ごめん、好きなんだ

木嶋うめ香

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二人に相談

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「マチルダさん、デジレさん。今日はありがとうございました」

 父親を見送ったキティは、少し仕事があると執務室に行ったカラムを見送るとキティ付きの侍女とメイドと共に私室に移動した。
 昨日部屋に案内された時は、若い女性向きに整えられているものの、さりげなく鏡台横の棚に並べられた香水瓶一つよりも、キティが着てきた外出着よりも高価なのが想像出来しまい傷を付けたり誤って落としてしまったらどうしようと落ち着かなかったが、今の緊張はそれ以上だった。
 父親は帰ってしまったから、もうキティは一人になってしまったのだ。
 夫となったカラムが今日からの家族だと、頭の中では分かっていても心がまだ納得できていない。

 ソファーに座っていても落ち着けなくて、キティは気もそぞろに二人に今日のお礼を言ったのだった。

「まあ、奥様私達の事はどうぞ呼び捨てになさってくださいませ」

 奥様と呼ばれて、キティは一瞬ビクリと体を震わせ情けなく眉毛を下げた。

 結婚してカラムの妻になったのだから、奥様と呼ばれるのは正しい呼び方だと分かっているけれど、なぜか怖くなってしまったのだ。
 確かに家に一人だけいた使用人を、両親は呼び捨てにしていたけれどキティと双子達は『ばあや』と呼んでいたから、自分より年上を呼び捨てにするなんて、キティは今まで経験が無かったのだ。

「奥様?」
「あの、こんなこと聞いていいのか分からないのだけれど、他に相談できる人がいなくて」

 困った顔をしたのは自覚があるから、それを誤魔化すついでにキティはさっきから気になっていることを二人に相談しようと思い付いた。

「はい、私達で良ければお聞かせくださいませ」
「私が二人に話したことを内緒にして欲しいの」
「勿論でございます。奥様のお話を他人に話すなど致しません」

 マチルダは侍女の手本の様な微笑みを浮かべ、キティの座っているソファーの横に膝を付く。

「あのソファーに座って」
「私達は使用人でございます」
「あの、せめて相談する間だけでも。お願いします」

 言いにくいことを話すのに、相手が立ったままどころか床に膝を付いている状態なんてキティの小さな心臓が縮み上がって仕方ない。
 泣きそうになっているキティに、二人は今回だけと約束してキティが座るソファーに、キティを真ん中にして寄り添う様に座った。

 主人であるカラムには言いたい放題の執事や侍女頭は本来とても厳しい人達で、こんな状態を目撃されたらマチルダ達がお叱りを受けるのは確実だったが、慣れない環境に不安そうにしているキティが可哀想すぎて、今回はもう叱られてもいいやという気持ちになっての行動だと、キティは気がつきもしなかった。

「ありがとうございます」

 へにゃりと眉を下げて、キティは泣いている様にも見える笑顔でお礼を言った。

「私共に礼など不要でございます。奥様」
「伯爵夫人としてはいけないこと?」

 誰かに何かをして貰ったらお礼を言うのは当たり前の事だと、むしろ言わない方が失礼だとキティはそう教えられて育ったし、それが当たり前だと思っていた。
 それを駄目だと言われてしまうと、キティは考え方を根本から変えなくてはならなくなる。

「私めには、してはいけないかどうかの判断は付きかねますが、使用人に対し頭を下げたり礼を言ったりはあまり外ではされない方がよろしいかと存じます」 
「そうですか。気を付けます」

 しょんぼりとしながら、キティは内心相談も本当はいけないのだろうかと、不安になっていた。

「奥様?」
「私は使用人がいる生活に慣れていないの。家には一人だけ働いてくれている人はいたけれど、私にとっては祖母みたいな人だったから、家族みたいなものだったの。だからおかしな振る舞いをしたらこれからも教えてくれたら、あのとても助かるのだけれど」
「勿論でございます」
「ありがとう。あ、また言っちゃった」

 気を付けようと思っても、そんなに簡単には変えられない。

「これから気を付けます」
「……はい」

 微笑んで頷く二人に、キティは衝撃な言葉を告げるのだった。

「あの、相談と言うのはね。旦那様との初夜の話なの。神殿から帰る馬車の中で旦那様から今日はその、初夜を行わないって言われたの」

 キティの言葉に、今まで微笑みを浮かべた表情を崩さずにいた二人は驚きを隠せないままキティの手を握りしめたのだった。
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