ごめん、好きなんだ

木嶋うめ香

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何が問題なのか分からない日常1(マチルダ視点)

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「いち、に、いち、に、そうですお上手ですよ」

 若奥様であるキティ様の練習の為、私は部屋の隅で手拍子を取りながら声を掛けていた。
 旦那様がいつもの様に仕事場である王宮へと出掛けた後、若奥様は大奥様がいらっしゃるまでの時間を自主練習に使われる。
 貴族の夫人として品よく歩く練習だとか、挨拶の練習だとか、ダンスの練習だとか。
 大奥様が前日に若奥様に告げたものを重点に、若奥様は練習をされている。
 ちょっと角度がおかしいとか、ちょっとだけふらついたとか、そんな些細な大奥様からの指摘を若奥様は真剣に聞いていて次にはその指摘を無くそうとしていらっしゃるのだ。

「若奥様、そろそろ休憩はいかがですか」

 今日は大奥様がいつもの時間よりも遅くいらっしゃる。
 それはすでに先触れで知らされているし、若奥様もご存じだけれど大奥様が遅くいらっしゃるというのは、若奥様には自主練習の時間が増えたとしか思えないらしい。

「マチルダ、付き合わせて申し訳ないけれど、もう少しだけいいかしら」
「昨日大奥様が仰っていたところはもう身に着けておいでの様に思いますが」

 昨日大奥様がお帰りになった後、若奥様は何度も何度も指摘された箇所を練習してすでに完璧に物にされているというのに、まだ若奥様は自主練習をし続けている。
 確かに若奥様は経験不足だし、貴族令嬢としての教育不足だったけれど、大奥様はそれをあえて指摘したりはしていない。
 若奥様がどんな風に今まで生きて来て、どんな教育を受けていたか大奥様は理解しているし若奥様の年齢を考えて大奥様は若奥様への教育を考えていらっしゃるから、急な無理を強いたりとはまでは考えていらっしゃらないのだ。
 それに若奥様は、とても熱心でいらっしゃるから大奥様が最低限必要としていた教育は、嫁がれて一ヶ月ですでに十分な程身に着けていらっしゃるのだ。
 十分に身に着けていらっしゃるとは言っても、貴族令嬢としての経験が若奥様には足りていない。
 だから、大奥様はついついキツイ言い方で若奥様へ出来ない部分の指摘をしてしまう。
 若く手も若奥様はすでに伯爵家に嫁いだ妻、旦那様であるカラム様は特殊な経歴の持ち主で普通の社交が必要な方ではないけれど、だからこそ妻である若奥様は社交界に出れば注目されてしまう。
 大奥様はだからキツクしてしまう。
 若奥様が傷付かない様に、誰からも指摘を受けない教育を施そうとしている。
 
「……いくら練習しても足りないと思うの。私、貴族的な行いを何もしないで今まで生きてきてしまったから。私はお父様の生き方を尊敬しているわ。お父様は仕事に真摯に取り組んで、私達家族を愛してくれていた。お父様は私の誇りよ。でもね、お父様の生き方は貴族的では無かったと分かっているわ」

 悲しそうに若奥様は私に打ち明けて下さいました。
 華奢と一言で済ませられない程に、華奢な両手でご自分の頬を包み込む様しながら若奥様は目を閉じて何かを思い出す様にしながら私に打ち明けて下さっています。

「お父様は優しい方だったわ。ずっとずっと家族を守ろうとして、自分の仕事を大切にしていた。だけど私達はずっと苦しくて、ずっと貧乏で。過去の事があったから仕方がないけれど。カラム様が私を望んで下さらなければ、私は借金のかたに望まぬ方のところへ行かなければいけなかったの」

 辛そうな若奥様のお顔を見ながら、私はどうしたらいいのだろうと考えていました。
 こんな辛そうなお顔を、私の主人であるカラム様は望んではいないでしょう。

「デジレ、私ね辛いの」
「辛い」

 私はごくりと唾を飲み込んで、若奥様の言葉を待っていたのです。
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