後悔はなんだった?

木嶋うめ香

文字の大きさ
上 下
27 / 104

さりげなく試験されていました

しおりを挟む
「熱いからゆっくり飲むんだよ」

 兄様のメイドが用意した蜂蜜入りの温めた牛乳は、小さな両手付きのカップに注がれてテーブルの上に出てきた。

「スプーンは?」
「これはね、両出で持って飲むからスプーンは使わないよ」
「両手?」

 ミルフィはこういったカップを今まで使っていなかった筈、だから素直に飲んではいけない。
 果汁を飲む時のグラスや薄めた紅茶を飲む時のカップとは違う、食事の時のスープとも違う。

「こうやって両手でしっかり持つんだよ」
「両手」

 カップの中には半分弱程度にしか入っていない。
 蜂蜜は三歳を過ぎると食べてもいいとこの辺りでは言われていて、甘いもの好きなミルフィの好物でもあるけれど、高価な物でもあった。
 領地で養蜂が始まったのは確か私が結婚した辺り、それ以前は自然にある蜜蜂の巣を見つけて蜂蜜を収穫するか、迷宮にいる魔物の蜂を退治して魔物蜂蜜を得る位だった筈だ。

「お嬢様、火傷しないようにゆっくりお飲みください。こういう場合は息を吹き掛けても行儀作法には反しませんから」

 やっと両手でカップを持った私に手を沿えて、パティは慎重にカップを傾ける。
 舌を火傷するのも心配なら、着ている服にこぼすのも心配なのだろう。
 私はパティに言われた通り、フーフーと息を吹き冷ましながら、ゆっくりと牛乳を飲んだ。

「美味しいかい?」
「うん」

 何口か飲んで満足した私は、笑顔で頷くと兄様も一緒に笑ってくれたから、お腹はすでにくちくなっていたけれど無理して全部飲み干した。
 兄様が私のために用意してくれたのが嬉しかったから、残したくなかったのだ。

「お嬢様、お口を拭きますのでそのままで」
「ん」

 パティがハンカチで口元を拭ってくれる。
 大人しくされるがままになっている私を、兄様は面白そうに見ていた。

「ミルフィは本当にいい子になったんだね」
「いい子になるのよ」

 兄様が何を言いたいのか分からずにそう答えると「そうだね」と言って兄様が笑う。けれど顔がさっきと違っていた。

「今までなら、熱すぎる牛乳で飲めないと騒ぎ、騒いだ挙げ句に服に溢してパティに八つ当たりしていただろうね」
「セドリック様、牛乳を熱くと仰ったのはまさかミルフィ様を試そうと?」

 驚いたように兄様のメイドが聞いている。
 それを聞いて、兄様は私の反応を見るために舌を火傷しそうに熱い牛乳を、カップに注いで出したのだと分かった。

「ミルフィ、僕がお父様にジョゼットを先生にしてくれるように頼んであげる」

 さっきは自分で教えると言い、今度はジョゼットを先生にしてくれるように頼んでくれると言う。
 兄様の言動の変化に、私は着いていけなくなる。

「ミルフィがお父様達とジョゼット以外の大人が怖いなら、怖くなくなるまでジョゼットを先生としてくれるようにお願いしてあげる」
「新しい先生来ない?ミルフィを打って謝れって怒鳴る人、本当に来ない?」

 兄様に試されたのは悲しかったけれど、お父様へ頼んでいいかどうか、私への甘やかしにならないか。その確認の為に試しが必要だったのだと、悟った。
 とても五歳の子供が考える事ではない気がする。
 兄様は確かに優秀な人だったけれど、こんな子供の頃からだっただろうか。

「あいつは打つだけじゃ無かったの?」
「あいつ?」
「ミルフィの先生だった人のことだよ」
「先生は」
「なんて言われたの」
「ミルフィは愚かな怠け者の馬鹿です。馬鹿なのミルフィは生まれてきちゃいけなかったの。だからごめんなさいって謝りなさいって。ミルフィが馬鹿なのを皆が知ったらミルフィを嫌いになるから、先生に謝ってるのは言ったら駄目って」
「なんだって?」

 優しい兄様が声を荒げるから、私はびくりと震えてパティにしがみつく。

「ごめんね。怖がらせるつもりじゃなかったんだよ」
「お兄ちゃま」
「パティ、お父様はご存知なんだね」
「はい」
「分かった」

 何が分かったのだろう。
 三歳の外見の中にいるのは、大人だった私の筈だけど三歳児の意識が融合した弊害なのか、元々そうだったのか私の思考は大人だとはとても言えない程に幼い。
 普通の三歳児かと言われたら違うけれど、大人の意識があるかと言えばそうでもない。
 以前の記憶は持っていても、物語を覚えている様な感覚に変化しつつあるのだ。

「僕がお父様に話してあげるから、ミルフィはお部屋に戻りなさい。牛乳を飲んだのだからガスパール先生の診察が終わるまで何も食べてはいけないよ」
「はぁい」

 甘いものを飲んだから何かを食べたい欲求は無くなっているのに、食いしん坊の様に兄様に言われて少し不機嫌になる。

「膨れっ面、食べ物詰め込んだリスみたいになってるよ」
「リス?」
「小さな可愛い動物だよ。今度絵本を見せてあげる」

 つんと私の頬を指先でつつきながらしてくれる約束に、単純な私は機嫌が直ってしまう。

「絵本?」
「今は駄目だよ。僕は授業の準備があるから、時間のある時にね」
「絵本読んでくれる?」
「ミルフィがいい子にしていたらね」

 兄様からしてくれた約束に、私は浮かれて部屋に戻るのだった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

お飾りな妻は何を思う

湖月もか
恋愛
リーリアには二歳歳上の婚約者がいる。 彼は突然父が連れてきた少年で、幼い頃から美しい人だったが歳を重ねるにつれてより美しさが際立つ顔つきに。 次第に婚約者へ惹かれていくリーリア。しかし彼にとっては世間体のための結婚だった。 そんなお飾り妻リーリアとその夫の話。

五歳の時から、側にいた

田尾風香
恋愛
五歳。グレースは初めて国王の長男のグリフィンと出会った。 それからというもの、お互いにいがみ合いながらもグレースはグリフィンの側にいた。十六歳に婚約し、十九歳で結婚した。 グリフィンは、初めてグレースと会ってからずっとその姿を追い続けた。十九歳で結婚し、三十二歳で亡くして初めて、グリフィンはグレースへの想いに気付く。 前編グレース視点、後編グリフィン視点です。全二話。後編は来週木曜31日に投稿します。

私と結婚したくないと言った貴方のために頑張りました! ~帝国一の頭脳を誇る姫君でも男心はわからない~

すだもみぢ
恋愛
リャルド王国の王女であるステラは、絶世の美女の姉妹に挟まれた中では残念な容姿の王女様と有名だった。 幼い頃に婚約した公爵家の息子であるスピネルにも「自分と婚約になったのは、その容姿だと貰い手がいないからだ」と初対面で言われてしまう。 「私なんかと結婚したくないのに、しなくちゃいけないなんて、この人は可哀想すぎる……!」 そう自分の婚約者を哀れんで、彼のためになんとかして婚約解消してあげようと決意をする。 苦労の末にその要件を整え、満を持して彼に婚約解消を申し込んだというのに、……なぜか婚約者は不満そうで……? 勘違いとすれ違いの恋模様のお話です。 ざまぁものではありません。 婚約破棄タグ入れてましたが、間違いです!! 申し訳ありません<(_ _)>

【完結】内緒で死ぬことにした〜いつかは思い出してくださいわたしがここにいた事を、なぜわたしは生まれ変わったの?〜  

たろ
恋愛
この話は 『内緒で死ぬことにした  〜いつかは思い出してくださいわたしがここにいた事を〜』 の続編です。 アイシャが亡くなった後、リサはルビラ王国の公爵の息子であるハイド・レオンバルドと結婚した。 そして、アイシャを産んだ。 父であるカイザも、リサとハイドも、アイシャが前世のそのままの姿で転生して、自分たちの娘として生まれてきたことを知っていた。 ただアイシャには昔の記憶がない。 だからそのことは触れず、新しいアイシャとして慈しみ愛情を与えて育ててきた。 アイシャが家族に似ていない、自分は一体誰の子供なのだろうと悩んでいることも知らない。 親戚にあたる王子や妹に、意地悪を言われていることも両親は気が付いていない。 アイシャの心は、少しずつ壊れていくことに…… 明るく振る舞っているとは知らずに可愛いアイシャを心から愛している両親と祖父。 アイシャを助け出して心を救ってくれるのは誰? ◆ ◆ ◆ 今回もまた辛く悲しい話しが出てきます。 無理!またなんで! と思われるかもしれませんが、アイシャは必ず幸せになります。 もし読んでもいいなと思う方のみ、読んで頂けたら嬉しいです。 多分かなりイライラします。 すみません、よろしくお願いします ★内緒で死ぬことにした の最終話 キリアン君15歳から14歳 アイシャ11歳から10歳 に変更しました。 申し訳ありません。

【完結】妹に全部奪われたので、公爵令息は私がもらってもいいですよね。

曽根原ツタ
恋愛
 ルサレテには完璧な妹ペトロニラがいた。彼女は勉強ができて刺繍も上手。美しくて、優しい、皆からの人気者だった。  ある日、ルサレテが公爵令息と話しただけで彼女の嫉妬を買い、階段から突き落とされる。咄嗟にペトロニラの腕を掴んだため、ふたり一緒に転落した。  その後ペトロニラは、階段から突き落とそうとしたのはルサレテだと嘘をつき、婚約者と家族を奪い、意地悪な姉に仕立てた。  ルサレテは、妹に全てを奪われたが、妹が慕う公爵令息を味方にすることを決意して……?  

この傷を見せないで

豆狸
恋愛
令嬢は冤罪で処刑され過去へ死に戻った。 なろう様でも公開中です。

貴方が側妃を望んだのです

cyaru
恋愛
「君はそれでいいのか」王太子ハロルドは言った。 「えぇ。勿論ですわ」婚約者の公爵令嬢フランセアは答えた。 誠の愛に気がついたと言われたフランセアは微笑んで答えた。 ※2022年6月12日。一部書き足しました。 ※架空のお話です。現実世界の話ではありません。  史実などに基づいたものではない事をご理解ください。 ※話の都合上、残酷な描写がありますがそれがざまぁなのかは受け取り方は人それぞれです。  表現的にどうかと思う回は冒頭に注意喚起を書き込むようにしますが有無は作者の判断です。 ※更新していくうえでタグは幾つか増えます。 ※作者都合のご都合主義です。 ※リアルで似たようなものが出てくると思いますが気のせいです。 ※爵位や言葉使いなど現実世界、他の作者さんの作品とは異なります(似てるモノ、同じものもあります) ※誤字脱字結構多い作者です(ごめんなさい)コメント欄より教えて頂けると非常に助かります。

この度、皆さんの予想通り婚約者候補から外れることになりました。ですが、すぐに結婚することになりました。

鶯埜 餡
恋愛
 ある事件のせいでいろいろ言われながらも国王夫妻の働きかけで王太子の婚約者候補となったシャルロッテ。  しかし当の王太子ルドウィックはアリアナという男爵令嬢にべったり。噂好きな貴族たちはシャルロッテに婚約者候補から外れるのではないかと言っていたが

処理中です...