ごめん、好きなんだ

木嶋うめ香

文字の大きさ
上 下
16 / 27

旦那様は狼狽える。

しおりを挟む
「ふぁっ」

 再びキティが目覚めると、ふかふかの枕を背もたれにして座りがっくりと項垂れたカラムが視界に入ったキティは文字通り飛び起きた。

「カ、カラム様。私寝坊してしまいましたかっ? どうしましょう、やっぱりさっき目を覚ました時に起きれば良かったわ」

 慌てたように捲し立てるキティの迫力に、カラムは項垂れていた顔を起こし不機嫌そうな表情で首を横に振った。

「カラム様?」
「寝坊などしていない。まだ誰も部屋に来ていないしだいぶ早い時間だから慌てる必要はない」
「そ、そうなのですね。良かったです」

 キティはホッとしたものの、今度は寝間着が乱れていないか、髪はどうかと気にかかりカラムが再び項垂れている様子までは察せられずにいた。

「あ、私ったら。カラム様おはようございます。ご挨拶もせず申し訳ありません」
「いや、おはよう。頭痛など不調はないか?」
「え、頭痛ですか?……ありません。よく眠ったせいかいつもより元気な位です。あっ」

 何故頭痛の心配などしているのだろうと内心不思議に思いながら返事をした後、キティは遅蒔きながら理由に気が付いた。

「私葡萄酒を頂いて眠ってしまったのですよね。も、申し訳ありませんカラム様。酔っぱらって眠ってしまうなんてはしたない事……」

 起きた時に気が付いていたというのに、眠気が勝ってしまって気にしつつ眠ってしまったさっきの自分を叱りたい気持ちになりながらキティはしょんぼりとした顔でカラムに謝罪した。

「はしたない? 初めて酒を飲んで加減など分からないだろう。私の方が気が付かず申し訳なかった。頭痛などがないなら何よりだ。ほんの少し飲んだだけでも具合が悪くなって吐いたりする者もいるらしいからな」
「心配して一緒にいて下さったのですか? ありがとうございます。カラム様」

 寝室を暫く分けると言っていた筈のカラムが隣に寝ていたのはそういう理由だったのかと気が付いて、キティはやはりカラムは自分を気遣ってくれていると嬉しくなった。

「一緒にいたのは……いや。驚かせてしまっただろう。すまなかった」
「驚く? それは確かに自分に驚きました。酔っぱらって眠って毛布を全部奪って寝てしまうとか、私寝相は悪くなかった筈なのですが」

 嫁いだ初日にこんな粗相をしてしまうなんてお父様が知ったら呆れるだろうと想像し落ち込みながら、そもそもカラムが呆れているのではないだろうかとキティは不安になって不機嫌そうなカラムの顔を盗み見た。

「どうした」
「いえ。あの」

 呆れてませんかと聞くのはおかしいだろうと判断して、キティは何て聞いたものかと途方に暮れてしまう。
 カラムが口下手なのは、短すぎる付き合いの中ですでにキティの中で決定事項だ。
 キティは下町で食堂の女将や客達に鍛えられ平民としてなら、大抵の相手と上手く話せる自信があったけどこれが上位貴族の、しかも自分の旦那様になったばかりの父親に年が違い人とどんな風に会話をしていけばいいのか分からなかったのだ。

「カラム様、毛布奪ってしまって申し訳ありません」
「毛布?」
「私毛布もお布団も全部奪って一人で使っていましたよね。お寒く無かったですか?」

 キティの実家と比べ、この屋敷は全体的に暖かい。
 寝室にも暖炉があるし、魔道具で床が暖められているから寒さを感じる程ではないのだと聞いて、伯爵家の財力に眩暈を感じるけれど、それでも眠る時に毛布や布団は必要だろうとキティはしょんぼりしてしまう。

「いや、私は寒さには耐性があるしそもそも寒く無かったから問題ない」
「そうですか。良かった。あ、でも今晩からは毛布を奪わない様に気を付けて眠るように致しますね」

 昨日一緒に眠ったのだから、今晩も一緒なのだろう。
 夫婦になったのだから、別々に眠る方がやっぱりおかしいと思うし、女将さんが言っていた事を考えるとカラム様と一緒に眠るのは嫌じゃないから大丈夫。
 呑気にキティがそんな惚けたことを考えているとは思わずに、カラムはギョッとして文字通り飛び上がり掛けた。

「今晩から?」

 声で感情を判断できないカラムの言葉はいつも通りの不機嫌そうな暗いもので、キティはカラムに疑われたのかと勝手に判断した。

「大丈夫です。今までは双子達と寝ていてちゃんとベッドから落ちることなく布団だって三人で掛けて寝ていたんですから、昨日はたまたま、そう酔っていたから寝相が悪かったのだと思います」

 頭痛がしている様に額に手を当てて、カラムはキティの言い訳を聞いてため息をついた。

「いや、そういうことではなくて」
「え。あ、もしかして蹴とばしたりしましたか?」
「蹴とばす?」
「私寝ぼけてカラム様を蹴ったりしませんでしたか?」
「寝室を分けると言っただろう」
「え。でも、昨日は一緒に」

 キョトンと首を傾げるキティに、カラムは本格的に頭痛を感じながら天を仰いだ。

「お前は私と一緒に休むのが嫌ではないのか?」
「旦那様とは一緒に休むものでは?」

 キョトンとした顔のまま尋ねてくるキティに、カラムは誰でもいいから今すぐ部屋に来てくれと内心悲鳴を上げるのだった。


※※※※※※※※※※※※
キティ、耳年間な割に精神がちょっとお子ちゃまだったりするイメージです。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

魅了が解けた貴男から私へ

砂礫レキ
ファンタジー
貴族学園に通う一人の男爵令嬢が第一王子ダレルに魅了の術をかけた。 彼女に操られたダレルは婚約者のコルネリアを憎み罵り続ける。 そして卒業パーティーでとうとう婚約破棄を宣言した。 しかし魅了の術はその場に運良く居た宮廷魔術師に見破られる。 男爵令嬢は処刑されダレルは正気に戻った。 元凶は裁かれコルネリアへの愛を取り戻したダレル。 しかしそんな彼に半年後、今度はコルネリアが婚約破棄を告げた。 三話完結です。

【完結】もう…我慢しなくても良いですよね?

アノマロカリス
ファンタジー
マーテルリア・フローレンス公爵令嬢は、幼い頃から自国の第一王子との婚約が決まっていて幼少の頃から厳しい教育を施されていた。 泣き言は許されず、笑みを浮かべる事も許されず、お茶会にすら参加させて貰えずに常に完璧な淑女を求められて教育をされて来た。 16歳の成人の義を過ぎてから王子との婚約発表の場で、事あろうことか王子は聖女に選ばれたという男爵令嬢を連れて来て私との婚約を破棄して、男爵令嬢と婚約する事を選んだ。 マーテルリアの幼少からの血の滲むような努力は、一瞬で崩壊してしまった。 あぁ、今迄の苦労は一体なんの為に… もう…我慢しなくても良いですよね? この物語は、「虐げられる生活を曽祖母の秘術でざまぁして差し上げますわ!」の続編です。 前作の登場人物達も多数登場する予定です。 マーテルリアのイラストを変更致しました。

【完結】失いかけた君にもう一度

暮田呉子
恋愛
偶然、振り払った手が婚約者の頬に当たってしまった。 叩くつもりはなかった。 しかし、謝ろうとした矢先、彼女は全てを捨てていなくなってしまった──。

【完結】何回も告白されて断っていますが、(周りが応援?) 私婚約者がいますの。

BBやっこ
恋愛
ある日、学園のカフェでのんびりお茶と本を読みながら過ごしていると。 男性が近づいてきました。突然、私にプロポーズしてくる知らない男。 いえ、知った顔ではありました。学園の制服を着ています。 私はドレスですが、同級生の平民でした。 困ります。

かつて私のお母様に婚約破棄を突き付けた国王陛下が倅と婚約して後ろ盾になれと脅してきました

お好み焼き
恋愛
私のお母様は学生時代に婚約破棄されました。当時王太子だった現国王陛下にです。その国王陛下が「リザベリーナ嬢。余の倅と婚約して後ろ盾になれ。これは王命である」と私に圧をかけてきました。

私だけが家族じゃなかったのよ。だから放っておいてください。

恋愛
 男爵令嬢のレオナは王立図書館で働いている。古い本に囲まれて働くことは好きだった。  実家を出てやっと手に入れた静かな日々。  そこへ妹のリリィがやって来て、レオナに助けを求めた。 ※このお話は極端なざまぁは無いです。 ※最後まで書いてあるので直しながらの投稿になります。←ストーリー修正中です。 ※感想欄ネタバレ配慮無くてごめんなさい。 ※SSから短編になりました。

〈完結〉遅効性の毒

ごろごろみかん。
ファンタジー
「結婚されても、私は傍にいます。彼が、望むなら」 悲恋に酔う彼女に私は笑った。 そんなに私の立場が欲しいなら譲ってあげる。

私のドレスを奪った異母妹に、もう大事なものは奪わせない

文野多咲
恋愛
優月(ゆづき)が自宅屋敷に帰ると、異母妹が優月のウェディングドレスを試着していた。その日縫い上がったばかりで、優月もまだ袖を通していなかった。 使用人たちが「まるで、異母妹のためにあつらえたドレスのよう」と褒め称えており、優月の婚約者まで「異母妹の方が似合う」と褒めている。 優月が異母妹に「どうして勝手に着たの?」と訊けば「ちょっと着てみただけよ」と言う。 婚約者は「異母妹なんだから、ちょっとくらいいじゃないか」と言う。 「ちょっとじゃないわ。私はドレスを盗られたも同じよ!」と言えば、父の後妻は「悪気があったわけじゃないのに、心が狭い」と優月の頬をぶった。 優月は父親に婚約解消を願い出た。婚約者は父親が決めた相手で、優月にはもう彼を信頼できない。 父親に事情を説明すると、「大げさだなあ」と取り合わず、「優月は異母妹に嫉妬しているだけだ、婚約者には異母妹を褒めないように言っておく」と言われる。 嫉妬じゃないのに、どうしてわかってくれないの? 優月は父親をも信頼できなくなる。 婚約者は優月を手に入れるために、優月を襲おうとした。絶体絶命の優月の前に現れたのは、叔父だった。

処理中です...