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求婚の理由
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「馬車を迎えにやろうと思ってたんだよ。連絡が行き届かず申し訳なかった」
部屋に入りこれまた目眩がしそうな程の豪華なソファーに腰を下ろすと、オーゼル伯爵はキティ達にそう言った。
「迎え?」
小心者の父親はギョッとして、思わずキティの顔を見ていた。
キティも同じ顔をしてオーゼル伯爵を見ているのを、扉近くに控えていたオーゼル伯爵家の執事は似た者親子だと内心思っていた。
「そ、そんなお手間。荷物もそんなにありませんし」
父親の言葉が尻窄みになっても仕方ないとキティはもう考えることを放棄した。
門から屋敷まで乗った馬車が、みすぼらしい男爵屋敷に迎えにくるのを想像するのさえ苦痛だった。
そういえば求婚の釣書を持ってきた使者が乗ってきた馬車も、使用人用なのか飾り気は無かったが立派なものだったと今更ながらにキティは思い出した。
この結婚は身分差がありすぎる。
シクシク痛み始めた胃の辺りをそっと右手で抑えながら、キティは笑顔だけは保とうと努力を続けたのだった。
「婚約期間無しの婚姻となってしまって申し訳ないが、取り急ぎ明日神殿で婚姻の手続きを行う。婚姻のお披露目はロークの奥方の体調が戻ってから話しをしよう。ところでお義母上と呼ぶべきかな」
どんよりとした表情で淡々と告げる内容に、使者から話しは聞いていたもののキティは自分の事にはとても思えず、保とうとしていた微笑みも崩れ始めていた。
父親の方は緊張しているが、オーゼル伯爵は親し気に父親の名前を呼んでいるのだから確かに父親とは親しい関係だったのかもしれない。それが分かっただけでもキティには朗報だったけれど、オーゼル伯爵の説明した日程は急すぎた。
確か今日からここで暮らすつもりで来たけれど、婚約期間を含めてここに住むのだとキティも父親も思っていたのだ。
貴族の結婚は大抵婚約期間が最低でも一年程ある。
その期間で婚姻の準備をして、神殿で手続きをした後お披露目をするのだ。
その婚約期間を飛ばしてしまうのは、順番違い、所謂先に子供が出来てしまった場合だった。
その場合でもほんの少しの婚約期間は存在する。
平民なら婚約期間無しで結婚でも珍しくない話だが、キティの嫁ぎ先は貴族だった。
しかも夫となるのは伯爵位を持っている人なのだ。
「あの、伯爵様ご質問をお許し頂けますでしょうか」
言葉が正しいのかおかしいのか、キティの今の精神状態では判断が出来なかった。
丁寧に話そうとか、上位貴族との会話なんて恐れ多いとか考えている内にキティは訳がわからなくなっていたのだ。
「カラム」
「は?」
「オーゼルでもいいけれど、あなたも明日からそうなるからね、カラムと呼んでくれ」
「カ、カラ、カラカラ、カラム様」
名前を、父親と同じ様な年齢の男性の名前を呼んで、明日には家名がオーゼルに変わるのだ。
キティの動揺は見事に相手にも、控えている執事にもいつの間にかいたメイド達にも伝わった。
「カラカラでもいいよ。面白い」
全く面白くなさそうにむしろ不機嫌そうに言われて、キティの小さな心臓が縮み上がってしまった。
悲鳴を上げたいのを必死に我慢しただけ、偉かったと慰めにもならない事を思いながらキティは必死に謝罪した。
「申し訳ありません。き、緊張のあまり失礼なことを」
もう泣きたい、泣いて家に帰りたい。
ベッドに横たわりキティの手を握り「ごめんね。幸せになって」と見送ってくれた母親と、いきなりの婚姻を理解できずに「早く帰ってきてね」と手を振った双子に、今すぐ会いたいと涙が浮かんできてしまった。
「まだ十六だろう。仕方ない」
「申し訳ありません。娘は社交デビューもまだなもので慣れていないのです」
「あぁ、そうだったな。では婚姻の披露の前にそちらが先だな」
「え」
「ドレスを作る必要があるな。デビューのドレスは白を基本に淡い色をつけるのだったか?」
自信が無かったのか言葉の最後は執事に向けてカラムは話すと、それに頷きながら仕立屋が別室で待っていると執事が答えた。
「でも私」
「私の都合で婚姻を早めてしまっているのは申し訳ないが、陛下からの命令でね。本来ならゆっくり支度をするべきだが、すまないね」
仕立屋とか社交界デビューとか、予想もしていない言葉に更に慌てたキティは、カラムの言葉で一気に冷静になった。
陛下からの命令。
そうか、自分を望んだわけではなく。急いで婚姻をしなければならないから、体面を気にしなくていい下級貴族の娘を選んだのか。
つまりキティはお飾りの妻ということだ。
カラムの一言でそう判断したキティは、途端に気持ちが楽になってしまった。
「いいえ、気になさらないで下さい。ただ、私は貴族令嬢としての教育を殆んど受けていませんから、カラム様の恥になってしまうかもしれません」
急にハキハキと答えだしたキティは、言いながら自分の無知を話すのは恥だと情けなくなってしまった。
病弱な母親に代わり、父親は三人の子供達の面倒を良く見てくれたし勉強を教えてくれたのも父親だった。
一人だけいる使用人は、母の実家が付けてくれたメイドだった女性で食事と眠る所があればと、信じられない位の低賃金で働いてくれている。
母親も体調の良い時には家事を頑張ってくれていたが、殆んど戦力にはならなかった。
キティは家計を助けるために昼間は下町の食堂で働き、夜は仕立屋の内職をして一日中働いていた。
同じ年の子供が勉強に勤しむ間、キティは働き続け双子の面倒も見ていたのだ。
勉強出来る時間は、父親が帰宅後の僅かな時間しかなかったのだ。
「そんなもの。これからいくらだって学ぶ時間はあるだろう。あなたの父は優秀な成績で学校を卒業してるんだから、その娘が学べぬ筈がない」
「勉強していいんですか?」
「やる気のない方が困るな。仮にも伯爵家に嫁ぐんだから、教養は必要だろう」
お飾りの妻でも勉強していいのだろうか、そういう意味で聞いたのにカラムはあくまでキティを妻扱いしようとしてくれている。
話し方は怖いし醸し出す雰囲気はどんよりしていて覇気が全く感じられないけれど、でも自分の話を聞いてくれ様としてくれているとキティは気が付いたのだ。
「ありがとうございます。私カラム様の恥にならない様に一生懸命勉強します」
体面を気にしなくていい下級貴族の娘が必要だったとしても、何故キティが選ばれたのか。その理由は分からなかったけれど、立派なお飾りの妻になろうとキティは決心したのだった。
部屋に入りこれまた目眩がしそうな程の豪華なソファーに腰を下ろすと、オーゼル伯爵はキティ達にそう言った。
「迎え?」
小心者の父親はギョッとして、思わずキティの顔を見ていた。
キティも同じ顔をしてオーゼル伯爵を見ているのを、扉近くに控えていたオーゼル伯爵家の執事は似た者親子だと内心思っていた。
「そ、そんなお手間。荷物もそんなにありませんし」
父親の言葉が尻窄みになっても仕方ないとキティはもう考えることを放棄した。
門から屋敷まで乗った馬車が、みすぼらしい男爵屋敷に迎えにくるのを想像するのさえ苦痛だった。
そういえば求婚の釣書を持ってきた使者が乗ってきた馬車も、使用人用なのか飾り気は無かったが立派なものだったと今更ながらにキティは思い出した。
この結婚は身分差がありすぎる。
シクシク痛み始めた胃の辺りをそっと右手で抑えながら、キティは笑顔だけは保とうと努力を続けたのだった。
「婚約期間無しの婚姻となってしまって申し訳ないが、取り急ぎ明日神殿で婚姻の手続きを行う。婚姻のお披露目はロークの奥方の体調が戻ってから話しをしよう。ところでお義母上と呼ぶべきかな」
どんよりとした表情で淡々と告げる内容に、使者から話しは聞いていたもののキティは自分の事にはとても思えず、保とうとしていた微笑みも崩れ始めていた。
父親の方は緊張しているが、オーゼル伯爵は親し気に父親の名前を呼んでいるのだから確かに父親とは親しい関係だったのかもしれない。それが分かっただけでもキティには朗報だったけれど、オーゼル伯爵の説明した日程は急すぎた。
確か今日からここで暮らすつもりで来たけれど、婚約期間を含めてここに住むのだとキティも父親も思っていたのだ。
貴族の結婚は大抵婚約期間が最低でも一年程ある。
その期間で婚姻の準備をして、神殿で手続きをした後お披露目をするのだ。
その婚約期間を飛ばしてしまうのは、順番違い、所謂先に子供が出来てしまった場合だった。
その場合でもほんの少しの婚約期間は存在する。
平民なら婚約期間無しで結婚でも珍しくない話だが、キティの嫁ぎ先は貴族だった。
しかも夫となるのは伯爵位を持っている人なのだ。
「あの、伯爵様ご質問をお許し頂けますでしょうか」
言葉が正しいのかおかしいのか、キティの今の精神状態では判断が出来なかった。
丁寧に話そうとか、上位貴族との会話なんて恐れ多いとか考えている内にキティは訳がわからなくなっていたのだ。
「カラム」
「は?」
「オーゼルでもいいけれど、あなたも明日からそうなるからね、カラムと呼んでくれ」
「カ、カラ、カラカラ、カラム様」
名前を、父親と同じ様な年齢の男性の名前を呼んで、明日には家名がオーゼルに変わるのだ。
キティの動揺は見事に相手にも、控えている執事にもいつの間にかいたメイド達にも伝わった。
「カラカラでもいいよ。面白い」
全く面白くなさそうにむしろ不機嫌そうに言われて、キティの小さな心臓が縮み上がってしまった。
悲鳴を上げたいのを必死に我慢しただけ、偉かったと慰めにもならない事を思いながらキティは必死に謝罪した。
「申し訳ありません。き、緊張のあまり失礼なことを」
もう泣きたい、泣いて家に帰りたい。
ベッドに横たわりキティの手を握り「ごめんね。幸せになって」と見送ってくれた母親と、いきなりの婚姻を理解できずに「早く帰ってきてね」と手を振った双子に、今すぐ会いたいと涙が浮かんできてしまった。
「まだ十六だろう。仕方ない」
「申し訳ありません。娘は社交デビューもまだなもので慣れていないのです」
「あぁ、そうだったな。では婚姻の披露の前にそちらが先だな」
「え」
「ドレスを作る必要があるな。デビューのドレスは白を基本に淡い色をつけるのだったか?」
自信が無かったのか言葉の最後は執事に向けてカラムは話すと、それに頷きながら仕立屋が別室で待っていると執事が答えた。
「でも私」
「私の都合で婚姻を早めてしまっているのは申し訳ないが、陛下からの命令でね。本来ならゆっくり支度をするべきだが、すまないね」
仕立屋とか社交界デビューとか、予想もしていない言葉に更に慌てたキティは、カラムの言葉で一気に冷静になった。
陛下からの命令。
そうか、自分を望んだわけではなく。急いで婚姻をしなければならないから、体面を気にしなくていい下級貴族の娘を選んだのか。
つまりキティはお飾りの妻ということだ。
カラムの一言でそう判断したキティは、途端に気持ちが楽になってしまった。
「いいえ、気になさらないで下さい。ただ、私は貴族令嬢としての教育を殆んど受けていませんから、カラム様の恥になってしまうかもしれません」
急にハキハキと答えだしたキティは、言いながら自分の無知を話すのは恥だと情けなくなってしまった。
病弱な母親に代わり、父親は三人の子供達の面倒を良く見てくれたし勉強を教えてくれたのも父親だった。
一人だけいる使用人は、母の実家が付けてくれたメイドだった女性で食事と眠る所があればと、信じられない位の低賃金で働いてくれている。
母親も体調の良い時には家事を頑張ってくれていたが、殆んど戦力にはならなかった。
キティは家計を助けるために昼間は下町の食堂で働き、夜は仕立屋の内職をして一日中働いていた。
同じ年の子供が勉強に勤しむ間、キティは働き続け双子の面倒も見ていたのだ。
勉強出来る時間は、父親が帰宅後の僅かな時間しかなかったのだ。
「そんなもの。これからいくらだって学ぶ時間はあるだろう。あなたの父は優秀な成績で学校を卒業してるんだから、その娘が学べぬ筈がない」
「勉強していいんですか?」
「やる気のない方が困るな。仮にも伯爵家に嫁ぐんだから、教養は必要だろう」
お飾りの妻でも勉強していいのだろうか、そういう意味で聞いたのにカラムはあくまでキティを妻扱いしようとしてくれている。
話し方は怖いし醸し出す雰囲気はどんよりしていて覇気が全く感じられないけれど、でも自分の話を聞いてくれ様としてくれているとキティは気が付いたのだ。
「ありがとうございます。私カラム様の恥にならない様に一生懸命勉強します」
体面を気にしなくていい下級貴族の娘が必要だったとしても、何故キティが選ばれたのか。その理由は分からなかったけれど、立派なお飾りの妻になろうとキティは決心したのだった。
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