後悔はなんだった?

木嶋うめ香

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嫌いなものを食べること

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 幼い頃の私は我が儘で癇癪持ちだった。
 大きくなっても我が儘なのは変わらず、勉強より魔法の練習より優先したのはおしゃれと社交だった。
 大好きだった兄様が亡くなり、いきなり婿を取り将来は侯爵家の当主になるのだと言われてもなんの努力もしなかったし、結婚してからも当主の仕事は夫に殆ど任せて簡単なものしか行わなかったし、そもそも能力も無かった。

 両親は幼い私には甘かった。
 幼い私は図にのっていたのだ。
 どんな我が儘も許されると思っていた。

 子供の体に以前の大人の意識が甦っても、根本的な我が儘なところは残っている。
  それを今表に出さずに我慢しているのは、自分がジョゼットの怪我の原因だったと気が付いたからだった。
 大人の意識から見れば十分に子供であるパティが、怒りを押さえて私に仕え、本来なら母親であるジョゼットの看病をしたかっただろうに、私の側に付かねばならなかった。

 大人としてなら、それに気が付く。
 子供だったとしても、私が悪かったのだと。
 もしかするとまだ心が素直で貴族の対面など気にする意識がない子供の内だから、素直に過ちを認められたのかもしれない。

 不思議なことに、大人の意識の他にこの体は子供の心がある様に思える。
 子供として生きてきた三年間、以前の記憶が戻っていない間の体の記憶というか、感情は残っている様だった。
 大人としての意識があるのにも関わらず、感情が幼く感じるのはそのせいなのだと思う。

 まあ、それを理解したのが食事だなんておかしな話だけれど、これはそうなのだとしか思えない。

「うぅ」

 フォークを握りしめるのは行儀が悪いと教えられているのに、握りしめたフォークの先にある物が口に入れられない。
 幼い頃大嫌いだった食べ物、それは人参とセロリだった。
 人参は、色も食感も臭いも味も、兎に角存在そのものが大嫌いだったと覚えている。
 その大嫌いな人参を今フォークに刺し、口に入れなければならないのだ。
 大人の意識で手を動かそう、口を動かそうとしているのに唸り声を小さく上げるだけで終わってしまう。

「ミルフィ、無理をする必要はないのよ」

 いい子になると宣言したのにも関わらず、すでに約束の一つである好き嫌いをしないを果たせそうにない私に、お母様は仕方ないと諦めたように声を掛けてきた。
その言葉に甘えたくなる、なるけれど。
 私は夢でおばあ様に約束したことになっているのだ。

「ミルフィはいい子になるの」

 嫌いなら見なければいい。
 行儀が悪くても、努力を始めたのだと皆に見せなければ。

 これはジョゼットに怪我をさせた罰なの、いい子になると約束してすぐ反故にするなど子供でもしていいことじゃないの。
 自分自身を心のなかで叱咤して、ぎゅぅと目をつぶったまま人参を口にいれた。
 食べ物はしっかり噛んで、味わいながら食べるのがマナーだと、兄様を教える行儀指導の先生に習った。
 平民なら煩くは言われない年齢だとしても、私は高位貴族の令嬢だ。乳母であるジョゼットの食事の介添えも三歳の誕生日と共に無くなり、今はナイフとフォークを使う様に言われている。
 初めて介添え無しで食事をした日、私の家庭教師ではなく、兄様の先生が食堂にいて私の食べ方を見ていた。その時に細かく言われた。
 だから目を閉じて食べるなんて、先生に顔をしかめられる行いだと分かっている。
 でも、許して欲しい。

「ミルフィ、偉いよ」

 幼い兄様の声が私を褒めた。
 噛んだ瞬間顔が歪むのを止められない、泣きそうな思いで三回くらいで噛み砕いて、慌てて水と一緒に飲み込む。
 これもマナー違反だけど、目を開けるとお母様もお兄様もにこにこと私を見ていた。

「いい子になるの、ミルフィ約束したの」

 自分に言い聞かせる様にそう言って、もう一切れ残っていた人参も勢いで食べてしまう。
 水で流しても口の中に残る人参の味に、涙を浮かべながら残しておいたジャガイモのクリーム煮を食べて口直しをする。

「お行儀悪くてごめんなさい」

 大人として考えると、一人で食事する場合でもしてはいけない事だけれど、まだ三歳の私だから許容されるかもしれない。

「言われなくても自分で食べたのだから、偉かったよ」
「そうね、いい子になる為に十分に努力したと思うわ」

 お母様も兄様も誉めてくれた。

「お兄ちゃまが見ててくれたから、頑張れたの」
「じゃあ、これからは一緒に食べようか。お母様いいでしょうか」
「あなたと違って、ミルフィは起きる時間が遅いの、それに合わせていたらセドリックが疲れてしまうわ。あなたは勉強が大変なのですからね」

 お母様は、私の努力はすぐに終わると思っているのだろう。
 私が努力を止めても、一度約束したら兄様は律儀にその約束を守ろうとするだろうと予測して許可を出さなかったのだ。

「それでも、ミルフィが頑張るなら僕はミルフィを応援したいのです」

 この人は本当に五歳児なのだろうか。
 まさか私と同じく以前の記憶があるのでは? そう考えてすぐに否定した。

 兄様は幼い頃から優しくて賢かったのだから、これが兄様なのだ。
 兄様が見守ってくれるなら、私は兄様の様になれる様に努力する。
 苦笑いするお母様を見ながら、私はそう決心したのだった。
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