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融合
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気がつくと、暗い部屋に私はいた。
夢なのかもしれない。
はっきりとは分からないけれど、現実ではない気がした。
「怖いよ、怖い」
子供の声が聞こえて辺りを探す。
泣き声、怖いと言いながら泣いている。
この声を私は知ってる。
「ミルフィ?」
名前を呼んだら、声が止まった。
「誰? お母様?」
怯えている様な声の主は、ミルフィという名前に確かに反応した。
泣いていたのは、やっぱり私?
「先生?ごめんなさい。ミルフィは悪い子なの、怠け者で勉強出来ない駄目な子なの」
私が何も言わずにいると、ミルフィは私を夫人と誤解して謝り始めた。
「ごめんなさい。何をやっても駄目な子で、ごめんなさい」
謝り続ける幼い姿に胸が痛くなる。
何も悪くないのに。
ミルフィは謝り続けている。
パティもそうだった。
何も悪くないのに、むしろジョゼットはミルフィを助けてくれたというのに、ひたすらお母様に頭を下げ続けた。
弱者は強者の理不尽に耐えなければならないのだ。
強者はそれを理不尽だとも思わずに、それを強いる。
夫人が幼いミルフィにした様に、お母様がパティにした様に。
「ごめんなさい。ミルフィは悪い子です。怠け者の悪い子です」
頭を庇う仕草をしながら、ミルフィが謝るのを見て以前の私の癖を思い出した。
誰かに手を近付けられるのが苦手で、身構えてしまうのだ。
ダンスをする時、エスコートされる時に一瞬顔が強ばる。
親しくない相手なら、ダンスで躊躇しても見ない振りをしてもらえたけれど、多分夫は気がついていた。
私が夫に触れられるのが嫌なのだと、誤解していたかもしれない。
「ミルフィ、謝る必要はないのよ」
ミルフィの前にしゃがみこむ。
以前の私は三歳の頃に何があったか、はっきりと覚えていなかった。
ただ自分は努力しても仕方ない、無能。
愚か者で怠け者、勉強嫌いなのだと信じて疑いもしなかった。
努力しても無駄なのだと、思い込んでいた。
夫人は絶対的存在で、入学するまで私の先生だった。
ある程度年を重ねてからは打たれることはなくなった。
私の記憶に残っていないのだから、本当に幼い頃だけだったのだろう。
でも、夫人が定規を手にすると体が震えたし、時々コツコツとテーブルの上を爪先で叩く音が苦手だった。
使用人は卑しい存在だ、平民等虫の様な価値しかないと私に言い続け、選民意識を植え付けた。
夫人の言葉を私は信じていた。
甘えん坊で我が儘だった。
それは確かにミルフィの本質だった。
けれど、夫人の授業で劣等感や差別意識を植え付けられなければもう少しまともな人間に、以前の私は育つことが出来たのかもしれない。
我が儘なミルフィ。
ミルフィの我が儘は、本来の甘えん坊からくるものの他に、自分を見て欲しいという思いがあった。
夫人から両親は私を愛していないと言われる度に、ミルフィは両親に我が儘を言った。
それが叶えられることで、自分は嫌われていないと安心できたのだ。
大きくなってもその癖は変わらなかった。
我が儘を言う度に、お父様はため息をつき「好きにしなさい」と許してくれた。
それが私に対しての呆れだと気がつきもせず、お父様は私に甘いのだと信じた。
馬鹿な自分は勉強しても仕方ない。
容姿を貶され続けていた私は、劣等感を誰にも知られたくなくて流行りのドレスや髪型、高価な宝飾品を身に付け続けた。
他人に誉められるのは、ドレスであり髪型や宝飾品であるのに、それを自分への賛辞だと信じた。
違うのは心の中で理解していても、知らない振りをしていたのだ。
「ミルフィ。可哀想な過去の私」
身体を小さくして泣き続けるミルフィを抱き締める。
「あなたは良い子よ」
ジョゼットを辞めさせないでと泣いたのは、私ではなく幼いミルフィの心だ。
勘違いしていたけれど、怪我を治したいと心から願ったのも幼いミルフィだ。
私はその思いを自分の意思だと勘違いしたに過ぎない。
「私は生きたいわ。あなたの様に優しい心で皆に接して、勉強も他の事も怠けずに努力するの。兄様を死なせない、私が守るの」
「守る?」
「そうよ。だからミルフィ、私を助けてくれる?」
「助ける?」
「私は人に優しくしたいなんて考えたことすら無かったわ。使用人は例え悪くなくても私の機嫌を損ねたら謝るべきだと信じていたし、蔑んでもいた。だけどそれは違うって気がついたのよ」
「悪くなくても謝るのは悲しいよ。ミルフィずっと悲しかったのよ」
「そうね、理不尽を強いる権利なんて誰にも無いわ。貴族の立場ではそうするべき時もあるけれど、でもすべてにおいて許されると思うのは間違いなのね」
以前の私は、だから間違えたのだ。
それに気がついていれば、もしかしたら。
もしかしたら?
私はやっぱり何かを思い出せていないの?
「私が二度と間違いを犯さない様に、私を助けてくれる?」
「ミルフィ出来るかな」
「あなただから出来るのよ。私と生きてくれる?」
「ミルフィでも本が読めるようになる?お兄ちゃまのようになれる?お父様とお母様の様に立派な人になれる?」
「勿論よ。一緒に頑張りましょう」
「うん」
幼いミルフィと手を繋ぐ。
頷く幼い顔に微笑み掛けると、私達の意識は溶け始め、やがてひとつに混じり合った。
夢なのかもしれない。
はっきりとは分からないけれど、現実ではない気がした。
「怖いよ、怖い」
子供の声が聞こえて辺りを探す。
泣き声、怖いと言いながら泣いている。
この声を私は知ってる。
「ミルフィ?」
名前を呼んだら、声が止まった。
「誰? お母様?」
怯えている様な声の主は、ミルフィという名前に確かに反応した。
泣いていたのは、やっぱり私?
「先生?ごめんなさい。ミルフィは悪い子なの、怠け者で勉強出来ない駄目な子なの」
私が何も言わずにいると、ミルフィは私を夫人と誤解して謝り始めた。
「ごめんなさい。何をやっても駄目な子で、ごめんなさい」
謝り続ける幼い姿に胸が痛くなる。
何も悪くないのに。
ミルフィは謝り続けている。
パティもそうだった。
何も悪くないのに、むしろジョゼットはミルフィを助けてくれたというのに、ひたすらお母様に頭を下げ続けた。
弱者は強者の理不尽に耐えなければならないのだ。
強者はそれを理不尽だとも思わずに、それを強いる。
夫人が幼いミルフィにした様に、お母様がパティにした様に。
「ごめんなさい。ミルフィは悪い子です。怠け者の悪い子です」
頭を庇う仕草をしながら、ミルフィが謝るのを見て以前の私の癖を思い出した。
誰かに手を近付けられるのが苦手で、身構えてしまうのだ。
ダンスをする時、エスコートされる時に一瞬顔が強ばる。
親しくない相手なら、ダンスで躊躇しても見ない振りをしてもらえたけれど、多分夫は気がついていた。
私が夫に触れられるのが嫌なのだと、誤解していたかもしれない。
「ミルフィ、謝る必要はないのよ」
ミルフィの前にしゃがみこむ。
以前の私は三歳の頃に何があったか、はっきりと覚えていなかった。
ただ自分は努力しても仕方ない、無能。
愚か者で怠け者、勉強嫌いなのだと信じて疑いもしなかった。
努力しても無駄なのだと、思い込んでいた。
夫人は絶対的存在で、入学するまで私の先生だった。
ある程度年を重ねてからは打たれることはなくなった。
私の記憶に残っていないのだから、本当に幼い頃だけだったのだろう。
でも、夫人が定規を手にすると体が震えたし、時々コツコツとテーブルの上を爪先で叩く音が苦手だった。
使用人は卑しい存在だ、平民等虫の様な価値しかないと私に言い続け、選民意識を植え付けた。
夫人の言葉を私は信じていた。
甘えん坊で我が儘だった。
それは確かにミルフィの本質だった。
けれど、夫人の授業で劣等感や差別意識を植え付けられなければもう少しまともな人間に、以前の私は育つことが出来たのかもしれない。
我が儘なミルフィ。
ミルフィの我が儘は、本来の甘えん坊からくるものの他に、自分を見て欲しいという思いがあった。
夫人から両親は私を愛していないと言われる度に、ミルフィは両親に我が儘を言った。
それが叶えられることで、自分は嫌われていないと安心できたのだ。
大きくなってもその癖は変わらなかった。
我が儘を言う度に、お父様はため息をつき「好きにしなさい」と許してくれた。
それが私に対しての呆れだと気がつきもせず、お父様は私に甘いのだと信じた。
馬鹿な自分は勉強しても仕方ない。
容姿を貶され続けていた私は、劣等感を誰にも知られたくなくて流行りのドレスや髪型、高価な宝飾品を身に付け続けた。
他人に誉められるのは、ドレスであり髪型や宝飾品であるのに、それを自分への賛辞だと信じた。
違うのは心の中で理解していても、知らない振りをしていたのだ。
「ミルフィ。可哀想な過去の私」
身体を小さくして泣き続けるミルフィを抱き締める。
「あなたは良い子よ」
ジョゼットを辞めさせないでと泣いたのは、私ではなく幼いミルフィの心だ。
勘違いしていたけれど、怪我を治したいと心から願ったのも幼いミルフィだ。
私はその思いを自分の意思だと勘違いしたに過ぎない。
「私は生きたいわ。あなたの様に優しい心で皆に接して、勉強も他の事も怠けずに努力するの。兄様を死なせない、私が守るの」
「守る?」
「そうよ。だからミルフィ、私を助けてくれる?」
「助ける?」
「私は人に優しくしたいなんて考えたことすら無かったわ。使用人は例え悪くなくても私の機嫌を損ねたら謝るべきだと信じていたし、蔑んでもいた。だけどそれは違うって気がついたのよ」
「悪くなくても謝るのは悲しいよ。ミルフィずっと悲しかったのよ」
「そうね、理不尽を強いる権利なんて誰にも無いわ。貴族の立場ではそうするべき時もあるけれど、でもすべてにおいて許されると思うのは間違いなのね」
以前の私は、だから間違えたのだ。
それに気がついていれば、もしかしたら。
もしかしたら?
私はやっぱり何かを思い出せていないの?
「私が二度と間違いを犯さない様に、私を助けてくれる?」
「ミルフィ出来るかな」
「あなただから出来るのよ。私と生きてくれる?」
「ミルフィでも本が読めるようになる?お兄ちゃまのようになれる?お父様とお母様の様に立派な人になれる?」
「勿論よ。一緒に頑張りましょう」
「うん」
幼いミルフィと手を繋ぐ。
頷く幼い顔に微笑み掛けると、私達の意識は溶け始め、やがてひとつに混じり合った。
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