで眠ってしまっていたから話を聞く時間も無かったのだけれど、私に教えようという気も周囲に無かったのだろう。
「お兄ちゃまに会いたいなあ」
幼児の振りを意図的に行うのは難しいから、私はその都度思ったことをそのまま口にしようと決めた。
取り繕ろおうとして戸惑いながら行うより、その方が楽だと気がついたのだ。
「お嬢様は、寂しいのですね」
最近は皆が揃っている日が多かったから忘れていたけれど、朝食の席以外で家族が揃うのは難しいのは前回の私の経験からも分かっている。
夫と私は朝食どころか他の時間の食事も殆ど一緒にしなかったし、それは前回の両親も同じだった。
今の両親は比較的一緒に食事をしている様に見えるけれど、それでも朝食に全員揃うのは稀だ。
それが我が家の現状だった。
社交の時期なら、両親は夜会を基本に日々の日程を決めるから早朝から起きては来ない。
幼い子供が朝食をしっかり取るのに比べ、大人は昼頃おき朝昼夜兼用の食事をとる。
つまり兄様が体調を崩すと、必然的に私は一人で食事しなければならなくなる。
前回の私はもっと孤独だった。
寝坊しても起こしてもらえず目覚めるまで放置されていたのは自業自得とはいえ、昼も夜も一人だった。
少し大きくなると、私以外の三人で食事していると気がついた。
すぐに癇癪を起こす私を避けていたとは、私は最後まで認めなかった。
皆忙しいから私は一人なんだと、そう自分に言い聞かせていたのだ。
「寂しい?」
「寂しくはございませんか」
「分からない。ミルフィは寂しいの?」
前回の私は孤独だったと、今振り返って思う。
子爵婦人に偏った考えを教え込まれて、自分は何も出来ない馬鹿だと信じ込まされていた。
癇癪もちで我儘、他人に感謝する心も無い扱い難い娘。それが両親の私への評価だったのだろう。
だから兄様が亡くなった時、私が死んでいれば良かった等陰で言われたのだから。
「寂しかったのかな」
私を抱きしめてくれる手が前回の私にあれば、きっと私は違っていたのに。
私はきっと間違ったりしなかったのに。
そう考えて、何を? と首を傾げる。
私は何か間違っていたの? 前回の私は何かを間違えて、そして……。
分からない。分からない。
「パティ、頭が痛いの」
「お嬢様、顔色が。すぐ奥様を呼んで参ります。ここでお待ち下さい」
パティが慌てて部屋を出ていくのを、私はぼんやりと見送る。
思い出したくない、思い出してはいけない?
私は、何を間違ったの?
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