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どうしたらいいのだろう
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「ミルフィーヌ、そんな特例は認めるわけにはいかないのよ」
「とくれい……。駄目ってこと?」
「そうよ、駄目」
「じゃあ、ミルフィがお願いする。ミルフィのドレスでも髪飾りでも先生にあげるから。それで、それで」
私は今、魔法が使えるのだろうか。
お母様にお願いを繰り返しながら考える。
詠唱は覚えている。下級の治癒魔法は詠唱無しでも使用できた。
回復、治癒系の魔法の才能と膨大な魔力量だけが、私の誇れるものだった。
上位の魔法を覚えたのは、だいぶ年齢を重ねてからだったけれど確かに使えた。
私には治癒師の才能が確かにあったのだ。
でも、間に合わなかった。
若くして亡くなった兄様を思う。
もっとしっかり練習して、幼いうちから上位の治癒魔法を使える様になっていれば兄様を死なせずに済んだのかもしれないのに。
前世、いいや今の私が依然と同じミルフィーヌだとしたら前世でも今世もないのかもしれない。頭があまり良く無い私にはそんな難しい事は分らない。
ただはっきり言えるのは、以前ミルフィーヌとしての生涯を過ごした私は、怠惰で我が儘で、働く必要もないのに魔法を勉強する意味なんてないと思っていたのだ。
「我が儘よ。ミルフィーヌ」
「お嬢様、もうお休みになってください。母は大丈夫ですから。お嬢様はご自分のお体を休める事だけをお考え下さい」
困った様な顔でお母様は私を見下ろす。
おろおろとパティはお母様の後ろに立って私を見つめている。
たった三歳の幼児でしかない私は、何も出来ない。
「ミルフィが元気になったら、ジョゼットに会える?」
「ええ、元気になったらね」
「ミルフィ、早く元気になる。ジョゼットにごめんなさいって言うの」
それすら以前の私は言わなかった。
それどころ怪我による後遺症で足を引きずりあるくジョゼットに文句を言ったことすらあったのだ。
完治できなかった怪我、その後遺症で上手く動かない足。
本当はただ立っているのも辛かったのかもしれない。雨や雪の日は特に動きが鈍かった、それすら以前の私は苛々して文句を言い続けたのだ。
「さあ、もう休んでミルフィーヌ」
「はい、お母様」
「パティ、後を頼んだわよ。決して泣かせたりしないように」
「はい、奥様」
お母様が部屋を出て行くまで、パティは頭を下げ続けていた。
私にとってお母様は優しい人だけど、パティにとってはそうじゃないんだと今更ながら気がついた。
以前の私にパティは結婚もせず、ずっと仕えて居てくれた。
兄様が亡くなった時も、学校に通う間も、結婚してからも、両親が亡くなった時も、子供を産んでその子供達が大きくなって、私が年を取って病気を患い亡くなるまでずっとずっと傍にいたのだ。
姉の様に思っていた。
親しい友の様にも思っていた。
だけどパティはどう思っていたのだろう。
ジョゼットの怪我の原因だった私を恨んだりしていなかったのだろうか。
「パティ。ごめんなさい」
「お嬢様。もう母のことは気になさらないで下さい」
「ガスパール先生にお願いするから、先生にお願いするから」
「ガスパール先生の治療はとても高額で、母にも私にも支払うのは無理なんです」
パティはどこか他人事の様な淡々とした口調で私に話す。
「それに奥様はお許しになりませんでした。奥様が許可されないのに母がガスパール先生の治療を受けるなんて、そんな事は出来ません。いいんですお嬢様、母はお嬢様をお守り出来なかったのですから、これは罰なんです」
違う、違う。
そう言いたいのに何も言えない。
言わせない何かが、パティの声と表情にあると気がついてしまった。
「パティ」
「どうかお休み下さい。お嬢様、熱がまた上がれば私は奥様に叱られてしまいます」
三歳の子供が脅えない様な優しい口調、でもその顔には怒りと悲しみがあった。
ああ、パティは私を許していない。自分の母の怪我の原因だった私に怒りながら、仕方がないと現実を受け止めているのだ。
驚き熱を出しただけでも上級の治療を受ける私と、大怪我で苦しんでいるのに碌な治療を受けられないジョゼットを比較して、怒り、悲しんでいる。
「とくれい……。駄目ってこと?」
「そうよ、駄目」
「じゃあ、ミルフィがお願いする。ミルフィのドレスでも髪飾りでも先生にあげるから。それで、それで」
私は今、魔法が使えるのだろうか。
お母様にお願いを繰り返しながら考える。
詠唱は覚えている。下級の治癒魔法は詠唱無しでも使用できた。
回復、治癒系の魔法の才能と膨大な魔力量だけが、私の誇れるものだった。
上位の魔法を覚えたのは、だいぶ年齢を重ねてからだったけれど確かに使えた。
私には治癒師の才能が確かにあったのだ。
でも、間に合わなかった。
若くして亡くなった兄様を思う。
もっとしっかり練習して、幼いうちから上位の治癒魔法を使える様になっていれば兄様を死なせずに済んだのかもしれないのに。
前世、いいや今の私が依然と同じミルフィーヌだとしたら前世でも今世もないのかもしれない。頭があまり良く無い私にはそんな難しい事は分らない。
ただはっきり言えるのは、以前ミルフィーヌとしての生涯を過ごした私は、怠惰で我が儘で、働く必要もないのに魔法を勉強する意味なんてないと思っていたのだ。
「我が儘よ。ミルフィーヌ」
「お嬢様、もうお休みになってください。母は大丈夫ですから。お嬢様はご自分のお体を休める事だけをお考え下さい」
困った様な顔でお母様は私を見下ろす。
おろおろとパティはお母様の後ろに立って私を見つめている。
たった三歳の幼児でしかない私は、何も出来ない。
「ミルフィが元気になったら、ジョゼットに会える?」
「ええ、元気になったらね」
「ミルフィ、早く元気になる。ジョゼットにごめんなさいって言うの」
それすら以前の私は言わなかった。
それどころ怪我による後遺症で足を引きずりあるくジョゼットに文句を言ったことすらあったのだ。
完治できなかった怪我、その後遺症で上手く動かない足。
本当はただ立っているのも辛かったのかもしれない。雨や雪の日は特に動きが鈍かった、それすら以前の私は苛々して文句を言い続けたのだ。
「さあ、もう休んでミルフィーヌ」
「はい、お母様」
「パティ、後を頼んだわよ。決して泣かせたりしないように」
「はい、奥様」
お母様が部屋を出て行くまで、パティは頭を下げ続けていた。
私にとってお母様は優しい人だけど、パティにとってはそうじゃないんだと今更ながら気がついた。
以前の私にパティは結婚もせず、ずっと仕えて居てくれた。
兄様が亡くなった時も、学校に通う間も、結婚してからも、両親が亡くなった時も、子供を産んでその子供達が大きくなって、私が年を取って病気を患い亡くなるまでずっとずっと傍にいたのだ。
姉の様に思っていた。
親しい友の様にも思っていた。
だけどパティはどう思っていたのだろう。
ジョゼットの怪我の原因だった私を恨んだりしていなかったのだろうか。
「パティ。ごめんなさい」
「お嬢様。もう母のことは気になさらないで下さい」
「ガスパール先生にお願いするから、先生にお願いするから」
「ガスパール先生の治療はとても高額で、母にも私にも支払うのは無理なんです」
パティはどこか他人事の様な淡々とした口調で私に話す。
「それに奥様はお許しになりませんでした。奥様が許可されないのに母がガスパール先生の治療を受けるなんて、そんな事は出来ません。いいんですお嬢様、母はお嬢様をお守り出来なかったのですから、これは罰なんです」
違う、違う。
そう言いたいのに何も言えない。
言わせない何かが、パティの声と表情にあると気がついてしまった。
「パティ」
「どうかお休み下さい。お嬢様、熱がまた上がれば私は奥様に叱られてしまいます」
三歳の子供が脅えない様な優しい口調、でもその顔には怒りと悲しみがあった。
ああ、パティは私を許していない。自分の母の怪我の原因だった私に怒りながら、仕方がないと現実を受け止めているのだ。
驚き熱を出しただけでも上級の治療を受ける私と、大怪我で苦しんでいるのに碌な治療を受けられないジョゼットを比較して、怒り、悲しんでいる。
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