ごめん、好きなんだ

木嶋うめ香

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お父様とのお別れ

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「お父様どうかお元気で。お母様達に大好きだと伝えて下さいませ。離れていてもずっと」

 離れていてもずっと家族だと。
 そう言い掛けてキティは無理矢理言葉を飲み込み微笑みで誤魔化した。
 これから家族は夫であるカラムになるのだから、母親達に向けそんな伝言を頼むのは間違っていると気がついたからだった。

「カラムさ……は優しい人だよ。顔つきはあれだが、昨日話してみて分かった。彼は昔と変わらない。少し言葉が足りずに分かりにくいところはあるが、友だった頃のままだ」

 友だったと父親が言うのをキティは不思議な気持ちで聞いていた。
 父親は下級貴族でその上借金持ちの貧乏人だと職場で馬鹿にされているのをキティは気がついていた。
 貴族の娘だというのに下町の食堂で働くキティを馬鹿にし、わざわざ店に来て父親の上司だという男が教えてくれたのだ。
 キティの父親は、貧乏男爵と馬鹿にされているのだと。

 そんな父親に友達と呼べる人は居なかったのもキティは知っていた。
 カラムのことも、同じ学校だったとしか最初は言わなかったし、特別親しかった風には言っていなかったのだ。
 学生だった頃なら兎も角、伯爵と貧乏男爵が友達だと父親はキティに言えなかったのだろうことは想像できるし、きっと実際にもう友達とは言えないと考えていたのだろうともキティは思っていた。
 けれど、昨日キティが知らない間に二人は話をして二人は友情を取り戻していたのだ。
 そう感じて、キティは嬉しくなった。

「友達だったのですね」
「あぁ、彼に今でも友だと思っていいだろうかと言われたんだよ。今更だと言われるかもしれないけれど、まだ友だと思っていていいだろうかと言われて嬉しかったんだよ。お前にこれから大変な思いをさせると分かっていて、喜んでしまったんだ。すまない」

 まともな淑女教育は出来なかったし、キティは諦めていた。
 勉強は父親が教えてくれた。
 刺繍と縫い物は必要に迫られて覚えて、収入を僅かでも得られる様に努力した。
 でも美しい所作やダンス等は習ったことすらない。そんなものが必要になる未来をキティも父親も想像していなかったのだ。
 けれど伯爵家の嫁になれば、出来て当たり前の物なのだ。
 それを父親が心配しているのは、キティにもよく理解できる話だった。

「私は幸せです。先程カラム様と馬車の中でお話しして、とても優しい方だと分かりましたし、きっと私達上手くやっていけると思います。お父様とカラム様が友として仲良くされるのも嬉しいです。とてもとても嬉しいです」

 カラム達は少し離れた場所でキティ達を見守っている。
 気兼ねなくキティが父親を見送れる様にとの配慮をしてくれているのだ。
 それをしてくれたのがカラムで、キティの夫なのだと思えば、不安はあっても恐怖は無かった。

「お手紙書きますね」
「ああ。キティ、元気で。愛してるよ、幸せになるんだよ」
「はい」
「今まで我慢ばかりさせて、不甲斐ない父親で申し訳なかった。苦労を掛けて」
「お父様、私はお父様とお母様の娘で良かったです。もし仮に神様が他の人を親に選ばせてあげると言っても断ります」
「キティ。ありがとう」

 父親は涙を浮かべながらキティの頭を一撫ですると、カラムの方へ歩いていき一言、二言話して戻ってきた。

「では、行くよ」
「はい」

 馬車に乗り込む父親を涙を浮かべながらキティは見ていた。
 ふと人の気配に隣を見ると、いつの間にかカラムが隣にいてキティの小さな心臓がドキンと跳ねた。
 怖くないとは分かっていても、カラムの外見は、心の準備無しに近くで見るのは勇気がいるのだ。

「気をつけて」
「ありがとう、カラムさ……、カラム。娘を頼むよ」
「っ。あ、あぁ。分かった」

 カラムを良く知らない人が聞けば、怒っている様に聞こえる返事を聞きキティの父親は安心したように笑うと、小窓から小さく手を振った。

「お父様」

 堪えきれずに涙をこぼすキティを残し、父親が乗った馬車は門に向かって進み始めた。

「キティ」
「もう少しだけ、せめて馬車が見えなくなるまでここにいていいでしょうか」

 キティが泣きながらカラムの顔を見上げると、カラムは黙ってハンカチを差し出した。

「ありがとうございます」

 ゆっくりと走っていく馬車をキティはハンカチを目元に当てながら見送ったのだった。
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