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寝た振りをしていたら
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当面の課題を考えていた。
ガスパール先生が帰っていって今日の分の勉強をした後、ゆっくり考えたかった私は疲れたと言ってお昼寝をする振りをすることにしてベッドに潜り込んでいた。
ジョゼットの授業はとても分かりやすく私はご機嫌で文字の練習をし、単語をどんどん覚えていった。
書き取りの練習を何度も繰り返すのは、単調だけれどたまに綺麗な文字が書けると嬉しくて、単純だと思うけれど機嫌良く授業を受けている。
ペンを正しく持つことが、以前の私は成人近くなるまで出来なかった。
周囲のペンの持ち方を見て学び、綺麗な文字の書き方もそうやって学んだ。あの頃の私より、今の私の方が綺麗な文字を書いているかもしれない。
「お嬢様どうされたのでしょう。疲れたなんて、まだ診察を受け勉強しただけですよ」
ベッドに潜り込み毛布を頭から被って寝たふりをしている私の近くで、パティはジョゼットに不機嫌そうな声で話している。
最近この声も聴きなれてしまった。
パティは私だけしかいないと、不機嫌さを隠そうともしなくなって来たけれど、ジョゼットと二人きりでもそうなのだと知って驚いてしまう。
「パティ、あなたが何を思っているのか分からないけれど。お嬢様はお勉強をされて診察も受けられた、それで幼い子なら疲れても仕方ないとは思わないの?」
「疲れ、そうなのかな。お母様、お母さん。私、どうしても狡いって思ってしまうの。お嬢様は狡いわ、贅沢して呑気に毎日を過ごしているんだもの。そんなの狡いって」
パティの声は沈んでいて、悲しんでいるのだと感じる。
でも、狡いと言われても、私にはどうすることも出来ない。
私がこの家の娘として日々を生きることも、パティが元男爵令嬢で今はメイド見習いでしかない現実も私がどうこう出来るものではない。
私が動くことでどうにか出来るならしてあげたいとは思うけれど、それは無理な話なのだから。
「パティ、あなたは自分の現状を理不尽だと感じているのでしょうね。でも、その理不尽をお嬢様にぶつけるのは間違っているわ」
「そうかもしれません。私はもう貴族ではないのですから」
パティの声は何も納得出来ない。そう言っている様に私には聞こえた。
男爵家に生まれ育ったというのに、父親が亡くなってしまったせいで使用人として生きる未来しか無くなったパティは憐れだ。
パティの妹と同じ年齢の私が自由気儘に日々を過ごしているのを見るのは、自分の境遇に納得出来ないパティには酷だったことだろう。
それは愚かな私にも理解出来る。
「でも、私はもっと勉強がしたかった。私だって魔法が使える筈、私だって貴族令嬢としての教養を身に着けて結婚して男爵家を継ぐ。そんな未来があった筈です。そう思うとやり切れないのです」
「パティ。どうしようもないことは存在するの。こうなる筈だったと未来を憂いても仕方が無かったと諦めるしかないこともあるのよ。あなたをそうさせてしまうのは、私が非力だったから。許してパティ」
パティ達の現状を、私がどうこう出来る様なそんな権限はない。
私自身魔法を習いたいと思っているのに、それすら思い通りにならないのですから他人の人生なんて私が何か出来るわけがないの。
「お母さんごめんなさい。お母さんのことも恨んでしまう。お母さんの決断は間違いじゃないと思うけど、でも受け入れていたらって思う気持ちはあるの」
「パティ、受け入れるって……あなた理解していたの? 理解していてそう言うの」
ジョゼットが驚いた様に言うけれど、何を受け入れていたらとパティは言いたいのだろう。
分からないけれど、ジョゼットはとても驚き悲しんでいる様に聞こえる。
「パティ、あなたずっとそう思っていたの。私が受け入れていれば良かったのだと」
「ええ、でもお母さんにはそんなこと出来ないって分かってます。私だって色々分かってるんです! だから今は無理でもいつかはちゃんとけじめをつけて、惨めに平民の使用人になります。そして我儘で贅沢なお嬢様にお仕えすればお母さんは満足なんでしょ!!」
それだけ言うとパティは部屋を出て行ってしまった。
乱暴に扉が閉まる音に、ジョゼットは深く息を吐く。
「パティ。ごめんなさい。あなたの未来を台無しにしてしまったのは私よ。あの人が生きていたらあの家を継ぐのはあなただったというのに」
パティの家だった男爵家はパティの父親の弟が継いでいる。
父親が亡くなった時、パティが幼かったのがその理由だと聞いた。
次代が幼いから、そんな理由で領主の座を空には出来ない。
領主は領地を治める為に必要な存在だから、それをたった数年とはいえ誰も治める人がいないなんて状態には出来ない。だからパティの父親の弟が家を継ぐのは当然のこと。
「私があの話を受け入れていれば良かったのかしら、でもどうしても駄目だったのよ。ごめんなさい」
ジョゼットに領主としての才があれば、パティが大人になるまでなんとか出来たのかもしれない。
だけど、子供の私の目から見てもジョゼットにその才があるようには思えません。
家庭教師としてのジョゼットの能力は十分だと思う。
正式な家庭教師が決まるまでの中継ぎとはいえ、彼女は立派な貴族夫人であると分かる立ち居振る舞いを身に着けているのは見ていて分かる。
そしてパティには貴族令嬢としての教育は足りていなかったのだろうということも、見ていれば分かる。
ジョゼットは家庭教師としては優秀、でも領主として領地を治められるかといえば別問題。
「お嬢様がお休みの間に、明日のお勉強の準備をしておかなくちゃ」
ジョゼットは小さく呟きながら部屋を出て行った。
一人になった部屋で、私は考えていた。
パティの未来、私の未来、お兄様の未来。
考えても考えても、皆が幸せになる未来は思いつかなかった。
ガスパール先生が帰っていって今日の分の勉強をした後、ゆっくり考えたかった私は疲れたと言ってお昼寝をする振りをすることにしてベッドに潜り込んでいた。
ジョゼットの授業はとても分かりやすく私はご機嫌で文字の練習をし、単語をどんどん覚えていった。
書き取りの練習を何度も繰り返すのは、単調だけれどたまに綺麗な文字が書けると嬉しくて、単純だと思うけれど機嫌良く授業を受けている。
ペンを正しく持つことが、以前の私は成人近くなるまで出来なかった。
周囲のペンの持ち方を見て学び、綺麗な文字の書き方もそうやって学んだ。あの頃の私より、今の私の方が綺麗な文字を書いているかもしれない。
「お嬢様どうされたのでしょう。疲れたなんて、まだ診察を受け勉強しただけですよ」
ベッドに潜り込み毛布を頭から被って寝たふりをしている私の近くで、パティはジョゼットに不機嫌そうな声で話している。
最近この声も聴きなれてしまった。
パティは私だけしかいないと、不機嫌さを隠そうともしなくなって来たけれど、ジョゼットと二人きりでもそうなのだと知って驚いてしまう。
「パティ、あなたが何を思っているのか分からないけれど。お嬢様はお勉強をされて診察も受けられた、それで幼い子なら疲れても仕方ないとは思わないの?」
「疲れ、そうなのかな。お母様、お母さん。私、どうしても狡いって思ってしまうの。お嬢様は狡いわ、贅沢して呑気に毎日を過ごしているんだもの。そんなの狡いって」
パティの声は沈んでいて、悲しんでいるのだと感じる。
でも、狡いと言われても、私にはどうすることも出来ない。
私がこの家の娘として日々を生きることも、パティが元男爵令嬢で今はメイド見習いでしかない現実も私がどうこう出来るものではない。
私が動くことでどうにか出来るならしてあげたいとは思うけれど、それは無理な話なのだから。
「パティ、あなたは自分の現状を理不尽だと感じているのでしょうね。でも、その理不尽をお嬢様にぶつけるのは間違っているわ」
「そうかもしれません。私はもう貴族ではないのですから」
パティの声は何も納得出来ない。そう言っている様に私には聞こえた。
男爵家に生まれ育ったというのに、父親が亡くなってしまったせいで使用人として生きる未来しか無くなったパティは憐れだ。
パティの妹と同じ年齢の私が自由気儘に日々を過ごしているのを見るのは、自分の境遇に納得出来ないパティには酷だったことだろう。
それは愚かな私にも理解出来る。
「でも、私はもっと勉強がしたかった。私だって魔法が使える筈、私だって貴族令嬢としての教養を身に着けて結婚して男爵家を継ぐ。そんな未来があった筈です。そう思うとやり切れないのです」
「パティ。どうしようもないことは存在するの。こうなる筈だったと未来を憂いても仕方が無かったと諦めるしかないこともあるのよ。あなたをそうさせてしまうのは、私が非力だったから。許してパティ」
パティ達の現状を、私がどうこう出来る様なそんな権限はない。
私自身魔法を習いたいと思っているのに、それすら思い通りにならないのですから他人の人生なんて私が何か出来るわけがないの。
「お母さんごめんなさい。お母さんのことも恨んでしまう。お母さんの決断は間違いじゃないと思うけど、でも受け入れていたらって思う気持ちはあるの」
「パティ、受け入れるって……あなた理解していたの? 理解していてそう言うの」
ジョゼットが驚いた様に言うけれど、何を受け入れていたらとパティは言いたいのだろう。
分からないけれど、ジョゼットはとても驚き悲しんでいる様に聞こえる。
「パティ、あなたずっとそう思っていたの。私が受け入れていれば良かったのだと」
「ええ、でもお母さんにはそんなこと出来ないって分かってます。私だって色々分かってるんです! だから今は無理でもいつかはちゃんとけじめをつけて、惨めに平民の使用人になります。そして我儘で贅沢なお嬢様にお仕えすればお母さんは満足なんでしょ!!」
それだけ言うとパティは部屋を出て行ってしまった。
乱暴に扉が閉まる音に、ジョゼットは深く息を吐く。
「パティ。ごめんなさい。あなたの未来を台無しにしてしまったのは私よ。あの人が生きていたらあの家を継ぐのはあなただったというのに」
パティの家だった男爵家はパティの父親の弟が継いでいる。
父親が亡くなった時、パティが幼かったのがその理由だと聞いた。
次代が幼いから、そんな理由で領主の座を空には出来ない。
領主は領地を治める為に必要な存在だから、それをたった数年とはいえ誰も治める人がいないなんて状態には出来ない。だからパティの父親の弟が家を継ぐのは当然のこと。
「私があの話を受け入れていれば良かったのかしら、でもどうしても駄目だったのよ。ごめんなさい」
ジョゼットに領主としての才があれば、パティが大人になるまでなんとか出来たのかもしれない。
だけど、子供の私の目から見てもジョゼットにその才があるようには思えません。
家庭教師としてのジョゼットの能力は十分だと思う。
正式な家庭教師が決まるまでの中継ぎとはいえ、彼女は立派な貴族夫人であると分かる立ち居振る舞いを身に着けているのは見ていて分かる。
そしてパティには貴族令嬢としての教育は足りていなかったのだろうということも、見ていれば分かる。
ジョゼットは家庭教師としては優秀、でも領主として領地を治められるかといえば別問題。
「お嬢様がお休みの間に、明日のお勉強の準備をしておかなくちゃ」
ジョゼットは小さく呟きながら部屋を出て行った。
一人になった部屋で、私は考えていた。
パティの未来、私の未来、お兄様の未来。
考えても考えても、皆が幸せになる未来は思いつかなかった。
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