後悔はなんだった?

木嶋うめ香

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今できることを考える

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「パティ、もう寝るね」
「はい、お嬢様。お休みください」
 
 ベッドに横たわる私に毛布を掛けた後、部屋の灯りを最低限にしてパティは部屋の隅に置いてある椅子に腰掛ける。
 普段なら私が眠ればジョゼットは自分の部屋に戻るけれど、今晩パティは不寝番をするのかもしれない。

「……」

 寝たふりをしながら、回復魔法について考えていた。
 怪我を治す治癒魔法と、病気を治す回復魔法。
 どちらも下級から上級まで種類があり、下級は本人の体力や魔力を元に魔法を発動する。それがこの魔法の基本だ。

 詠唱は全部覚えているけれど無詠唱、今でも出来るんだろうか。
 疑問に思い以前の私が覚えていた魔力循環をやってみることにした。
 魔法を覚える基礎の基礎、それが魔力循環だ。
 体内にある魔力を思い通りに体中に循環させ、魔法発動の素として使用する。
 魔力循環が上手く出来ないと魔法も上手く使えないというのは、以前の私が家庭教師に散々習ったから覚えているし、魔法を使う度に実感もしていた事だった。
 以前の私は魔力循環を習得するまでかなりの時間を要した。
 元々が堪え性のない怠け者な私だったから、派手さもなくただひたすら自分の内面と向き合う様に繰り返す魔力循環の練習が苦手と言うより嫌いだったのだ。
 上手く出来ずにすぐ癇癪を起す私を辛抱強く宥めて、訓練に付き合ってくれたのは兄様だった。仕事が忙しいお父様、社交や屋敷の管理に忙しいお母様二人とも私を愛してはくれていたけれど教育は家庭教師任せだった。
 我が儘で怠け者な私を家庭教師は持て余していたから、兄様がいなかったら私は魔法を上手く使える様にはならなかったかもしれない。

 以前の自分を思い出しため息をつきたくなるのを我慢して、こっそりとパティの様子を窺うが、彼女が起きているのか寝ているのか分らなかった。

 詠唱したら気がつかれる可能性がある。
 パティは平民で、魔法なんて使えないけれど。詠唱がどんなものかは平民の子供でも知っている事だ。

 体力の回復をする魔法もある。
 それを自分に無詠唱で掛けてみた。

 無詠唱に必要なのは、使う魔法への理解と想像力らしい。
私は以前の私がそうしていたように、魔法で自分の体が元気になるところを想像しながら回復魔法を発動した。
そのせつな魔法が発動した感覚があり、体温が上がった気がした。

 使えた。

 私は以前の私の様に魔法が使える。
 以前の三歳の私には決して使えなかった魔法が、今の私には使う事が出来る。
 以前の私は七歳で魔法の勉強を始めた。三歳の頃なんて文字を書く練習くらいしかしていなかったし、それすら嫌だと家庭教師から逃げ出していたのだ。

 使える、今の私は十分に魔力を持っているし魔法を発動出来る。
 試しにパティに向かって回復魔法を掛けてみた。
 回復魔法にも種類がある。パティに掛けたのは回復の際私の魔力を糧とする中級の魔法だ。私が目を覚さずにいた間、無理をしていた筈のパティの体を労る為の魔法。
 それを無詠唱で、パティに気がつかれない様にこっそりと掛ける。
 ごっそりと魔力が減った感覚が中級回復魔法が無事発動した事を教えてくれる。
 これも使える。
 
 三歳の私が、下級の魔法と中級魔法を無詠唱で使えた。
 中級魔法が一度だけでも発動出来るなら、話は早い。
 一度ジョゼットに中級魔法を掛けて、おおよその怪我を治し後は状況を見ながら下級魔法を何度も掛ければいいのだ。
 以前のジョゼットは、私に仕える為体が辛くても休みも取らず働いていた。
 足を引き摺りながら仕えてくれていたのだ。
 どうしようもない主人だったというのに。
 
「ジョゼットを治せる」

 こっそりとジョゼットに会いに行こう。
 明日、お父様とお母様が執務に忙しい時間を狙えばきっとジョゼットに会いに行ける筈。
 その為に今は自分の体力を回復しよう。
 
 私は目を閉じて、自分自身に回復魔法と睡眠の魔法を掛けた。
 魔法使いの体力と魔力は眠る事で回復する。
 明日はジョゼットを治す。絶対に。
 心に誓って私は目を閉じた。
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