後悔はなんだった?

木嶋うめ香

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お見舞いに行こう

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 ガスパール先生が兄様を診察して帰って行ったとパティに聞いた私は、早速兄様の部屋に向かうことにした。
急がないと、私の勉強の時間が来てしまう。
 昨日は体を気遣ってお休みにしてくれたお母様も、今日からはお勉強頑張りなさいと言っていたから遅れるのも避けなければいけない。

「ジョゼット、お部屋行っても良いって言われた?」
「はい、お嬢様。セドリック様はお熱も下がり先程お食事も済まされたそうです。お嬢様がいらっしゃればきっとお元気になられますよ」
「ミルフィね、ピーマンを食べたって言うの。誉めてくれるかな」

 今までなら絶対に自慢気に報告しただろうと、想像してジョゼットに言えば、大きく頷いてくれた。

「きっと誉めてくださいます。お嬢様は一つ残らず召し上がっていらっしゃいました。昨日のお約束を守られていましたね」
「うん。ミルフィはねいい子になるのよ」

 この位自慢すればいいだろうか?
 三歳の子供の頃なんて覚えていないし、以前の自分が産んだ子供達の印象も薄い。
 お母様と違って私は子供の教育にも日常にも殆んど関わらなかった。
 子供達それぞれの乳母と侍女、後はパティが育てた様なものだ。
 あの頃はそれが当たり前だと思っていたけれど、両親が私や兄様との時間をしっかりと取っていたのを目の当たりにすると、私は間違っていたのかもしれないと少しだけ思う。

「お嬢様、お部屋に着きましたので、こちらで少しお待ち頂けますか」
「うん」

 ジョゼットに手を引かれ歩きながら、私は自分の考えに没頭していたのだろう。
 声を掛けられ顔を上げると、兄様の部屋の前だった。
 兄様の部屋は、お父様達の私室近くにある。
 私の部屋が離れているのは、愛情の差というものではなく、兄様は家を継ぐ人で私は家を出る人その違いだ。
 兄様の部屋の寝室は大きく、今は主がいない隣の部屋に続くドアがある。
 お父様と代替わりすれば、今両親が使っている部屋を兄様夫婦が使い、兄様の部屋は生まれてくる跡継ぎの部屋になる。
 それに気がつかなかった以前の私は、自分の部屋が離れていると臍を曲げ、兄様が亡くなって暫くして私の部屋が兄様の妻が使うはずだった部屋に移動してから、始めてそうだったのかと悟ったのだ。
 結婚して夫が兄様の部屋を使うのは嫌だった。
 どこか部屋の中に残っていた筈の兄様の気配が、すべて消えてしまった気がして辛かった。

「お嬢様」
「うん?」

 当時の気持ちを思い出して俯いていると、ジョゼットが目の前にしゃがみこんで、私の顔を見つめていた。

「入室の許可を頂きましたので、中へどうぞお入りください」
「分かった」

 ジョゼットに手を引かれて兄様の寝室へと入る。
 以前の私がこの寝室に入ったのは、自分が使うようになってからだ。さすがに私室の方は何度も入っていたが、寝室に入ったことはなかった。
 兄様が存命だった時何度も兄様は体調を崩していたけれど、お見舞いをするなんて思い付きもしなかった。
 子供だったと言えばそれまでだけれど、兄様は具合が悪いとき私を近寄らせようとしなかったのだ。

「お兄ちゃま。お熱もう下がった?」
「ミルフィ、お見舞いありがとう」

 ベッドの上で、兄様は大きな枕を背もたれにして座っている。
 二人で使うことを想定されているベッドは私の部屋の物よりだいぶ大きい。
 こうして見ると、この部屋の調度品はほぼ変えることなく私に引き継がれたのだと分かる。
 落ち着きすぎたこの部屋が私は苦手だった。

「ミルフィ?」
「お兄ちゃま、元気になった?」
「なったよ。一緒に朝食を食べられなくてごめんね。頑張って早起きしてくれたんだよね」

 具合が悪くても、兄様は私を気遣ってくれる。

「ミルフィ、ピーマン食べたの。明日も好き嫌いしないから、早く元気になってミルフィと一緒に食べてね」
「ミルフィは、本当にいい子になったんだね。ありがとう。早く治すからね」

 私の言葉に兄様は、一瞬目を見開いた後笑顔になった。
 それは多分初めて見る、兄様の本当の笑顔だった。
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