後悔はなんだった?

木嶋うめ香

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生まれ変わったのではなくて、過去に戻ったようです。

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「懐かしい筈よね、ここは私が子供の頃に使っていた部屋だもの」

 侯爵夫人としての生涯を終えた私が、自分自身に生まれ変わっていた。その衝撃から意識を失ったのは僅かな時間の様だけれど、お父様とお母様を心配させるには十分過ぎる時間だったようだ。
 意識が戻った私が最初に見たのは、私の手を握りながら涙を流すお母様と、青い顔をしたお父様だった。

『おなかすいた』

 心配する二人を何とか安心させたくてそう言うと、皆が見守る中とろりとした具のないスープを食べるはめになった。
 一口一口、ゆっくりお母様がスプーンで私に食べさせてくれる。
 心配そうに私を見つめながら私にスープを食べさせてくれるお母様のその顔は、遠い記憶にあった懐かしく優しい顔と同じで、思わず涙が出そうになった。
 涙を堪えながらスープの器の三分の一程度食べたらお腹が一杯になって、ふうと息を吐く。
 ガスパール先生は、もう大丈夫と言って私の頭を撫でてくれた。

「パティ、疲れているのね」

 先程の事を思い出しながら、眠っているパティを起こさない様に小さな声で呟く。
 ベッドのすぐ傍に置かれた椅子に座ったパティは、その姿勢のまま眠っている。
 私が倒れてからお父様達とパティが交代でずっと傍に居てくれたと聞いたから、睡眠が足りていないのだろう。
 先程までそばにいたお父様は、仕事があると執事に呼ばれて部屋を出て行った。お母様も侍女頭に呼ばれて半刻程前にいなくなった。 
 二人は忙しいのだから当たり前だと分かっていても、側にいて欲しいと思うのは私が幼い子供だからだろうか。

「お父様もお母様もパティもガスパール先生も記憶通り。という事は生まれ変わったのではなく過去に戻った? でも、どうして?」

 小さな声で私は呟き続ける。
 頭の中で考えるよりも声に出した方が、考えがまとまる気がした。

「部屋には来ていないけれど、お兄様もいるみたいだし。この部屋は確かに私が暮らしていた子供部屋だわ」

 さっき目が覚めた時に薄ぼんやりとした明るさだったのは、締め切ったカーテンの隙間から日差しが漏れていたせいだった。
 そう遅い時間ではないとはいえ今はもう夜で、ドアの近くとソファーの近くに灯りの魔道具が置いてある。
 ベッド近くに灯りが置いていないのは、私の眠りを妨げない様にだろう。
 私が三歳ということは、パティは十二歳の子供。でもこういう気遣いをパティは若い頃から出来る人だった。

「三歳の頃、何かあったかしら」

 目を閉じて考える。
 はっきりと覚えているのは、五歳の誕生日を祝うパーティー。
 綺麗なドレスを仕立ててもらえた私はおおはしゃぎで一日を過ごした、とても楽しく嬉しかった唯一の記憶。
 この国の貴族は五歳の誕生日に盛大にパーティーを開き、交流のある貴族達を呼び子供のお披露目を行なう。
 それまでは特別親しくない家には子供を連れて行かないし、婚約等も行なわない。
 誕生日パーティーよりも前の記憶と言えばなんだろう。祖母が亡くなったのは私が二歳になる少し前だったと聞いたことがあるけれど、流石に覚えていない。

 そういえば乳母のジョゼットが居なかった。ジョゼットはパティの母親で、パティの妹が私と同じ年だ。
 ジョゼットは男爵である夫がパティの妹が生まれる少し前に亡くなって、男爵家を夫の弟が継ぐ事になり家をでなければならなくなった為仕事を探していたのだという。
 パティがもっと大きくなってからなら婿を取り家を継ぐ選択も出来たらしいけれど、幼いパティではそれは難しく嫁の立場のジョゼットは当主にも当主代理にもなれなかったのだと聞いたのは大人になってからだった。
 男爵家をでたジョゼットは私の乳母になりスフィール家に住み込み働く様になり、パティも一緒にこの家で暮らす様になった。
 そして、幼いパティはメイド見習いとなり、大きくなって私付きとなったのだ。

「ジョゼットが怪我をしたのは」
「お嬢様?」
「パティ。ジョゼットは?」

 私の声で目を覚したのだろう。
 立ち上がり私を呼ぶパティに、尋ねた。

「おか、母は今怪我をしておりまして、お休みを頂いております」

 パティの悲しげな声に首を傾げる。

「怪我?」

 やっぱりそうだ、怪我で暫くジョゼットは私の傍に居なかった。あれがこの時期だ。
 働けないジョゼットの分の穴埋めを自分がすると言って、パティは私付きとなったのだと私はジョゼットの怪我の理由と共に、大きくなってからお母様に聞いた覚えがある。
 階段で足を踏み外した私を庇いながら、ジョゼットは一緒に落ちた。
 私は驚いたせいなのか、発熱しただけで済んだけれど。ジョゼットはこの時の怪我が元で右足を引き摺る様になってしまったのだ。
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