ごめん、好きなんだ

木嶋うめ香

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新妻という言葉に慣れない3(ラシダ視点)

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「若奥様、旦那様との朝食は如何でしたか」
「ラシダ、旦那様が私の刺繍を褒めて下さったのっ」

 朝食を終え、旦那様をお見送りした若奥様が玄関でいつものように旦那様が乗られている馬車が見えなくなるまで見送っているのを見守ってから、私はそっと声を掛けました。
 
「私が刺繍したハンカチなんてご迷惑じゃないかって心配だったけれど、ラシダ達が励ましてくれたからカラム様に渡す勇気が出たのよ。ありがとう」

 愛らしい微笑みで私の様な使用人に礼を口にするのは、私が長年お仕えする旦那様であるカラム様に嫁がれたキティ様です。
 キティ様はまだ社交界にデビューすらしていないお若い方ですが、とてもしっかりした方でとても愛らしい方でもあります。

「カラム様、毎朝私と朝食を一緒にして下さるの。嬉しいわ」

 家で殆ど食事を召し上がっていなかったカラム様は、毎朝必ず若奥様と朝食を共にし運よく早くご帰宅された日には夕食もご一緒に取られます。
 屋敷にいても食事を取られない事が多かったカラム様からすれば、これは快挙としか言いようの無い出来事です。

「そうでしたか」

 朝食の席で旦那様が若奥様にハンカチの礼を仰っていた事は、若奥様の側に控えていたメイドのデジレがしっかりと見ていて私に報告していたから分かっていますが、旦那様はいつもの通り無表情で礼を言い若奥様の刺繍の腕を褒めていただけの様だったと思いますが、こんなに喜んでいただけるような反応を旦那様がしていたのでしょうか。

「若奥様の刺繍は素晴らしい出来でしたから、旦那様もお喜びだったのでしょう」

 旦那様の表情を理解出来ない者からすれば、無反応と言われる位の反応だったと思いますがそれでも若奥様は喜んで下さっているのでしょうか。
 不安に思いながら若奥様に尋ねると、若奥様は少し赤らんだ頬を両手で押さえながら恥じらう様子でお話を始めました。

「私がそう思いたいという思いもあると思うの、でもカラム様は喜んで下さっていた様に感じたの」

 嬉しそうに頬を染め、若奥様は私に話をして下さいます。
 貴族令嬢として生まれたというのに、平民と同じ様な生活をされていた若奥様は屋敷内で様々な事に驚き感動し戸惑っていらっしゃいます。
 私達使用人は、若奥様が心安らかに過ごされることを第一に日々お仕えしていますが、果たしてそれは出来ているのだろうかと不安に思う日々でした。

「カラム様は優しい方だから、私をいつも心配してくださるでしょう? だから私カラム様にお礼がしたいなってそう思うの。カラム様がもしも私の刺繍を気に入って下さっているのなら、私カラム様が身に着けられている物にも刺繍をしたいと思うのだけれど、どうかしら」

 不安そうなお顔で、若奥様は私に尋ねました。
 この国の貴族の既婚男性が身に着ける物には、その奥方が刺繍を施すのが一般的です。
 未婚の場合は、男性の母が刺す場合もありますが刺繍の無い物を身に着ける場合もあります。
 今まで旦那様は何も刺繍が無い物を身に着けていらっしゃいました。
 奥様は気にしていらっしゃいましたが、不要だと旦那様は緩く拒絶されていたのです。

「きっとお喜びになるかと思います。奥様へご相談されては如何でしょうか、どれから刺繍をしていけばいいかご助言頂けるかと思います」

 不要と言いながら、若奥様がもしも刺繍をした小物を旦那様にお渡ししたらとても喜ばれるだろうと分かっていた私は、無責任に同意して若奥様に提案をしました。
 旦那様は、白い結婚を貫き良き時期に離縁をと考えている様ですが、その事情を知る私達はこのまま結婚しつづけいつかお二人の間に可愛いお子様をと考えているのですから、二人の状態が幸せになる様に動くのは当たり前です。

「そうよね、お義母様にどんなものに刺繍したら良いのか教えて下さるようお願いしてみるわ」

 張り切っている若奥様の目元には、クマの様なものが見えている様な気がして私は不安になりました。

「若奥様、でもあまり無理をされては」
「無理? 無理なんかじゃないわ。私はね、カラム様にほんの少しでも恩返しがしたいの。私の家の事でカラム様はとても心を尽くして下さっているでしょう? 私、少しでもお礼がしたいの」
「若奥様」
「私はまだカラム様に、女性として見ては頂けないでしょ。だから少しでも他の事でお役に立ちたいの」

 悲し気に仰るお顔、私はこの時若奥様にそんな事を気にしなくていいのだとお伝えするべきだったのです。
 けれど、私がそれを知るのはだいぶ後、取り返しがつかない位後の事だったのです。
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