ごめん、好きなんだ

木嶋うめ香

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神殿の手続き

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「神はその時あなた方二人と共にある。麦を実らす陽の光、喉を潤す水の恵み、清らかな魂が二人を導くでしょう」

 大神官様がまさか婚姻手続きを行ってくれるとは予想も出来ず、キティは新しいドレスを纏って祝いの聖句を聞いていた。

 昨日仕立屋が持参して来た沢山の美しいドレスをカラムは取りあえず必要な分をとあれもこれもと買い始め、宝飾品は家に伝わるものを使いなさいと、宝石箱ごと手渡されてキティは倒れそうになっていた。
 それだけでなく、デビュー用のドレスの他に日常用のドレスも仕立てる為と採寸されてぐったり疲れたキティを余所に、後日ドレス用の布をお持ちしますと仕立て屋はほくほく顔で帰って行ったのだった。

 神殿にいるのはキティと父親とカラム、そしてカラムの両親だった。
 普段は王都の別邸でカラムの姉夫婦と暮らしているというカラムの両親は、姉夫婦が旅行中の婚姻の儀式に少し文句を言ったがキティのことは歓迎してくれた。

「キティ」
「お父様」

 式が終わって外に出ると、孤児院の子供達が花びらが沢山詰まった篭を持って待っていて、手を繋いで出てきた二人に祝福の花びらを降らせてくれた。

「綺麗」

 風に乗りふわふわと舞う花びらを見つめるキティは、新しいドレスと靴に緊張しながらもその景色に見とれていた。

「カラム様、父の服まで準備下さりありがとうございます」
「義理の父だから当然だろう」

 カラムは話すのが得意ではないのだろうと、キティは何となくだけれど分かってきた。
 そして、カラムが怖いとあまり思わなくなっていた。

 愛想が無いどころか目つきが怖いしどう見ても不機嫌そうな顔をしているし、雰囲気は花婿とは思えないほどにどんよりしているが、キティの為に用意してくれた部屋は若い女性向けの可愛らしいものだったし、ドレスや靴もキティの好みを尊重してくれた。
 仕立て屋が屋敷に来て服を選ぶ等生まれて初めてのキティが戸惑う姿を馬鹿にもせず、高級そうなドレスに驚き遠慮するキティに侍女とメイドが助言するのも黙って聞いていたし、ドレス選びが完了するまでずっと一緒に居てくれたのだ。

「でも、嬉しいです。気遣って下さるカラム様の心がとても」

 お飾りの妻なのだろうと分かっていても、女の子が夢見る綺麗なドレスを着ての婚姻式だ。
 急すぎて仕立てた物ではなくて申し訳ないと謝ってくれて、むしろキティの方が申し訳なくなってしまった程だった。
 神殿での手続きでは凝ったドレス等は着ないものらしく、仕立て屋が勧めてくれたのはカラムの瞳の色に似た緑色のドレスで飾りは胸元とドレスの裾にはい緑色の糸で美しく刺繍がされているだけだったが、キティにとっては十分凝ったドレスだった。
 刺繍がされた絹のドレス等、キティは生まれて初めて着たのだ。
 共布で作られた踵の高い靴も同じく刺繍がされていて、この一足でキティ達の家族の一か月の食費を超えそうだったし、ドレスの値段を考えると震えてしまうけれど、カラムはそれでも不足だと謝ってくれただけでなく、父親の服と靴まで用意してくれたのだ。

「カラム様、ありがとうございます」
「礼を言われることじゃない。ああ、花びらがすぐに地面に落ちるのは勿体ないな」

 すっと視線を逸らし、カラムは何かを呟いてすっと指先を子供達が降らせている花びらに向けた。

「え」

 キティは驚いて目を見張った。
 緩やかな風が地面に落ちかけた花びらが浮き上がり、ふわりふわりと空中を舞っていたのだ。

「凄い。魔法ですか?」
「簡単な初級の風魔法だ」

 突然浮かび上がった花びらに、子供達は歓声をあげている。
 良く晴れた青空に舞う花びらは、とても美しくてカラムの両親もキティの父親も神殿の神官達も皆が笑顔でそれを見つめていた。

「カラム様は凄い方なのですね。皆が笑顔になる様な魔法を使えるのですから」
「大袈裟だ」

 キティの誉め言葉に照れたのか、カラムはぶっきらぼうにそう言うと口のあたりを手で覆った。
 
「私この景色をずっと覚えています。きっと思い出す度に幸せな気持ちになると思います」
「そうか」

 これからの生活は不安だけれど、嬉しい気持ちも無くはなかった。
 カラムの口数が少ない分、キティは嬉しいと思った気持ちは素直に言葉にしようと決めたのだ。

「カラム様、これからどうぞよろしくお願いします」
「ああ」

 カラムの返事はやっぱり不機嫌そうだったけれど、キティは無理矢理ではない笑顔でカラムに笑いかけたのだった。 
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