17 / 164
お見舞いに行こう
しおりを挟む
ガスパール先生が兄様を診察して帰って行ったとパティに聞いた私は、早速兄様の部屋に向かうことにした。
急がないと、私の勉強の時間が来てしまう。
昨日は体を気遣ってお休みにしてくれたお母様も、今日からはお勉強頑張りなさいと言っていたから遅れるのも避けなければいけない。
「ジョゼット、お部屋行っても良いって言われた?」
「はい、お嬢様。セドリック様はお熱も下がり先程お食事も済まされたそうです。お嬢様がいらっしゃればきっとお元気になられますよ」
「ミルフィね、ピーマンを食べたって言うの。誉めてくれるかな」
今までなら絶対に自慢気に報告しただろうと、想像してジョゼットに言えば、大きく頷いてくれた。
「きっと誉めてくださいます。お嬢様は一つ残らず召し上がっていらっしゃいました。昨日のお約束を守られていましたね」
「うん。ミルフィはねいい子になるのよ」
この位自慢すればいいだろうか?
三歳の子供の頃なんて覚えていないし、以前の自分が産んだ子供達の印象も薄い。
お母様と違って私は子供の教育にも日常にも殆んど関わらなかった。
子供達それぞれの乳母と侍女、後はパティが育てた様なものだ。
あの頃はそれが当たり前だと思っていたけれど、両親が私や兄様との時間をしっかりと取っていたのを目の当たりにすると、私は間違っていたのかもしれないと少しだけ思う。
「お嬢様、お部屋に着きましたので、こちらで少しお待ち頂けますか」
「うん」
ジョゼットに手を引かれ歩きながら、私は自分の考えに没頭していたのだろう。
声を掛けられ顔を上げると、兄様の部屋の前だった。
兄様の部屋は、お父様達の私室近くにある。
私の部屋が離れているのは、愛情の差というものではなく、兄様は家を継ぐ人で私は家を出る人その違いだ。
兄様の部屋の寝室は大きく、今は主がいない隣の部屋に続くドアがある。
お父様と代替わりすれば、今両親が使っている部屋を兄様夫婦が使い、兄様の部屋は生まれてくる跡継ぎの部屋になる。
それに気がつかなかった以前の私は、自分の部屋が離れていると臍を曲げ、兄様が亡くなって暫くして私の部屋が兄様の妻が使うはずだった部屋に移動してから、始めてそうだったのかと悟ったのだ。
結婚して夫が兄様の部屋を使うのは嫌だった。
どこか部屋の中に残っていた筈の兄様の気配が、すべて消えてしまった気がして辛かった。
「お嬢様」
「うん?」
当時の気持ちを思い出して俯いていると、ジョゼットが目の前にしゃがみこんで、私の顔を見つめていた。
「入室の許可を頂きましたので、中へどうぞお入りください」
「分かった」
ジョゼットに手を引かれて兄様の寝室へと入る。
以前の私がこの寝室に入ったのは、自分が使うようになってからだ。さすがに私室の方は何度も入っていたが、寝室に入ったことはなかった。
兄様が存命だった時何度も兄様は体調を崩していたけれど、お見舞いをするなんて思い付きもしなかった。
子供だったと言えばそれまでだけれど、兄様は具合が悪いとき私を近寄らせようとしなかったのだ。
「お兄ちゃま。お熱もう下がった?」
「ミルフィ、お見舞いありがとう」
ベッドの上で、兄様は大きな枕を背もたれにして座っている。
二人で使うことを想定されているベッドは私の部屋の物よりだいぶ大きい。
こうして見ると、この部屋の調度品はほぼ変えることなく私に引き継がれたのだと分かる。
落ち着きすぎたこの部屋が私は苦手だった。
「ミルフィ?」
「お兄ちゃま、元気になった?」
「なったよ。一緒に朝食を食べられなくてごめんね。頑張って早起きしてくれたんだよね」
具合が悪くても、兄様は私を気遣ってくれる。
「ミルフィ、ピーマン食べたの。明日も好き嫌いしないから、早く元気になってミルフィと一緒に食べてね」
「ミルフィは、本当にいい子になったんだね。ありがとう。早く治すからね」
私の言葉に兄様は、一瞬目を見開いた後笑顔になった。
それは多分初めて見る、兄様の本当の笑顔だった。
急がないと、私の勉強の時間が来てしまう。
昨日は体を気遣ってお休みにしてくれたお母様も、今日からはお勉強頑張りなさいと言っていたから遅れるのも避けなければいけない。
「ジョゼット、お部屋行っても良いって言われた?」
「はい、お嬢様。セドリック様はお熱も下がり先程お食事も済まされたそうです。お嬢様がいらっしゃればきっとお元気になられますよ」
「ミルフィね、ピーマンを食べたって言うの。誉めてくれるかな」
今までなら絶対に自慢気に報告しただろうと、想像してジョゼットに言えば、大きく頷いてくれた。
「きっと誉めてくださいます。お嬢様は一つ残らず召し上がっていらっしゃいました。昨日のお約束を守られていましたね」
「うん。ミルフィはねいい子になるのよ」
この位自慢すればいいだろうか?
三歳の子供の頃なんて覚えていないし、以前の自分が産んだ子供達の印象も薄い。
お母様と違って私は子供の教育にも日常にも殆んど関わらなかった。
子供達それぞれの乳母と侍女、後はパティが育てた様なものだ。
あの頃はそれが当たり前だと思っていたけれど、両親が私や兄様との時間をしっかりと取っていたのを目の当たりにすると、私は間違っていたのかもしれないと少しだけ思う。
「お嬢様、お部屋に着きましたので、こちらで少しお待ち頂けますか」
「うん」
ジョゼットに手を引かれ歩きながら、私は自分の考えに没頭していたのだろう。
声を掛けられ顔を上げると、兄様の部屋の前だった。
兄様の部屋は、お父様達の私室近くにある。
私の部屋が離れているのは、愛情の差というものではなく、兄様は家を継ぐ人で私は家を出る人その違いだ。
兄様の部屋の寝室は大きく、今は主がいない隣の部屋に続くドアがある。
お父様と代替わりすれば、今両親が使っている部屋を兄様夫婦が使い、兄様の部屋は生まれてくる跡継ぎの部屋になる。
それに気がつかなかった以前の私は、自分の部屋が離れていると臍を曲げ、兄様が亡くなって暫くして私の部屋が兄様の妻が使うはずだった部屋に移動してから、始めてそうだったのかと悟ったのだ。
結婚して夫が兄様の部屋を使うのは嫌だった。
どこか部屋の中に残っていた筈の兄様の気配が、すべて消えてしまった気がして辛かった。
「お嬢様」
「うん?」
当時の気持ちを思い出して俯いていると、ジョゼットが目の前にしゃがみこんで、私の顔を見つめていた。
「入室の許可を頂きましたので、中へどうぞお入りください」
「分かった」
ジョゼットに手を引かれて兄様の寝室へと入る。
以前の私がこの寝室に入ったのは、自分が使うようになってからだ。さすがに私室の方は何度も入っていたが、寝室に入ったことはなかった。
兄様が存命だった時何度も兄様は体調を崩していたけれど、お見舞いをするなんて思い付きもしなかった。
子供だったと言えばそれまでだけれど、兄様は具合が悪いとき私を近寄らせようとしなかったのだ。
「お兄ちゃま。お熱もう下がった?」
「ミルフィ、お見舞いありがとう」
ベッドの上で、兄様は大きな枕を背もたれにして座っている。
二人で使うことを想定されているベッドは私の部屋の物よりだいぶ大きい。
こうして見ると、この部屋の調度品はほぼ変えることなく私に引き継がれたのだと分かる。
落ち着きすぎたこの部屋が私は苦手だった。
「ミルフィ?」
「お兄ちゃま、元気になった?」
「なったよ。一緒に朝食を食べられなくてごめんね。頑張って早起きしてくれたんだよね」
具合が悪くても、兄様は私を気遣ってくれる。
「ミルフィ、ピーマン食べたの。明日も好き嫌いしないから、早く元気になってミルフィと一緒に食べてね」
「ミルフィは、本当にいい子になったんだね。ありがとう。早く治すからね」
私の言葉に兄様は、一瞬目を見開いた後笑顔になった。
それは多分初めて見る、兄様の本当の笑顔だった。
180
お気に入りに追加
2,036
あなたにおすすめの小説

どんなに私が愛しても
豆狸
恋愛
どんなに遠く離れていても、この想いがけして届かないとわかっていても、私はずっと殿下を愛しています。
これからもずっと貴方の幸せを祈り続けています。
※子どもに関するセンシティブな内容があります。

誰でもイイけど、お前は無いわw
猫枕
恋愛
ラウラ25歳。真面目に勉強や仕事に取り組んでいたら、いつの間にか嫁き遅れになっていた。
同い年の幼馴染みランディーとは昔から犬猿の仲なのだが、ランディーの母に拝み倒されて見合いをすることに。
見合いの場でランディーは予想通りの失礼な発言を連発した挙げ句、
「結婚相手に夢なんて持ってないけど、いくら誰でも良いったってオマエは無いわww」
と言われてしまう。

家族に裏切られて辺境で幸せを掴む?
しゃーりん
恋愛
婚約者を妹に取られる。
そんな小説みたいなことが本当に起こった。
婚約者が姉から妹に代わるだけ?しかし私はそれを許さず、慰謝料を請求した。
婚約破棄と共に跡継ぎでもなくなったから。
仕事だけをさせようと思っていた父に失望し、伯父のいる辺境に行くことにする。
これからは辺境で仕事に生きよう。そう決めて王都を旅立った。
辺境で新たな出会いがあり、付き合い始めたけど?というお話です。

今日、大好きな婚約者の心を奪われます 【完結済み】
皇 翼
恋愛
昔から、自分や自分の周りについての未来を視てしまう公爵令嬢である少女・ヴィオレッタ。
彼女はある日、ウィステリア王国の第一王子にして大好きな婚約者であるアシュレイが隣国の王女に恋に落ちるという未来を視てしまう。
その日から少女は変わることを決意した。将来、大好きな彼の邪魔をしてしまう位なら、潔く身を引ける女性になろうと。
なろうで投稿している方に話が追いついたら、投稿頻度は下がります。
プロローグはヴィオレッタ視点、act.1は三人称、act.2はアシュレイ視点、act.3はヴィオレッタ視点となります。
繋がりのある作品:「先読みの姫巫女ですが、力を失ったので職を辞したいと思います」
URL:https://www.alphapolis.co.jp/novel/496593841/690369074

これでも全属性持ちのチートですが、兄弟からお前など不要だと言われたので冒険者になります。
りまり
恋愛
私の名前はエルムと言います。
伯爵家の長女なのですが……家はかなり落ちぶれています。
それを私が持ち直すのに頑張り、贅沢できるまでになったのに私はいらないから出て行けと言われたので出ていきます。
でも知りませんよ。
私がいるからこの贅沢ができるんですからね!!!!!!

笑わない妻を娶りました
mios
恋愛
伯爵家嫡男であるスタン・タイロンは、伯爵家を継ぐ際に妻を娶ることにした。
同じ伯爵位で、友人であるオリバー・クレンズの従姉妹で笑わないことから氷の女神とも呼ばれているミスティア・ドゥーラ嬢。
彼女は美しく、スタンは一目惚れをし、トントン拍子に婚約・結婚することになったのだが。

欲しがり病の妹を「わたくしが一度持った物じゃないと欲しくない“かわいそう”な妹」と言って憐れむ(おちょくる)姉の話 [完]
ラララキヲ
恋愛
「お姉様、それ頂戴!!」が口癖で、姉の物を奪う妹とそれを止めない両親。
妹に自分の物を取られた姉は最初こそ悲しんだが……彼女はニッコリと微笑んだ。
「わたくしの物が欲しいのね」
「わたくしの“お古”じゃなきゃ嫌なのね」
「わたくしが一度持った物じゃなきゃ欲しくない“欲しがりマリリン”。貴女はなんて“可愛”そうなのかしら」
姉に憐れまれた妹は怒って姉から奪った物を捨てた。
でも懲りずに今度は姉の婚約者に近付こうとするが…………
色々あったが、それぞれ幸せになる姉妹の話。
((妹の頭がおかしければ姉もそうだろ、みたいな話です))
◇テンプレ屑妹モノ。
◇ふんわり世界観。ゆるふわ設定。
◇ご都合展開。矛盾は察して下さい。
◇なろうにも上げる予定です。

なんで私だけ我慢しなくちゃならないわけ?
ワールド
恋愛
私、フォン・クラインハートは、由緒正しき家柄に生まれ、常に家族の期待に応えるべく振る舞ってまいりましたわ。恋愛、趣味、さらには私の将来に至るまで、すべては家名と伝統のため。しかし、これ以上、我慢するのは終わりにしようと決意いたしましたわ。
だってなんで私だけ我慢しなくちゃいけないと思ったんですもの。
これからは好き勝手やらせてもらいますわ。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる