後悔はなんだった?

木嶋うめ香

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ミルフィの謝罪

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「お嬢様」

 部屋に戻るとジョゼットが声を掛けてきた。
 パティは私の入浴の準備をすると言って他のメイドと浴室へ行った。
 浴室は屋敷の一階にある。
 以前の私が結婚し子供を産んだ頃は、魔道具を使ったお風呂が一般的になり寝室の近くに浴室を設けられるようになっていたけれど、子供の頃は部屋から離れた場所にある浴室まで歩くのすら面倒で入浴をと言われる度に癇癪をおこしていた覚えがある。

「なあに」
「お詫びとお礼を申し上げたく、少しのお時間を頂けますか」
「お詫びとお礼、なあに?」

 寝室の隣にある自室のソファーに座りながら、ジョゼットの言葉を繰り返して首を傾げながら尋ねる。
 ジョゼットが謝らなければならない 様な事、あっただろうか?

「お嬢様を危険にさらしてしまい申し訳ございませんでした」
「危険?」
「私の注意が足りなかった為に、お嬢様は階段で足を滑らせてしまわれたのです、いくらお詫びを申し上げても足りないと」
「違うよ」

 お詫びとお礼の意味を理解して、ジョゼットの言葉を遮る。
 お詫びは、階段の件。お礼はジョゼットの怪我を治したことだろう。

「階段から落ちたのはミルフィのせいだって分かってるの。ミルフィが走ったのがいけなかったって、分かってるよ」

 それでも分別のない三歳の幼児相手、しかも私は我が儘し放題だったのだから、使用人であるジョゼットは自分は悪くないと思っていたとしても、私に謝るのは仕方がないと諦めているのだろう。
 少なくとも、お母様は謝って当然とそう考えているだろうし。以前の私も当然だと言うだろう。

「ミルフィを守ってくれたよね、ミルフィがごめんなさいって言わないといけないよね」
「そ、そんなお嬢様。と、とんでもないことでございます。お嬢様が私こどきに頭を下げるなど、あってはなりません」

 ジョゼットが私の謝罪に目を見開き、慌てて何度も頭を下げる。
 まあ、この反応はある意味正しい。

 使用人に謝るなんて、以前の私は思い付きもしなかったし、仮にそうする方が正しくても行動に移すことはなかった。

 この国では貴族と平民では天と地程の差がある。
 ジョゼットは男爵家に嫁いでいるしそもそも実家も男爵位にあったと聞いているけれど、嫁ぎ先から夫が亡くなった途端ていよく追い払われて、裕福ではなかったらしい実家には戻れなかったそうだから、ほぼ平民の扱いになっている。
 それを知っていたから以前の私はジョゼットやパティを、他の平民の使用人達と同様に扱っていたのだ。

「じゃあ、内緒ね」
「お嬢様私の体を治して下さり、謝罪まで頂くなど。どれだけ私は罪深いことをしてしまったのか。こんな罪深い私がお嬢様にお仕えするなど……」
「罪深い?」

 そんな事三歳の私に言われても困る。
 以前のジョゼットは勤め先の子供に怪我をさせられたのに、怪我を完全には治してもらえずその結果足を引き摺り歩く様になった。
 痛みもあった筈なのに、以前の私は治療魔法が使い手だったにも関わらず、歩みの遅いジョゼットを叱りこそすれ治療魔法を使おうとすらしなかった。
 下位貴族とはいえ生まれは貴族だったというのに、どれだけ惨めな思いを以前の私は彼女にさせていたのだろう。

「ミルフィが謝ったのはお母様達に内緒ね。二人だけの秘密だからね。ミルフィ叱られてしまうから」
「お嬢様」
「ミルフィ、おばあ様に約束したの。いい子になるって、だから叱られるのは駄目なの。ジョゼットが言わなければ叱られないわ」

 ジョゼットは涙を浮かべながら「ありがとうございます」と笑ってくれた。

「いい子になるって凄いの。お兄ちゃまが一緒にご飯を食べてくれるよ」

 以前の私はお父様もお母様も兄様も忙しくて、殆んど一人で食事をしていた。
 今のミルフィも食事は殆ど一人だ、幼い頃は大人と一緒の食卓につくことはないのだと思っていたけれど兄様は両親と一緒に食べていた。
 私だけ一人で食べていたのだ。
 使用人達が何人側にいても一人で座る食卓は寂しかったのだと、今のミルフィの心が喜んでいる。

「ミルフィいい子になるの。そしたら皆もっと一緒にいてくれるよね」
「……はい、きっと一緒にいてくださるようになります」

 以前の両親は私を甘やかしてくれていたと思っていたけれど、本当は癇癪持ちの私を持て余していた。我儘を叶える方が楽だったから甘やかされていた。
 ミルフィは寂しかったのだと、私は今更気が付いたのだった。
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