後悔はなんだった?

木嶋うめ香

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兄様には甘えられない

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「さあ僕の部屋においで」

 止める声を無視して、兄様は私の手を掴み歩き始めてしまう。
 兄様はこんな強引な人だっただろうか。
 思い出そうとしても何も浮かんでこないのは、以前の私は自分だけが常に要求して兄様は宥めるだけだったからだと気がついた。

「あっ」

 歩みが遅い私は、兄様の速度に追い付けず足がもつれて転びそうになる。

「お嬢様っ!」

 慌ててパティが私を支えてくれたけれど、兄様は驚いて立ち止まってしまった。

「ミルフィ、大丈夫? どうしたの?」
「びっくりしたの」
「セドリック様、ミルフーヌお嬢様はまだあまり早く歩けませんので」
「ああ、そうか。ごめんね」

 さすがにそういうところまで気が回らなかったのかと、少しだけ安心する。
 兄様は優秀な人だったけれど、今は私より少し大きいだけの幼い子供なのだ。

「あのね、ミルフィね」
「どうしたの?」
「お父様がお部屋に戻りなさいって」

 兄様の行動に戸惑いながら言えば、兄様は考える素振りをする。
 本当に兄様は五歳の子供なのだろうか。
 もしかして兄様も前世の記憶があるのだろうか。
 そんな疑いを持ちながら兄様の行動を注視する。

「そうだね。お父様はそう仰っていた。でもミルフィはどうしたい?」
「ミルフィ?」

 迂闊な返事は出来ない。
 ここにいるのは、パティだけじゃない。
 兄様のメイドもいるのだ。

「ミルフィ。お菓子が食べたいの」

 状況を考えて、当たり障りの無い返事を返す。
 お菓子はともかく、お腹が満たされていないし、さっきパティにもお菓子の話をしていたから嘘ではない。
 熱を出した後だし、ガスパール先生の診察前だからとはいえ、朝食は控えめの量すぎだと思う。
 私は時々食事の量が少なかったわけでもないのに、凄くお腹が空いてたまらない時があるが、今が丁度それに当たる様でいくらでも食べられそうな気持ちがしていた。

「お兄ちゃま。ミルフィお菓子が食べたいの」

 幼い子供ならそう言うであろうと予想して、兄様へ告げる。
 すると兄様は、兄様付きのメイドに「ミルフィに何かお菓子を用意出来る?」と聞いてくれた。

「セドリック様、ミルフィーヌ様は熱を出していらっしゃいましたので、体に負担が掛からぬよう朝食を控えめに出されていたのかと思います。ガスパール先生の診断の後であればお菓子を食されても問題無いかと思いますが」

 こんなの幼児が理解出来る言い方じゃないと思うが、なぜこのメイドは兄様付きのくせにこんなに難しい言い方をするのだろう。

「ミルフィ、今はお菓子は用意出来ないけれど、温めた牛乳であれば用意できるよ。それでは駄目かな」

 兄様は今のメイドの言い方で理解出来たのか優しい笑顔でそんな事を言うから、私は兄様の理解力に驚きながらもただ嬉しくなる。

「ミルフィ。牛乳好き。蜂蜜が沢山入った牛乳」

 そう答えると兄様はにっこりと笑ってくれたのだった。
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