後悔はなんだった?

木嶋うめ香

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憂鬱な朝食の席で

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「ミルフィ、今日から暫くの間はジョゼットがミルフィに勉強を教えるから、しっかり勉強をするんだよ」

 次の日の朝、眠い目を擦りながら朝食のテーブルに着くなりお父様に言われ私は思わず兄様に視線を向けた。
本当に兄様がお願いしてくれたのだ。
 にこにこ笑いながら私を見ている兄様の、その表情で悟った私は「嬉しい! ありがとう!」とはしゃいだ声を上げた。

 ガスパール先生の診察を受け、今日から普通に食事をしていいと許可を頂いたからか、朝食の量は元に戻っていた。
 小さな子供の手でも持てる大きさに焼かれた、丸パン。
 黄色の色が鮮やかなオムレツに、潰したじゃがいもを塩とバターで味付けしたものと炒めたキャベツが添えられている。そして細かく刻んだ玉ねぎと人参が入った牛乳のスープ。
 お父様とお母様の朝食はスープとパン、主菜、果物の順で給仕されていくけれど、私と兄様はまとめてテーブルに置かれる。

「パセリ」

 喜んだものの、じゃがいもの上に振りかけられている小さく刻まれたパセリが視界に入り眉をしかめる。
 昨日は嫌いなものが出てこなかったから、油断してしまった。
 スープに入っている人参も苦手な野菜だから、そちらも嫌だけれどパセリよりはまだ好きな方だと言える。

「さあ、今日の恵みを下さった精霊神様に感謝して頂こう」
「豊かな恵みを感謝致します」

 両手を組んで祈るお父様達を見ながら、私はぺこりと頭を下げてしまった。
 この国では精霊神様を信仰する派と女神マルガレーテ様を信仰する派とあるが、スフィール侯爵家は精霊神様を信仰している。以前の私の夫だったレムフリードの実家ラケニオン子爵家は女神マルガレーテ様を信仰していた。
 一緒に食事をしたのは数える程しかなかったと思うが、彼は食事の時は両手を組まず頭を軽く下げるだけだったから私もいつの間にかそうする様になっていた。
 その癖が出てしまったのだ。

「ミルフィ?」 

 いつもお祈りしていないのだから急にこんなことをしたらおかしいというのに、お父様達につられて頭を下げてしまったが、不審に思われないだろうか。

「ミルフィも感謝出来て偉いね」

 私の不安を余所に兄様が誉めてくれるけれど、私は内心冷や汗をかいていた。

「ミルフィいい子なの」

 どこまでこれで誤魔化せるのだろう。
 もはや誤魔化せていない気がしながら、丸パンを掴む。

「お嬢様、ジャムをお付けしましょうか」
「うん」

 そういえば、丸パンにはバターではなく、蜂蜜かジャムをつけて食べるのが好きだった。
 すっかり忘れていて、そのまま食べようとしていた。
 ジョゼットに丸パンを手渡すと、一口大にしてジャムをつけてくれたから、つい口を開いてしまった。

「お嬢様?」
「あ」

 すでに介助される時期は過ぎたと言うのに、私は何をやっているのだろう。
 恥ずかしくなった私は俯きそうになるけれど、ジョゼットは驚きながらもパンを口に入れてくれた。

「お味は如何でしょう」
「林檎?」
「はい、林檎のジャムでございます」
「もっと沢山つけて欲しい」
「畏まりました」

 ジョゼットがパンにジャムをつけているのを横目で見ながら、私は急いでフォークにパセリがついたじゃがいもをすくって口に入れた。
 どうして神様はこんなに苦い野菜を作ったのだろう、大人になっても好きでは無かったが子供の舌は敏感なのか以前の記憶よりも苦く青臭く感じてしまう。
 苦いし匂いも好きではないと内心泣きながら、必死に噛んで飲み込むと、ジョゼットの方を向いて口を開いた。

「パンを召し上がれるのですね?」

 口を開いたまま頷くと、形容しがたい顔をしたジョゼットがたっぷり林檎のジャムをつけたパンを食べさせてくれた。
 まだ苦みは口の中に残っているけれど、ジャムの甘さが癒してくれる。

「ぷ」

 笑ったのは誰だろうか、私は必死なのに。
 スープで流し込むわけにはいかないから、せめて好きな味で口の中の苦味を消そうとしているというのに。

「が、頑張ったね。ミルフィ」

 笑ったのはお父様だった。
 笑いながら誉めてくれても嬉しくないけれど、怒られるよりはいいと思い直した。

「お行儀は誉められないけれど、頑張りましたねミルフィ」
「偉いよ」

 お母様も兄様も笑いながら誉めてくれる。

 確かに行儀は誉められないだろう。
 でも、口にするだけ偉いし、外ではしないから見逃して欲しい。
 どうして好き嫌いしない等と言ってしまったのだろう。
 過去を後悔しながら、オムレツを食べる。
 スープにも人参が入っているのが憂鬱だった、スープが牛乳味なのが救いだがそれでも人参の味も苦手だ。
 
「ミルフィ、いい子になるんだもの」

 意識は大人なのに、味覚は子供だから苦手なものは苦手なままだと嘆きながら、憂鬱な食事は続くのだった。
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