2 / 104
生まれ変わったのではなくて、過去に戻ったようです。
しおりを挟む
「懐かしい筈よね、ここは私が子供の頃に使っていた部屋だもの」
侯爵夫人としての生涯を終えた私が、自分自身に生まれ変わっていた。その衝撃から意識を失ったのは僅かな時間の様だけれど、お父様とお母様を心配させるには十分過ぎる時間だったようだ。
意識が戻った私が最初に見たのは、私の手を握りながら涙を流すお母様と、青い顔をしたお父様だった。
『おなかすいた』
心配する二人を何とか安心させたくてそう言うと、皆が見守る中とろりとした具のないスープを食べるはめになった。
一口一口、ゆっくりお母様がスプーンで私に食べさせてくれる。
心配そうに私を見つめながら私にスープを食べさせてくれるお母様のその顔は、遠い記憶にあった懐かしく優しい顔と同じで、思わず涙が出そうになった。
涙を堪えながらスープの器の三分の一程度食べたらお腹が一杯になって、ふうと息を吐く。
ガスパール先生は、もう大丈夫と言って私の頭を撫でてくれた。
「パティ、疲れているのね」
先程の事を思い出しながら、眠っているパティを起こさない様に小さな声で呟く。
ベッドのすぐ傍に置かれた椅子に座ったパティは、その姿勢のまま眠っている。
私が倒れてからお父様達とパティが交代でずっと傍に居てくれたと聞いたから、睡眠が足りていないのだろう。
先程までそばにいたお父様は、仕事があると執事に呼ばれて部屋を出て行った。お母様も侍女頭に呼ばれて半刻程前にいなくなった。
二人は忙しいのだから当たり前だと分かっていても、側にいて欲しいと思うのは私が幼い子供だからだろうか。
「お父様もお母様もパティもガスパール先生も記憶通り。という事は生まれ変わったのではなく過去に戻った? でも、どうして?」
小さな声で私は呟き続ける。
頭の中で考えるよりも声に出した方が、考えがまとまる気がした。
「部屋には来ていないけれど、お兄様もいるみたいだし。この部屋は確かに私が暮らしていた子供部屋だわ」
さっき目が覚めた時に薄ぼんやりとした明るさだったのは、締め切ったカーテンの隙間から日差しが漏れていたせいだった。
そう遅い時間ではないとはいえ今はもう夜で、ドアの近くとソファーの近くに灯りの魔道具が置いてある。
ベッド近くに灯りが置いていないのは、私の眠りを妨げない様にだろう。
私が三歳ということは、パティは十二歳の子供。でもこういう気遣いをパティは若い頃から出来る人だった。
「三歳の頃、何かあったかしら」
目を閉じて考える。
はっきりと覚えているのは、五歳の誕生日を祝うパーティー。
この国の貴族は五歳の誕生日に盛大にパーティーを開き、交流のある貴族達を呼び子供のお披露目を行なう。
それまでは特別親しくない家には子供を連れて行かないし、婚約等も行なわない。
誕生日パーティーよりも前の記憶と言えばなんだろう。祖母が亡くなったのは私が二歳になる少し前だったと聞いたことがあるけれど、流石に覚えていない。
そういえば乳母のジョゼットが居なかった。ジョゼットはパティの母親で、パティの妹が私と同じ年だ。
ジョゼットは男爵である夫がパティの妹が生まれる少し前に亡くなって、男爵家を夫の弟が継ぐ事になり家をでなければならなくなった為仕事を探していたのだという。
パティがもっと大きくなってからなら婿を取り家を継ぐ選択も出来たらしいけれど、幼いパティではそれは難しく嫁の立場のジョゼットは当主にも当主代理にもなれなかったのだと聞いたのは大人になってからだった。
男爵家をでたジョゼットは私の乳母になりスフィール家に住み込み働く様になり、パティも一緒にこの家で暮らす様になった。
そして、幼いパティはメイド見習いとなり、大きくなって私付きとなったのだ。
「ジョゼットが怪我をしたのは」
「お嬢様?」
「パティ。ジョゼットは?」
私の声で目を覚したのだろう。
立ち上がり私を呼ぶパティに、尋ねた。
「おか、母は今怪我をしておりまして、お休みを頂いております」
パティの悲しげな声に首を傾げる。
「怪我?」
やっぱりそうだ、怪我で暫くジョゼットは私の傍に居なかった。あれがこの時期だ。
働けないジョゼットの分の穴埋めを自分がすると言って、パティは私付きとなったのだと私はジョゼットの怪我の理由と共に、大きくなってからお母様に聞いた覚えがある。
階段で足を踏み外した私を庇いながら、ジョゼットは一緒に落ちた。
私は驚いたせいなのか、発熱しただけで済んだけれど。ジョゼットはこの時の怪我が元で右足を引き摺る様になってしまったのだ。
侯爵夫人としての生涯を終えた私が、自分自身に生まれ変わっていた。その衝撃から意識を失ったのは僅かな時間の様だけれど、お父様とお母様を心配させるには十分過ぎる時間だったようだ。
意識が戻った私が最初に見たのは、私の手を握りながら涙を流すお母様と、青い顔をしたお父様だった。
『おなかすいた』
心配する二人を何とか安心させたくてそう言うと、皆が見守る中とろりとした具のないスープを食べるはめになった。
一口一口、ゆっくりお母様がスプーンで私に食べさせてくれる。
心配そうに私を見つめながら私にスープを食べさせてくれるお母様のその顔は、遠い記憶にあった懐かしく優しい顔と同じで、思わず涙が出そうになった。
涙を堪えながらスープの器の三分の一程度食べたらお腹が一杯になって、ふうと息を吐く。
ガスパール先生は、もう大丈夫と言って私の頭を撫でてくれた。
「パティ、疲れているのね」
先程の事を思い出しながら、眠っているパティを起こさない様に小さな声で呟く。
ベッドのすぐ傍に置かれた椅子に座ったパティは、その姿勢のまま眠っている。
私が倒れてからお父様達とパティが交代でずっと傍に居てくれたと聞いたから、睡眠が足りていないのだろう。
先程までそばにいたお父様は、仕事があると執事に呼ばれて部屋を出て行った。お母様も侍女頭に呼ばれて半刻程前にいなくなった。
二人は忙しいのだから当たり前だと分かっていても、側にいて欲しいと思うのは私が幼い子供だからだろうか。
「お父様もお母様もパティもガスパール先生も記憶通り。という事は生まれ変わったのではなく過去に戻った? でも、どうして?」
小さな声で私は呟き続ける。
頭の中で考えるよりも声に出した方が、考えがまとまる気がした。
「部屋には来ていないけれど、お兄様もいるみたいだし。この部屋は確かに私が暮らしていた子供部屋だわ」
さっき目が覚めた時に薄ぼんやりとした明るさだったのは、締め切ったカーテンの隙間から日差しが漏れていたせいだった。
そう遅い時間ではないとはいえ今はもう夜で、ドアの近くとソファーの近くに灯りの魔道具が置いてある。
ベッド近くに灯りが置いていないのは、私の眠りを妨げない様にだろう。
私が三歳ということは、パティは十二歳の子供。でもこういう気遣いをパティは若い頃から出来る人だった。
「三歳の頃、何かあったかしら」
目を閉じて考える。
はっきりと覚えているのは、五歳の誕生日を祝うパーティー。
この国の貴族は五歳の誕生日に盛大にパーティーを開き、交流のある貴族達を呼び子供のお披露目を行なう。
それまでは特別親しくない家には子供を連れて行かないし、婚約等も行なわない。
誕生日パーティーよりも前の記憶と言えばなんだろう。祖母が亡くなったのは私が二歳になる少し前だったと聞いたことがあるけれど、流石に覚えていない。
そういえば乳母のジョゼットが居なかった。ジョゼットはパティの母親で、パティの妹が私と同じ年だ。
ジョゼットは男爵である夫がパティの妹が生まれる少し前に亡くなって、男爵家を夫の弟が継ぐ事になり家をでなければならなくなった為仕事を探していたのだという。
パティがもっと大きくなってからなら婿を取り家を継ぐ選択も出来たらしいけれど、幼いパティではそれは難しく嫁の立場のジョゼットは当主にも当主代理にもなれなかったのだと聞いたのは大人になってからだった。
男爵家をでたジョゼットは私の乳母になりスフィール家に住み込み働く様になり、パティも一緒にこの家で暮らす様になった。
そして、幼いパティはメイド見習いとなり、大きくなって私付きとなったのだ。
「ジョゼットが怪我をしたのは」
「お嬢様?」
「パティ。ジョゼットは?」
私の声で目を覚したのだろう。
立ち上がり私を呼ぶパティに、尋ねた。
「おか、母は今怪我をしておりまして、お休みを頂いております」
パティの悲しげな声に首を傾げる。
「怪我?」
やっぱりそうだ、怪我で暫くジョゼットは私の傍に居なかった。あれがこの時期だ。
働けないジョゼットの分の穴埋めを自分がすると言って、パティは私付きとなったのだと私はジョゼットの怪我の理由と共に、大きくなってからお母様に聞いた覚えがある。
階段で足を踏み外した私を庇いながら、ジョゼットは一緒に落ちた。
私は驚いたせいなのか、発熱しただけで済んだけれど。ジョゼットはこの時の怪我が元で右足を引き摺る様になってしまったのだ。
148
お気に入りに追加
1,719
あなたにおすすめの小説
お飾りな妻は何を思う
湖月もか
恋愛
リーリアには二歳歳上の婚約者がいる。
彼は突然父が連れてきた少年で、幼い頃から美しい人だったが歳を重ねるにつれてより美しさが際立つ顔つきに。
次第に婚約者へ惹かれていくリーリア。しかし彼にとっては世間体のための結婚だった。
そんなお飾り妻リーリアとその夫の話。
五歳の時から、側にいた
田尾風香
恋愛
五歳。グレースは初めて国王の長男のグリフィンと出会った。
それからというもの、お互いにいがみ合いながらもグレースはグリフィンの側にいた。十六歳に婚約し、十九歳で結婚した。
グリフィンは、初めてグレースと会ってからずっとその姿を追い続けた。十九歳で結婚し、三十二歳で亡くして初めて、グリフィンはグレースへの想いに気付く。
前編グレース視点、後編グリフィン視点です。全二話。後編は来週木曜31日に投稿します。
私と結婚したくないと言った貴方のために頑張りました! ~帝国一の頭脳を誇る姫君でも男心はわからない~
すだもみぢ
恋愛
リャルド王国の王女であるステラは、絶世の美女の姉妹に挟まれた中では残念な容姿の王女様と有名だった。
幼い頃に婚約した公爵家の息子であるスピネルにも「自分と婚約になったのは、その容姿だと貰い手がいないからだ」と初対面で言われてしまう。
「私なんかと結婚したくないのに、しなくちゃいけないなんて、この人は可哀想すぎる……!」
そう自分の婚約者を哀れんで、彼のためになんとかして婚約解消してあげようと決意をする。
苦労の末にその要件を整え、満を持して彼に婚約解消を申し込んだというのに、……なぜか婚約者は不満そうで……?
勘違いとすれ違いの恋模様のお話です。
ざまぁものではありません。
婚約破棄タグ入れてましたが、間違いです!!
申し訳ありません<(_ _)>
【完結】内緒で死ぬことにした〜いつかは思い出してくださいわたしがここにいた事を、なぜわたしは生まれ変わったの?〜
たろ
恋愛
この話は
『内緒で死ぬことにした 〜いつかは思い出してくださいわたしがここにいた事を〜』
の続編です。
アイシャが亡くなった後、リサはルビラ王国の公爵の息子であるハイド・レオンバルドと結婚した。
そして、アイシャを産んだ。
父であるカイザも、リサとハイドも、アイシャが前世のそのままの姿で転生して、自分たちの娘として生まれてきたことを知っていた。
ただアイシャには昔の記憶がない。
だからそのことは触れず、新しいアイシャとして慈しみ愛情を与えて育ててきた。
アイシャが家族に似ていない、自分は一体誰の子供なのだろうと悩んでいることも知らない。
親戚にあたる王子や妹に、意地悪を言われていることも両親は気が付いていない。
アイシャの心は、少しずつ壊れていくことに……
明るく振る舞っているとは知らずに可愛いアイシャを心から愛している両親と祖父。
アイシャを助け出して心を救ってくれるのは誰?
◆ ◆ ◆
今回もまた辛く悲しい話しが出てきます。
無理!またなんで!
と思われるかもしれませんが、アイシャは必ず幸せになります。
もし読んでもいいなと思う方のみ、読んで頂けたら嬉しいです。
多分かなりイライラします。
すみません、よろしくお願いします
★内緒で死ぬことにした の最終話
キリアン君15歳から14歳
アイシャ11歳から10歳
に変更しました。
申し訳ありません。
【完結】妹に全部奪われたので、公爵令息は私がもらってもいいですよね。
曽根原ツタ
恋愛
ルサレテには完璧な妹ペトロニラがいた。彼女は勉強ができて刺繍も上手。美しくて、優しい、皆からの人気者だった。
ある日、ルサレテが公爵令息と話しただけで彼女の嫉妬を買い、階段から突き落とされる。咄嗟にペトロニラの腕を掴んだため、ふたり一緒に転落した。
その後ペトロニラは、階段から突き落とそうとしたのはルサレテだと嘘をつき、婚約者と家族を奪い、意地悪な姉に仕立てた。
ルサレテは、妹に全てを奪われたが、妹が慕う公爵令息を味方にすることを決意して……?
貴方が側妃を望んだのです
cyaru
恋愛
「君はそれでいいのか」王太子ハロルドは言った。
「えぇ。勿論ですわ」婚約者の公爵令嬢フランセアは答えた。
誠の愛に気がついたと言われたフランセアは微笑んで答えた。
※2022年6月12日。一部書き足しました。
※架空のお話です。現実世界の話ではありません。
史実などに基づいたものではない事をご理解ください。
※話の都合上、残酷な描写がありますがそれがざまぁなのかは受け取り方は人それぞれです。
表現的にどうかと思う回は冒頭に注意喚起を書き込むようにしますが有無は作者の判断です。
※更新していくうえでタグは幾つか増えます。
※作者都合のご都合主義です。
※リアルで似たようなものが出てくると思いますが気のせいです。
※爵位や言葉使いなど現実世界、他の作者さんの作品とは異なります(似てるモノ、同じものもあります)
※誤字脱字結構多い作者です(ごめんなさい)コメント欄より教えて頂けると非常に助かります。
この度、皆さんの予想通り婚約者候補から外れることになりました。ですが、すぐに結婚することになりました。
鶯埜 餡
恋愛
ある事件のせいでいろいろ言われながらも国王夫妻の働きかけで王太子の婚約者候補となったシャルロッテ。
しかし当の王太子ルドウィックはアリアナという男爵令嬢にべったり。噂好きな貴族たちはシャルロッテに婚約者候補から外れるのではないかと言っていたが
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる