後悔はなんだった?

木嶋うめ香

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お父様の答えは?

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「ジョゼットか」
「駄目?」

 考え込んでいるお父様に尋ねるけれど、答えてもらえない。
 ちらりと兄様を見れば、食事の手を止め無言で私を凝視している

「ミルフィは他人を信用できないかな」
「信用?」

 それは三歳のミルフィが聞いたことがない言葉の筈だから、知らない振りをする。

「信用とは、そうだなミルフィの場合は怖くないと思える人でもいいかもしれないな」
「お父様」
「ん?」
「怖くないよ」
「あぁ、そうか。ありがとう」

 お父様は怖くない。
 いいえ、怖い。
 この先私を、諦めの目で見るかもしれないという、恐怖がある。
 だけどそれは、お母様も兄様も同じだ。
 私は家族が恐ろしい、私をいつ見限るか分からないから、何か失敗したら最後だと思うから。

「お母様もお兄ちゃまも、ジョゼットもパティもガスパール先生も」
「それ以外は? 初めて会う人は?」
「初めて?」
「新しく先生を決めたら、ミルフィは怖いかな」
「打つ?」
「打たないよ、そんなことは二度とさせない」
「お父様は側にいてくれる?」

 夫人は狡猾で、ジョゼット達は部屋から追い出されていた。
 授業がどういうものか知らなかった私は、夫人の言葉をすべて信じて自分を出来損ないだと責めた。

「それは……」
「ミルフィ駄目な子だから、お父様はミルフィを嫌いだって先生言ってた」
「それは違う、ミルフィが不安になるのは分かる、わかるんだが、ジョゼットは」
「ご飯食べます。お父様ごめんなさい。ミルフィ悪い子でした」

 これ以上は無理にお願いできない。
 意識してしょんぼりと椅子に座り、しょんぼりとしたまま朝食をとる。
 今日は何も嫌いな物が出ていなかったから、私は黙々と食事をしてごちそうさまをした。

「ミルフィ」
「はい」
「ジョゼットをミルフィの先生にするかどうかは、少し考える。まだ三歳だから少しの間それでもいいか、検討するから待っていてくれないか」
「お父様?」
「部屋に戻って休みなさい」
「はい」

 お父様はまだ決断していない。
 でも、可能性は残っている。

 結局お母様は食堂には来なかった。
 ジョゼットも来ないから、私はパティに手を引かれしょんぼりしたまま食堂を出た。

「ミルフィは悪い子だから、お父様はお願いを聞いてくれないんだね」
「お嬢様、そんなことはございません。母を先生にするのは土台無理な話なのです。母は家庭教師が出来る様な良い学校に通っていたわけではありませんから」
「新しい先生にもミルフィ馬鹿って言われるのかな」

 とぼとぼと歩きながらパティに慰められる。
 食堂から私の部屋は遠い。
 お父様が即答まではいかなくとも、候補にしよう程度には言ってくれるのではないかと期待していたのに、それが見事に砕かれた私は歩く気力が無かった。

「パティ、パティは一緒にお勉強してって言ったらしてくれる?」
「私がお嬢様と? そんな恐れ多いこと出来ません」
「そっかぁ」

 立ち止まってパティの顔を見上げ、また俯いて歩き出す。
 兎に角今日はもう何も出来ないから、何か次の手を考えよう。

「パティ、お菓子食べたい」
「お嬢様? 朝食は足りませんでしたか? 今日は少し量を減らしてあった様ですが」
「足りる?」
「午前中ガスパール先生が診察にいらっしゃいますので、お菓子はその後がよろしいのではありませんか?」
「ガスパール先生とお菓子食べるの?」

 ガスパール先生は、以前の私の癇癪に辛抱強く付き合ってくれた優しい人だ。
 先生はもしかしたら、私の歪な心に気が付いていたのかもしれない。
 一緒にお茶の時間を過ごして、いつも私の話を静かに聞いてくれたのだ。

「お忙しい方ですから、それはどうでしょう」
「そっかあ」

 三歳児に出来ることは少な過ぎて溜め息が出てしまう。
 自分の考えをはっきり言うことも出来ず、一人で屋敷の中を歩くことすら出来ない。
 そもそもベッドが私の小さな体では一人で入ることも出ることも出来ないし、着替えすら一人で出来ないのだからこんな私が何か出来ると考える方がおかしいのかもしれない。

「ミルフィ」

 今日はもう部屋で大人しくしていよう。
 諦めの心境で歩いていたら、兄様の声した。

「お兄ちゃま」
「ミルフィ、何があったの?」
「何?」

 兄様には珍しく、廊下を走って私の所までやって来た。

「あいつに打たれたの?」
「え?」

 何故兄様がそれを知っているんだろという疑問は「さっき、お父様に打つのか聞いていたから」という言葉で解消された。

 あんな会話を横で聞いていただけなのに、兄様はちゃんと理解したのだろうか。
 五歳の理解力は、こんなに優れているのか。
 それとも兄様だからだろうか。
 そんな意味のないことを考えていたら、突然兄様に手を引かれた。

「僕の部屋においで、僕が教えてあげる」
「セドリック様、旦那様がお許しになりません」
「ミルフィを打つ? そんなの僕が許さないからっ」
「もう子爵夫人はこの屋敷に入れませんから、そんなことは二度とおきません」
「セドリック様、どうぞ落ち着いて下さいませ。興奮するとお熱が出てしまいますっ」

 パティと兄様のメイドが二人で宥め始める。
 私はといえば、生まれてはじめて聞く兄様の大声に、目を丸くするしか出来なかった。
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