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お兄ちゃまとお茶会、そして
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「お兄ちゃま? わぁぁっ」
前回の私に思いを馳せながら歩いていた私は、目の前に見えてきた景色に声を上げた。
前回の私は自ら教育の機会を逃した愚か者だけれど、それでも貴族の女性として取り繕う位は出来ていた筈だ。
こんな風に感情のまま喜びの声を上げる等は無かった。
やはり幼いミルフィの感情と前回の私が混ざったからなのだろうか。
「パティ、どうしたの? 凄いっ!」
見慣れた庭に置かれていたのは、お菓子が盛り付けられたお皿が沢山置かれた円形テーブルだった。
その近くに置かれた横長のテーブルには色とりどりの果物を盛り付けた籠に、まだこの頃には珍しかったチョコレを溶かした器まで置いてある。
まるで貴族のお茶会だ。
「お兄ちゃま!」
「ミルフィおいで。パティは給仕を手伝いなさい」
「畏まりました」
パティが白い制服を着て立っている給仕の側へと歩いていくのを横目に、私は兄様のところへと急ぎ足で向かった。
「あっ!」
兄様までの距離はほんの十数歩程度だった。
だから兄様もパティを私から離したのだろう、なのにたった十数歩の距離で私は盛大に転んでしまったのだ。
「お嬢様!」
「ミルフィ!」
とっさに両手を付いたお陰で顔は無事だったけれど、転んだ衝撃を耐えた手の平は、擦り傷だらけになった。
体を辛うじて起こして両手を呆然と見ていた私は、赤く滲み出始めた血に顔をしかめた。
「痛いっ」
私はギュッと瞼を閉じた、痛いよりも恥ずかしい。
使用人達が沢山いる前で転んだのだ。
「ミルフィ、立てるか。怪我は?」
私の側まで来た兄様は、痛さと恥ずかしさで立てずにいる私の名を呼んだ。
「手を見せてご覧、血が出ているね。あれ、傷?」
「お嬢様っ」
「パティ布を濡らして来て、ミルフィ座ろう」
「ミ、ミルフィ。走って、転んでしまってごめんなさい」
折角兄様が用意してくれたのに、自分で台無しにするところだった。
もしテーブルに倒れ込んでいたらと思うと、涙がこぼれそうになった。
「……謝れたのは偉いね。ミルフィ」
俯きながら椅子に座った私の頭を兄様が撫でてくれる。
「セドリック様、布を濡らしてまいりました」
「パティ、僕がやるから」
パティから布を受け取り、兄様は私の手を優しく拭いてくれた。
「え?」
驚きで声を出したのは私だったのか兄様だったのか、僅かでも血が滲み出る程だ、拭かれたら痛いだろうと身構えた私にそれは訪れなかったのだ。
「血の跡があるのに傷が無い?」
兄様の声はそのまま私の疑問になった。
何故傷が無いのだろう。
確かに私は怪我をしたのに、どうして。
「ミルフィは魔法を使ったの?」
「魔法?」
兄様に聞かれて首を傾げる。
とぼけたのではなく、本当に分からなかった。
私はどうすれば治癒魔法が使えるか知っているし、魔法が発動したらどう感じるかも覚えている。
今、そんな感覚は無かった。
「無意識に使ったのか?」
呟く様な兄様の声は、私の耳にもはっきりと聞こえた。
「パティ、ミルフィは怪我は無いようだからお茶の用意をして」
「畏まりました」
パティに布を手渡しながら兄様は、お茶の用意の指示を出した。
「お兄ちゃま」
「ミルフィが頑張って嫌いなものも食べる様になったご褒美だよ。僕とお茶会してくれるかな」
「いいの? ミルフィ走って転んだよ。叱らないの?」
走るのは危ないから駄目だと言われているのに、それを聞かずに転んだ私を兄様は叱らなかった。
「叱らないよ。ミルフィは自分の何が悪かったのかちゃんと気がついて謝ったでしょ。少し前なら癇癪を起こして暴れていただろうに。良い子になったね、ミルフィ」
「お兄ちゃま、ミルフィ良い子になるのよ」
「そうだね。さ、ミルフィの好きなものを揃えたよ」
綺麗で美味しそうなお菓子を見て、私はあれもこれも食べたいと目を輝かせた。
そんな私に優しく話し掛ける兄様が、何かを考えていたことを私は気がついていなかった。
前回の私に思いを馳せながら歩いていた私は、目の前に見えてきた景色に声を上げた。
前回の私は自ら教育の機会を逃した愚か者だけれど、それでも貴族の女性として取り繕う位は出来ていた筈だ。
こんな風に感情のまま喜びの声を上げる等は無かった。
やはり幼いミルフィの感情と前回の私が混ざったからなのだろうか。
「パティ、どうしたの? 凄いっ!」
見慣れた庭に置かれていたのは、お菓子が盛り付けられたお皿が沢山置かれた円形テーブルだった。
その近くに置かれた横長のテーブルには色とりどりの果物を盛り付けた籠に、まだこの頃には珍しかったチョコレを溶かした器まで置いてある。
まるで貴族のお茶会だ。
「お兄ちゃま!」
「ミルフィおいで。パティは給仕を手伝いなさい」
「畏まりました」
パティが白い制服を着て立っている給仕の側へと歩いていくのを横目に、私は兄様のところへと急ぎ足で向かった。
「あっ!」
兄様までの距離はほんの十数歩程度だった。
だから兄様もパティを私から離したのだろう、なのにたった十数歩の距離で私は盛大に転んでしまったのだ。
「お嬢様!」
「ミルフィ!」
とっさに両手を付いたお陰で顔は無事だったけれど、転んだ衝撃を耐えた手の平は、擦り傷だらけになった。
体を辛うじて起こして両手を呆然と見ていた私は、赤く滲み出始めた血に顔をしかめた。
「痛いっ」
私はギュッと瞼を閉じた、痛いよりも恥ずかしい。
使用人達が沢山いる前で転んだのだ。
「ミルフィ、立てるか。怪我は?」
私の側まで来た兄様は、痛さと恥ずかしさで立てずにいる私の名を呼んだ。
「手を見せてご覧、血が出ているね。あれ、傷?」
「お嬢様っ」
「パティ布を濡らして来て、ミルフィ座ろう」
「ミ、ミルフィ。走って、転んでしまってごめんなさい」
折角兄様が用意してくれたのに、自分で台無しにするところだった。
もしテーブルに倒れ込んでいたらと思うと、涙がこぼれそうになった。
「……謝れたのは偉いね。ミルフィ」
俯きながら椅子に座った私の頭を兄様が撫でてくれる。
「セドリック様、布を濡らしてまいりました」
「パティ、僕がやるから」
パティから布を受け取り、兄様は私の手を優しく拭いてくれた。
「え?」
驚きで声を出したのは私だったのか兄様だったのか、僅かでも血が滲み出る程だ、拭かれたら痛いだろうと身構えた私にそれは訪れなかったのだ。
「血の跡があるのに傷が無い?」
兄様の声はそのまま私の疑問になった。
何故傷が無いのだろう。
確かに私は怪我をしたのに、どうして。
「ミルフィは魔法を使ったの?」
「魔法?」
兄様に聞かれて首を傾げる。
とぼけたのではなく、本当に分からなかった。
私はどうすれば治癒魔法が使えるか知っているし、魔法が発動したらどう感じるかも覚えている。
今、そんな感覚は無かった。
「無意識に使ったのか?」
呟く様な兄様の声は、私の耳にもはっきりと聞こえた。
「パティ、ミルフィは怪我は無いようだからお茶の用意をして」
「畏まりました」
パティに布を手渡しながら兄様は、お茶の用意の指示を出した。
「お兄ちゃま」
「ミルフィが頑張って嫌いなものも食べる様になったご褒美だよ。僕とお茶会してくれるかな」
「いいの? ミルフィ走って転んだよ。叱らないの?」
走るのは危ないから駄目だと言われているのに、それを聞かずに転んだ私を兄様は叱らなかった。
「叱らないよ。ミルフィは自分の何が悪かったのかちゃんと気がついて謝ったでしょ。少し前なら癇癪を起こして暴れていただろうに。良い子になったね、ミルフィ」
「お兄ちゃま、ミルフィ良い子になるのよ」
「そうだね。さ、ミルフィの好きなものを揃えたよ」
綺麗で美味しそうなお菓子を見て、私はあれもこれも食べたいと目を輝かせた。
そんな私に優しく話し掛ける兄様が、何かを考えていたことを私は気がついていなかった。
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