ごめん、好きなんだ

木嶋うめ香

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初めての……

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「カラム様?」
「眠っていなかったか」

 不機嫌なのかどうか言葉と表情では分からないカラムは、戸惑うキティを余所に部屋の中に入ってきた。

「はい、まだ眠っておりませんでした」

 カラムの後ろにワゴンを押した侍女のマチルダの姿を見つけ、キティは内心首を傾げながらカラムを部屋に招き入れた。
 カラムは手触りの良さそうなガウンを羽織り、下にきっちりと寝間着を着込んでいた。
 
「ええと」
「奥様、ベッドの方にお座りになりますか?」
「え、あの。はい」

 寝室には小さなソファーセットもあるというのに、マチルダにベッドと言われてキティは素直に頷いた。
 頷いてから、そうしたらカラムはどこに座るのだろうとハッとして、当たり前の様にカラムもキティに寄り添う座るのを驚きを隠そうと努力して、全く隠せないままキティは受け入れた。

「失礼致します」

 ベッドの脇に不自然なテーブルを設置して、マチルダはワゴンを押し部屋を出て行った。
 ベッドの端に座るキティとカラムの前にあるのは、小さなテーブルでその上には葡萄酒の瓶とグラスが二つ、そして何故か小さな丸パンが乗った皿が一つあった。
 
「あの、これは」
「これは我が伯爵家の伝統で、夫婦の初夜で葡萄酒を飲み一つのパンを食べるのだ」
「葡萄酒を飲みパンを食べる。初めて聞きました」
「そうだろうな。我が伯爵領はその昔は麦すら育たぬ貧しい土地だった、その土地に貧しい土地でも育つ麦と葡萄を持ち嫁いできた人がいたそうだ。その人が持ってきた麦を植えると翌年から沢山の麦を収穫することが出来た。葡萄も良く育ち、その葡萄は香り豊かな葡萄酒となり伯爵領の収入源となったのだそうだ」
「それは凄いですね。そんな麦があれば領民はとても喜んだことでしょう」

 キティの家は領地を持たない家だった。
 けれど、もし領民がいたらきっと彼らの収入を増やす為家族は奔走しただろう、そうキティは素直に思えた。

「このパンも葡萄酒も領地で育てたものだ。伯爵家の者は結婚した時にこのパンと葡萄酒を二人で食べることで伯爵領の繁栄と夫婦の変わらぬ絆を誓うのだ」
「それは素敵な誓いですね」

 キティはうっとりとそう言うと、テーブルの上の葡萄酒とパンを見つめた。
 お飾りの妻である自分がそんな誓いをするのは恐れ多いけれど、伯爵家の一員となったのだからこれから少しでも伯爵家と領地の為に生きていける様になりたい。
 その誓いをこれから行うのだ。そう思うとドキドキしてしまう。

「カラム様」
「急な結婚で、そなたにその覚悟を望むのは酷だと分かっている」
「カラム様、私はもうカラム様の妻です。私が致らずまだ本当の初夜を出来ませんが、それでも私はカラム様に嫁いだのだと理解しています」

 カラムが何故申し訳なさそうに言うのか、キティには理解できなったけれど。
 キティにとって、伯爵家の当主であるカラムが望むなら素直に従いたいと思うだけだった。

「嫌ではないか」
「カラム様が私の様なものを妻に望んで頂けるなら、どうして嫌などと思うでしょう」
「そうか」

 言葉が足りない人だと、キティは思いながら口には出さずその代わりにっこりと微笑んだ。
 何が出来るか分からないけれど、キティはカラムが望むことを出来る様に努力しようと思っていた。
 それが家族の為になるという気持ちは、少し薄らいでいた。
 キティを気遣ってくれるカラムの為、努力したいという気持ちの方がいつの間にか勝っていたのだ。

「グラスに葡萄酒を注ぐ、これを互いに飲ませるのだ」
「はい」

 トクトクと二つのグラスに葡萄酒が注がれ、キティはドキドキしながらカラムの口にグラスを近づけた。

「これから夫婦として生きていく。まだ心からそう思えなくても、どうか受け入れて欲しい」
「カラム様」
「私はこんな男で、だけど精一杯キティが幸せになれるように心を尽くすと誓うよ。それをどうか信じて欲しい」
「カラム様、私は若輩者です。カラム様にふさわしい妻になれるかどうか分かりませんが。カラム様の妻として精一杯あの、頑張りますのでどうぞよろしくお願いします」

 何も考えられなくて、カラムの言葉が嬉しくてキティは涙を浮かべながらカラムが差し出すグラスから葡萄酒を飲んだ。

「パンも食べようか」
「はい」

 小さくちぎったパンを、カラムの手がキティに差し出し、同じようにキティもカラムの口にパンを差し出した。
 噛みしめる程に麦の味わいを感じる美味しいパンだった。
 素朴な麦の香りがする小さなパンを二人で食べきり、葡萄酒を飲み終えるとキティの体はポッと熱を持ち始めていた。

「顔が赤いな。酒は弱いのか?」
「飲んだのが初めてで。なんだか体が熱いです」

 ほうっと息を吐くキティの顔が赤く、カラムはぎょっとしてオロオロと周囲を無意味に見渡した。

「気分は? 吐き気はないか」
「はい。カラム様」
「なんだ」

 慌てるカラムを前にして、キティはうっとりと微笑んだ。

「神殿の花びら、あの魔法とっても素敵でした」
「素敵?」
「はい。私、一生忘れません。あの素敵な景色をカラム様が作って下さったこと。あんなに幸せな景色をカラム様の魔法が作って下さったこと。私絶対に忘れません。カラム様の魔法は幸せを作るのですね」

 笑うキティをカラムは茫然と見つめていた。

「カラム様。至らぬ私ですがずっと妻として傍に居させてくださいね」

 初めて飲む葡萄酒に酔っ払い、キティは思いを素直に口にしていると二人とも気が付いていなかった。

「幸せの魔法、凄いです……ね」

 笑いながらすうっとキティはカラムの胸に倒れこんできた。
 倒れこみ、そのままキティは寝息を立て始めたのだった。

「幸せの魔法? 私が? 人の命を魔法で奪い続けていた私がそんな魔法を使える筈がないだろう」

 眠るキティをカラムは無意識に抱きかかえて、そうしながら天井を見上げていた。
 奪いたくて奪ってきたわけではないけれど、カラムは十三の歳から他人の命を奪ってきた。
 そうしなければ自分の命を失っていた。
 戦わなければカラムは生きてこられなかった。
 
 戦う事はカラムにとって当たり前で、そうしなければならなかった。
 だから後悔はなく、当たり前と理解している行いだった。
 でも、もしもそうしていなければ。
 誰も殺さず生きてこられたら、キティの言葉を素直に喜べたのだろうか。

「キティ。そなたは私の妻となって後悔しないのか」

 不安なカラムの言葉は、眠るキティには届いてはいなかった。
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