ごめん、好きなんだ

木嶋うめ香

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微笑ましいと執事が笑う

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「キティ、嫌いなものはないか」
「はい、カラム様ありがとうございます。どれもとても美味しいです。朝からこんなにおいしいお食事を頂けて幸せです」

 困惑するカラムを扉を叩く音が救ったのはキティが目覚めてから半刻程たった後だった。
 カラムが入室の許可を出すと、キティの侍女マチルダと共に部屋に入ってきたのは侍女頭のラシダだった。
 教育が行き届いた伯爵家の使用人達は感情を表に出すことは基本無い。
 執事のアンリやラシダが感情を分かりやすく出すのは、主人であるカラムの前位のものだがそれは人の感情の変化に疎いカラムに幼い頃から仕えていた故だった。

「そうか。では気に入ったものはあるか?」

 自分から相手に話題を提供する等殆どしない主人の珍しい姿を、部屋の隅で控えているアンリ、ラシダ、マチルダ、デジレは表情を変えぬまま内心驚き、見たことがない主人の姿に給仕をしていた使用人はかすかに食器の音を立ててしまった。

「も、申し訳ございません。粗相を致しました」

 慌てて謝罪する使用人は可哀そうな程狼狽えて、カラムとキティの顔を交互に見ている。
 カラムが不機嫌そうに頷くと、すぐにホッとした様な顔になり深く頭を下げるからキティも一緒になってホッと息をついた。

「どうした」
「いえ、何でもありません。今頂いたお食事で気に入ったものは、バターの香りが素敵な卵料理でしょうか。ふわふわと柔らかくてとても美味しゅうございました。あとジャガイモのスープも気に入りましたし、勿論焼き立てのパンもとても美味しくて幸せです」

 今朝の食卓に提供されたものは、新鮮な果物を絞った飲み物、焼き立ての白パンは三種類のジャムと黄金色のバターと一緒に、その他には季節の野菜をたっぷりと使った温野菜のサラダ、ジャガイモを茹でて潰し濃厚な牛乳と合わせたスープ、バターたっぷりのオムレツにはこんがりと焼いた燻製肉が添えられているし、白身魚はふっくらと焼かれていてキノコのソースがたっぷりと掛けられている。

 普段屋敷で客人がいなければまともに食事をしようとしないカラムが朝から食事とすると聞いて、昨晩から張り切っていた料理人は朝から凝った料理を作ろうとしてアンリに止められたため、若い女性が朝から食べられそうな物を意識して作ることにした。
 朝から焼き菓子は胃に思いだろうと、果物を美しく飾り切りし香り高い紅茶と共にカラムとキティの前に差し出した。

「カラム様はどれがお好きでしたか?」
「わ、私か?」

 食事等空腹が満たせればいいし程度にしか考えていないカラムは、キティの問いに先程何を食べたか急いで思い返した。
 卵は嫌いではないし、スープも燻製肉も魚も温野菜のサラダも同様だった。
 けれど好きな物は? そう思い返すと何が好きだったか良く分からないというのが本音だった。
 なにせ、キティの天然発言に朝から動揺し今晩もまさか一緒に休むことになるのではと戦々恐々としていて、食事どころでは無かったのだ。

「カラム様?」
「そ、そうだな。私は、そのパ、パンだな。焼き立てのパン程朝食に合うものはないだろう」

 キティが焼き立てのパンが美味しくて幸せだと言っていたのを思い出し、カラムもそれに合わせようと苦し紛れに返事をした。

「パン、でございますか?」

 どんよりとした口調で焼き立てのパン等と言い出したカラムに、キティは少しきょとんと首を傾げた後笑顔になった。

「カラム様、とても良く分かります。焼き立てのパンの香りはとても幸せなものですもの。一日の始まりの朝にぴったりだと思います。美味しいバターやジャムを付けて食べると更に幸せになりますよね」
「あ、ああそうだな」

 そんな風に思って食べたことなどあっただろうか。
 カラムは幼い頃の記憶まで思い返していたが、そんな風に思ったことなど無かったという答えしか見つけられなかった。

「カラム様と一緒だから、余計に美味しく感じるのかもしれません。カラム様ありがとうございます」

 忙しいであろうカラムがキティとの約束を守り一緒に食事を取ってくれている事が嬉しくて、キティはにこにことお礼を言うとカラムは気分を損ねたのか「礼を言われる様なことではない」と声を荒げた。

「カラム様?」
「そ、その。私もそなたと一緒に食事をするのは楽しい。だから、お互い様だ」

 暫く沈黙した後、カラムはそう言うとぐいっと紅茶を飲み干した。
 食事の作法が流れる様に美しいカラムがそんな乱暴な仕草でお茶を飲む姿に、アンリ達は内心驚きながら大人しく部屋の隅で控えていた。

「ありがとうございます。楽しいと言っていただけるのはとても嬉しいです」

 長年の仕えていたアンリ達にはカラムが声を荒げたのは、動揺と照れ隠しの為だとすぐに理解出来たけれどキティがそれを理解しているとは思えない。
 けれど、笑顔で嬉しいと言えるキティは大物だと。アンリ達は関心するのだった。
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