ごめん、好きなんだ

木嶋うめ香

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目覚めた先に見たもの

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「……う、ん?」

 温かい何かに包まれているような幸せを感じながらキティは目を覚ました。
 双子達と小さなベッドで眠っていた時とは違う感覚に違和感を覚えて、でもそれが嫌でも不安でもない。そんな不思議な気持ちで目を開くと誰かがキティに寄り添っていると気がついた。

「え?」

 寄り添っていたのではなく、キティがしがみついていたが正しいのだと一瞬で悟り、驚いて目を見開いた。

「カラム様?」

 慌てて上半身を起こすと、見覚えのあるガウン、それを着たカラムはすうすうと規則正しい寝息をたてていた。

「あれ?」

 初夜は行わないと言われていた筈だったけれど、違ったのだろうか?
 寝起きで惚けた頭で呑気に考えながら、少し体を起こすとキティは自分が毛布も布団も全部カラムから奪って、その上でカラムにぴったりとしがみついて寝るというとても器用なことをしていたのだと気がついた。
 寝間着もしっかりと着込んでいて皺はあるもののそれ以外の変化はない。働いていた食堂でおおらかな平民の奥さん方のお陰でそれなりに耳年増になっていたキティは、それで初夜は行われていないのだと悟った。

 正確には毛布や布団は奪ったのではなく、なるべくキティから体を離そうとカラムが努力した結果だったけれど、キティには知るよしも無かった。

「寝ている?のよね?」

  双子の元気な寝姿か、体調の悪い母親のそれしか知らないキティにはカラムの様子は息をしていない様に見えて何だか怖かった。

 キティをベッドに横たえて、アンリ達が部屋を出ていった後、カラムは片手でキティに布団をすべて掛けた後、翌朝のキティの悲鳴を想像して鬱々となっていた。
 夫婦になったとしても、ほぼ初対面と変わらない相手が目を覚ました時隣にいたらそれは恐怖だろうし不快だろう。
 アンリ達にキティが風邪をひいたら、ベッドから落ちて怪我をしたらと言われて気がついたら一緒に寝ることになってしまったけれど、それならキティを起こせば良かったのだと後悔していたのだ。
 カラムは今更どうしようもないことを散々悩んでカーテンの向こうが明るくなり始めた頃に漸くキティに拒絶される決心をつけて自分に眠りの魔法を掛けたのだった。

「お疲れなのね」

 カラムが危惧していた嫌悪や恐怖は不思議とキティにはなく、ぐっすり眠れた安心感と何故カラムは隣に寝ているのだろうと疑問を感じながら、そう言えば自分はいつ眠ったのだろうかと根本的な疑問にやっとたどり着いた。

「あれ、私昨日どうしたのかしら?」

 カラムがどうして隣に寝ているのか分からなくても、夫になったのだから使用人達の手前同じ寝室で寝ることにしたのかもしれない。
 暫く初夜は行わないと知っているのはキティの他は昨日相談した二人だけなのだから、カラムが気を遣ってくれたのだろう。
 まだ何となく寝惚けて判断が甘くなっていたキティはそう判断しながらも、自分がいつ寝たのたか記憶がないのが気になっていた。

「昨日はカラム様がお部屋にいらして、葡萄酒とパンを……」

 生まれて初めて飲んだ葡萄酒は、甘味が強くて不思議な感じがしたとキティは思い出していた。
 飲んですぐに顔が熱くなり、ふわふわした気持ちになってきてそれまであった慣れない環境への緊張が吹き飛んで、そうしたら一気に疲れが出てしまったのか目を開けていられなくなったのだ。

「私眠ってしまったのね。カラム様にご迷惑を掛けたのではないかしら」

 食堂では食事と共に酒も出していて、仕事帰りの冒険者等は昼間から豪快に麦酒を飲んでいた。
 彼らは粗野なところもあったが年より幼く見えるキティには皆優しく、酔ってキティに悪さする者は皆無だったが、飲み過ぎて具合を悪くする者や寝入ってしまうものはそれなりにいたのだ。

「嫁いだばかりで酔って寝てしまうなんて醜態、カラム様に呆れられていないかしら?」

 少しずれた心配をしながら、キティはカラムが何も掛けずに眠っているのが気になって毛布と布団を静かにカラムの体に掛けた。

「私寝相は悪くなかった筈なのに、カラム様からお布団を奪ってしまうなんて。お風邪を召したりしないといいけれど」

 どこまでもずれている思考でカラムを心配しながらキティはカラムの寝顔を見つめていた。
 眠っているのにカラムの眉間には皺が寄っている。
 起きている時のどんよりとした鬱々した気配は、眠っているカラムからは感じなかったし、こうして見ていると父親よりだいぶ若いのだと分かった。

「触れてもいいのかしら」

 眉間の皺が気になって、キティはそっとカラムの額に手を伸ばした。
 弟が寝苦しい時にこんな風になる度に、キティは額の辺りを優しく撫でたり頭を撫でたりしていた。そうすると弟は穏やかな顔になりぐっすりと眠るのだ。

 そっと起こさないようにカラムの額に指先を当てると、弟にしたように優しく数回撫でるとカラムの表情が和らいだ様に見えた。
 そのままキティはついついカラムの寝乱れた髪を優しく撫で、無意識に子守唄まで歌い初めてしまった。

「あら、いけない」

 自分が歌っていると気が付いて、キティは慌てて口を閉じ手を引っ込めた。
 同じような寝顔をしていてもカラムは幼い弟ではないのだから、子守唄は失礼だ。

「良かった、目は覚ましていないわね」

 一瞬カラムが反応した気がしたが起きる気配はない。それよりもキティの子守唄が効いたのかどうか分からないけれど、カラムの表情は穏やかになっていた。

 この人が自分の夫なのだと思うと不思議な気がしたが、眠る表情は少しカラムを優しげに見せていて眺めていたらなんだか眠くなってしまった。

「まだ朝早いのかしら、もう少し寝ていてもいいのかしら」

 今までのキティは朝告げ鶏の鳴く頃に目を覚まし家の用事を済ませていたけれど、この屋敷には沢山の使用人がいるからキティの出番はない。
 今から寝直してもカラムが起きたら気が付くだろう。

 呑気にキティはそう考えてカラムを起こさないように体を横たえると、そのまま目を閉じてしまった。
 もう夫婦なのだから、こうして眠るのはおかしくないし、カラムの隣で眠るのは嫌ではない。そう思ったキティの頭の隅に食堂の女将の言葉が浮かびキティは目を閉じながら微笑んだ。

「私、カラム様が旦那様なら妻として幸せにやっていけそうな気がするわ」

 働いていた食堂の女将は、キティの事情をよく知っていて老医師の息子の妾にされそうになっていることも知っていた。
 だから女将は常々キティに「もし他に求婚してくれる相手が現れたら、あの男と比べて考えるんだよ。その人と一緒に食事して美味しいと感じるか、その人と一緒に眠れるか、最低限それが出来ると思える相手なら、幸せになれるかどうかは、あんたの決心次第だよ」と言っていたのだ。

 借金を抱えたキティの家に求婚に来るのは、恋愛抜きの相手しかいないだろう。
夫婦になって幸せになれるかの判断がその二つだけの筈は無かったが、キティが前向きな判断が出来るのを女将は願っていた。
 だから、これは女将のせめてもの助言だったのだ。

 カラムとの食事の約束はキティにとって嬉しいものだった。
 カラムの隣で眠るのもキティには抵抗がないと気がついた。
 だとしたら、女将の言っていた最低限は問題がなく、後はキティの気持ち次第なのだ。

 しっかりしているようでどこか子供なキティは、女将の言葉が正しいと信じ安心していたのだった。
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