ごめん、好きなんだ

木嶋うめ香

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お義母様と対面

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 翌日、突然の来訪者にキティの緊張は高まっていた。

「キティと申します。どうぞよろしくお願いいたします。先日は婚姻の儀に参列下さりありがとうございます。当日きちんとご挨拶出来ず申し訳ございませんでした」

 キティの頭の中は、遥か昔に習った礼儀作法で頭がいっぱいだった。
 カラムの両親は慌ただしく帰って行ってしまった為、当日はろくに礼も言えずにいたのだ。
 急に婚姻の儀式を行った為時間が取れず申し訳ないと言いながら去っていく二人を見送るしかなかったから、忙しい中来てくれた礼を伝えたかったのだ。
 名前はカラムが伝えてくれたから、簡易的に名乗れば良いけれど後は何を話したらいいのだろう。
 緊張で口から内臓が飛び出しそうだと、物騒なことを考えながら食堂で鍛えた笑顔だけで挨拶をキティは乗り切った。
 義母の名はシアーラ、シアーラ・オーゼル。前伯爵夫人だ。
 彼女がカラムと同じ緑の瞳で銀の髪だったのは、キティにとっては良い後押しとなった。
 シアーラの顔は良くも悪くもカラムに似ていて、いや、カラムが似ているのだけれどキティにはカラムに似た顔として認識された。
 そのお陰でキティは過剰な怯えにならずに済んだのだった。

「丁寧な挨拶をありがとう。私はそこでしかめっ面をしているカラムの母シアーラよ。これからよろしくねキティさん」
「あ、あ、あのっ、呼び捨てでお願いいたします。お義母様。あ、私生意気な発言をしてしまいましたっ」

 自分でもビクビクしすぎだと思いながらも、冷や汗が背中を伝うのは止められない。
 伯爵位と男爵位は、キティの実家のように貧乏ではなくとも大きな差があるというのに、キティなどほぼ貴族令嬢としての教育を受けて来なかったし、義母シアーラの手入れの行き届いた髪や指先を見ただけでキティは自分の両手を体の後ろに隠したくなった。
 
 シアーラは座り方も発声も美しかった。
 貧乏な下町の女性達しか知らないキティには、別の世界の人に見えてしまった。

「ふふふ。緊張しなくていいのよ。カラム、あなた仕事はいいのかしら」
「新婚は休暇を頂けるそうです。キティと国立図書館にでも出掛けようかと思っていたところです。行き違いにならずに良かった」

 朝食を頂いた後、どこかに出掛けようかとカラムが言い出した矢先にシアーラからの先触れが届いてしまったから、二人揃って初めての外出はなくなってしまった。
 新婚が図書館に行って何が楽しいのか、シアーラは喉元まで出かけた言葉を飲み込むと笑顔のまま頷いた。

「仲が良いのはいいことね、カラム。キティちゃんは図書館が好きなのかしら?」

 シアーラの問いかけにカラムは「好き? どうかなキティ」と質問の丸投げをした。

「本を読むのは好きですが、図書館には行った事がありません。屋敷の中を案内していただいた際図書室にも行ったのですが、その際カラム様に申し上げたら今から行こうと仰ってくださったのです」

 義母を前に緊張しているキティを気遣ってカラムへ質問していたであろうのシアーラの気遣いを無視し、カラムは相変わらずの不機嫌そうな顔でキティに聞いた。
 息子の馬鹿な言動にシアーラも頭を抱えたくなったが、カラムの妻であるキティは笑顔でそれに答えたのだった。

「カラム様は、私が本を読むのが好きだと申し上げたので、沢山の本がある国立図書館をきっと私が気に入るだろうと考えて下さったのです」

 カラムに気を遣うどころか、本心から嬉しそうにキティはシアーラへと経緯を話した。
 息子の世間の評価を知っている立場で言えば、少女にも見えるキティと死神と名高いカラムが一緒に歩いていたら周囲は驚くだけでなく、キティが無理強いされているのではと心配するだろう。
 
 カラムが結婚したという噂が貴族社会に広がるまでは、二人での外出は止めさせたほうが無難ではないかとシアーラは内心考えていた。

「まあそうだったのね。二人の外出を邪魔して申し訳なかったわ。でも国立図書館には及びませんが、我が家の図書室も蔵書数は立派なものなのよ。カラムは中に何があるかよく理解しているから案内させるといいわ」
「確かに図書室だけでも沢山の本がありました。あちらを読むだけでも暫くはいいのかもしれませんね。カラム様図書室について教えて頂けますか」
「図書室。キティの好む本があったかな」
「私、本はどんな種類の物でも好きです。歴史書も伝記も物語も、それから神話も好きです」
「そうか。神話は私も好きだ」

 気負いなくカラムと話をするキティの姿は、シアーラには好ましく映った。
 貴族、市井の者達の誰もがカラムを恐れた。

 戦で死神として戦う姿の噂、カラムの外見、それらが一人歩きしてカラムは怖い人間だと無責任に確定していたけれどシアーラにとってカラムは、人付き合いが苦手で自分の思いを口にするのが苦手な可愛い息子だった。
 それ以上でもそれ以下でもない、大切な息子なのだった。

「一緒ですね。嬉しいです、それでは一緒に本を読んで下さいますかカラム様」

 カラムの年は妻であるキティよりも父親ロークと近いというのに、キティはその辺りを気にしてはいない様にシアーラには見える。
 キティの実家が困窮していており借金もあったことはシアーラにも知らされていた。
 キティはその借金のかたにある男の愛人になるように迫られていて、それを阻止しようとカラムがキティの夫となることで借金を支払ったこともシアーラは知っていた。
 
「お前が私と一緒に読みたいというのなら、読んでやってもいい」

 借金を支払ってくれたカラムにゴマすりしている様には、シアーラには見えなかった。
 ゴマをするどころか、キティはカラムに好意を持っている様にすらシアーラの目には見えた。
 
「カラム様のお仕事のお邪魔にならないのであれば、是非一緒がいいです」
「そうなのか」
「駄目ですか。カラム様お忙しいし我儘は申しません」
「い、いや。家にいる間の時間をキティの為に使うのは当然だろう。その、あの私はお前の夫なのだから」

 天と地がひっくり返ったのかと、その時のシアーラはわが目と耳を疑った。
 こんな甘い言葉を吐いているのが自分の息子、あの息子だとは思えなかったのだ。

「ありがとうございます。カラム様、私とても嬉しいです」
「……礼を言われる程のことではない。こんなの造作もない些細なことだ」
「嬉しかったのですもの。どうかお礼を言わせてくださいませ」
「そうか、キティが嬉しいならそれでいい」

 これは本当に息子なのだろうか。
 わが目を疑いながらも、シアーラは息子の姿を嬉しく思ったのだった。
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