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さりげなく試験されていました
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「熱いからゆっくり飲むんだよ」
兄様のメイドが用意した蜂蜜入りの温めた牛乳は、小さな両手付きのカップに注がれてテーブルの上に出てきた。
「スプーンは?」
「これはね、両出で持って飲むからスプーンは使わないよ」
「両手?」
ミルフィはこういったカップを今まで使っていなかった筈、だから素直に飲んではいけない。
果汁を飲む時のグラスや薄めた紅茶を飲む時のカップとは違う、食事の時のスープとも違う。
「こうやって両手でしっかり持つんだよ」
「両手」
カップの中には半分弱程度にしか入っていない。
蜂蜜は三歳を過ぎると食べてもいいとこの辺りでは言われていて、甘いもの好きなミルフィの好物でもあるけれど、高価な物でもあった。
領地で養蜂が始まったのは確か私が結婚した辺り、それ以前は自然にある蜜蜂の巣を見つけて蜂蜜を収穫するか、迷宮にいる魔物の蜂を退治して魔物蜂蜜を得る位だった筈だ。
侯爵領には迷宮はあるけれど、魔物の蜂蜜はとても高価だから、さすがに普通の蜂蜜だろう。
「お嬢様、火傷しないようにゆっくりお飲みください。こういう場合は息を吹き掛けても行儀作法には反しませんから」
やっと両手でカップを持った私に手を沿えて、パティは慎重にカップを傾ける。
舌を火傷するのも心配なら、着ている服にこぼすのも心配なのだろう。
私はパティに言われた通り、フーフーと息を吹き冷ましながら、ゆっくりと牛乳を飲んだ。
「美味しいかい?」
「うん」
何口か飲んで満足した私は、笑顔で頷くと兄様も一緒に笑ってくれたから、お腹はすでにくちくなっていたけれど無理して全部飲み干した。
兄様が私のために用意してくれたのが嬉しかったから、残したくなかったのだ。
「お嬢様、お口を拭きますのでそのままで」
「ん」
パティがハンカチで口元を拭ってくれる。
大人しくされるがままになっている私を、兄様は面白そうに見ていた。
「ミルフィは本当にいい子になったんだね」
「いい子になるのよ」
兄様が何を言いたいのか分からずにそう答えると「そうだね」と言って兄様が笑う。けれど顔がさっきと違っていた。
「今までなら、熱すぎる牛乳で飲めないと騒ぎ、騒いだ挙げ句に服に溢してパティに八つ当たりしていただろうね」
「セドリック様、牛乳を熱くと仰ったのはまさかミルフィ様を試そうと?」
驚いたように兄様のメイドが聞いている。
それを聞いて、兄様は私の反応を見るために舌を火傷しそうに熱い牛乳を、カップに注いで出したのだと分かった。
「ミルフィ、僕がお父様にジョゼットを先生にしてくれるように頼んであげる」
さっきは自分で教えると言い、今度はジョゼットを先生にしてくれるように頼んでくれると言う。
兄様の言動の変化に、私は着いていけなくなる。
「ミルフィがお父様達とジョゼット以外の大人が怖いなら、怖くなくなるまでジョゼットを先生としてくれるようにお願いしてあげる」
「新しい先生来ない? ミルフィを打って謝れって怒鳴る人、本当に来ない?」
兄様に試されたのは悲しかったけれど、お父様へ頼んでいいかどうか、私への甘やかしにならないか。その確認の為に試しが必要だったのだと、悟った。
とても五歳の子供が考える事ではない気がする。
兄様は確かに優秀な人だったけれど、こんな子供の頃からだっただろうか。
「あいつは打つだけじゃ無かったの?」
「あいつ?」
「ミルフィの先生だった人のことだよ」
「先生は」
「なんて言われたの」
「ミルフィは愚かな怠け者の馬鹿です。馬鹿なミルフィは生まれてきちゃいけなかったの。だからごめんなさいって謝りなさいって。ミルフィが馬鹿なのを皆が知ったらミルフィを嫌いになるから、先生に謝ってるのは言ったら駄目って」
「なんだって?」
優しい兄様が声を荒げるから、私はびくりと震えてパティにしがみつく。
「ごめんね。怖がらせるつもりじゃなかったんだよ」
「お兄ちゃま」
「パティ、お父様はご存知なんだね」
「はい」
「分かった」
何が分かったのだろう。
三歳の外見の中にいるのは、大人だった私の筈だけど三歳児の意識が融合した弊害なのか、元々そうだったのか私の思考は大人だとはとても言えない程に幼い。
普通の三歳児かと言われたら違うけれど、大人の意識があるかと言えばそうでもない。
以前の記憶は持っていても、物語を覚えている様な感覚に変化しつつあるのだ。
「僕がお父様に話してあげるから、ミルフィはお部屋に戻りなさい。牛乳を飲んだのだからガスパール先生の診察が終わるまで何も食べてはいけないよ」
「はぁい」
甘いものを飲んだから何かを食べたい欲求は無くなっているのに、食いしん坊の様に兄様に言われて少し不機嫌になる。
「膨れっ面、食べ物詰め込んだリスみたいになってるよ」
「リス?」
「小さな可愛い動物だよ。今度絵本を見せてあげる」
つんと私の頬を指先でつつきながらしてくれる約束に、単純な私は機嫌が直ってしまう。
「絵本?」
「今は駄目だよ。僕は授業の準備があるから、時間のある時にね」
「絵本読んでくれる?」
「ミルフィがいい子にしていたらね」
兄様からしてくれた約束に、私は浮かれて部屋に戻るのだった。
兄様のメイドが用意した蜂蜜入りの温めた牛乳は、小さな両手付きのカップに注がれてテーブルの上に出てきた。
「スプーンは?」
「これはね、両出で持って飲むからスプーンは使わないよ」
「両手?」
ミルフィはこういったカップを今まで使っていなかった筈、だから素直に飲んではいけない。
果汁を飲む時のグラスや薄めた紅茶を飲む時のカップとは違う、食事の時のスープとも違う。
「こうやって両手でしっかり持つんだよ」
「両手」
カップの中には半分弱程度にしか入っていない。
蜂蜜は三歳を過ぎると食べてもいいとこの辺りでは言われていて、甘いもの好きなミルフィの好物でもあるけれど、高価な物でもあった。
領地で養蜂が始まったのは確か私が結婚した辺り、それ以前は自然にある蜜蜂の巣を見つけて蜂蜜を収穫するか、迷宮にいる魔物の蜂を退治して魔物蜂蜜を得る位だった筈だ。
侯爵領には迷宮はあるけれど、魔物の蜂蜜はとても高価だから、さすがに普通の蜂蜜だろう。
「お嬢様、火傷しないようにゆっくりお飲みください。こういう場合は息を吹き掛けても行儀作法には反しませんから」
やっと両手でカップを持った私に手を沿えて、パティは慎重にカップを傾ける。
舌を火傷するのも心配なら、着ている服にこぼすのも心配なのだろう。
私はパティに言われた通り、フーフーと息を吹き冷ましながら、ゆっくりと牛乳を飲んだ。
「美味しいかい?」
「うん」
何口か飲んで満足した私は、笑顔で頷くと兄様も一緒に笑ってくれたから、お腹はすでにくちくなっていたけれど無理して全部飲み干した。
兄様が私のために用意してくれたのが嬉しかったから、残したくなかったのだ。
「お嬢様、お口を拭きますのでそのままで」
「ん」
パティがハンカチで口元を拭ってくれる。
大人しくされるがままになっている私を、兄様は面白そうに見ていた。
「ミルフィは本当にいい子になったんだね」
「いい子になるのよ」
兄様が何を言いたいのか分からずにそう答えると「そうだね」と言って兄様が笑う。けれど顔がさっきと違っていた。
「今までなら、熱すぎる牛乳で飲めないと騒ぎ、騒いだ挙げ句に服に溢してパティに八つ当たりしていただろうね」
「セドリック様、牛乳を熱くと仰ったのはまさかミルフィ様を試そうと?」
驚いたように兄様のメイドが聞いている。
それを聞いて、兄様は私の反応を見るために舌を火傷しそうに熱い牛乳を、カップに注いで出したのだと分かった。
「ミルフィ、僕がお父様にジョゼットを先生にしてくれるように頼んであげる」
さっきは自分で教えると言い、今度はジョゼットを先生にしてくれるように頼んでくれると言う。
兄様の言動の変化に、私は着いていけなくなる。
「ミルフィがお父様達とジョゼット以外の大人が怖いなら、怖くなくなるまでジョゼットを先生としてくれるようにお願いしてあげる」
「新しい先生来ない? ミルフィを打って謝れって怒鳴る人、本当に来ない?」
兄様に試されたのは悲しかったけれど、お父様へ頼んでいいかどうか、私への甘やかしにならないか。その確認の為に試しが必要だったのだと、悟った。
とても五歳の子供が考える事ではない気がする。
兄様は確かに優秀な人だったけれど、こんな子供の頃からだっただろうか。
「あいつは打つだけじゃ無かったの?」
「あいつ?」
「ミルフィの先生だった人のことだよ」
「先生は」
「なんて言われたの」
「ミルフィは愚かな怠け者の馬鹿です。馬鹿なミルフィは生まれてきちゃいけなかったの。だからごめんなさいって謝りなさいって。ミルフィが馬鹿なのを皆が知ったらミルフィを嫌いになるから、先生に謝ってるのは言ったら駄目って」
「なんだって?」
優しい兄様が声を荒げるから、私はびくりと震えてパティにしがみつく。
「ごめんね。怖がらせるつもりじゃなかったんだよ」
「お兄ちゃま」
「パティ、お父様はご存知なんだね」
「はい」
「分かった」
何が分かったのだろう。
三歳の外見の中にいるのは、大人だった私の筈だけど三歳児の意識が融合した弊害なのか、元々そうだったのか私の思考は大人だとはとても言えない程に幼い。
普通の三歳児かと言われたら違うけれど、大人の意識があるかと言えばそうでもない。
以前の記憶は持っていても、物語を覚えている様な感覚に変化しつつあるのだ。
「僕がお父様に話してあげるから、ミルフィはお部屋に戻りなさい。牛乳を飲んだのだからガスパール先生の診察が終わるまで何も食べてはいけないよ」
「はぁい」
甘いものを飲んだから何かを食べたい欲求は無くなっているのに、食いしん坊の様に兄様に言われて少し不機嫌になる。
「膨れっ面、食べ物詰め込んだリスみたいになってるよ」
「リス?」
「小さな可愛い動物だよ。今度絵本を見せてあげる」
つんと私の頬を指先でつつきながらしてくれる約束に、単純な私は機嫌が直ってしまう。
「絵本?」
「今は駄目だよ。僕は授業の準備があるから、時間のある時にね」
「絵本読んでくれる?」
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