ごめん、好きなんだ

木嶋うめ香

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どんよりした結婚相手

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 カラム・オリーバーという名前だった筈だけど、覚え違いだったかしら
 キティは心の中で呟きながら、馬車を降り屋敷へと足を進めた。
 玄関までは十段程の階段を上らなくてはいけない。
 迎えに来てくれた執事らしき人が先を歩いているのを良い事に、キティは一歩一歩ゆっくりと階段を上がった。

「ふらついているぞ。大丈夫か」
「靴が慣れていなくて」

 殆ど履いたことがない踵の高い靴はかなり歩き難く、ただでさえ緊張しているキティは辛かった。
 そんな状態だから、相手の名前すらちゃんと思い出させないのだ。
 既にキティの頭の中は緊張のあまり記憶の許容範囲を越えていて、今朝屋敷を出るときに再確認した釣書の内容すら朧気だったのだ。

 爵位は伯爵で、宮廷魔法使い。
 宮廷魔法使いというのは所謂高給取りだ。
 魔法は殆どの人間が簡単な魔法は使えるし、魔道具という便利な道具は魔物が持つ魔石の力で動くのだ。
 キティの家にある魔道具は、祖父が買ったという水を出す魔道具と小さな竈の魔道具だけだった。
 それに毎日家族皆で魔石に魔力を注ぐ。そうすることで魔道具を動かす為に使った力を補充するのだ。
 本当は魔石屋というところに魔力の補充を頼むのが一般的だったが、お金の余裕が全くなかったからそんな選択は出来なかった。

「宮廷魔法使いなのよね」

 前を歩く男性には聞こえない様にキティが小声で聞くと、父親も小声で教えてくれた。

「ああそうだ。攻撃魔法が得意なんだよ。学生の頃から素晴らしい才能を発揮していたんだ。才能があるのにそれを鼻にかけることはなかったし、下級貴族を馬鹿にしたりもしなかった。私達は放課後一緒に図書館で勉強していたんだよ」
「そうなの。そういえばずっと国境近くの砦で戦っていたのよね」

 父親の話を聞いてキティは、伯爵が戦いで功績を上げ勲章を授与されたと釣書に書いてあったと思い出した。
 陛下から勲章を授与される程凄い人が何故自分なんかに求婚をしてきたのだろう、キティにはまだこの結婚が現実だとは思えなかった。

「やっぱりメイドなんじゃ」

 思わず呟いてしまった声は、いつの間にか足を踏み入れ掛けていた広い玄関の、目眩がしそうな数の使用人が立つ場所に響き渡った。

「メイド?」

 両脇に並ぶ使用人の真ん中に立っていた背の高い男性がキティの言葉に首を傾げたのを見て、キティは自分の失言を悟った。

「初めまして」

 声に出ていたと気がついても遅いと分かっているから、キティは無理矢理に笑顔を作り苦手な淑女の礼をして誤魔化した。
 先に挨拶をするのは礼儀に反していたんじゃなかったかしらとキティの頭の中をよぎったけれど、メイドという発言を誤魔化すには仕方なかったのだと思い直して笑顔で中央の男性を見つめるしかなかった。

「良く来てくれたね、私はカラム・オーゼルだ」

 笑ったのか皮肉を言ったのか分からない表情で目の前の男性、オーゼル伯爵はキティに名乗ってくれた。
 家名が覚えていたものと全く違っていたのを、内心冷や汗をかきながらキティは父親と共に礼をして名を告げた。

「ご丁寧にありがとうございます。こちらは娘のキティです」
「初めまして、キティ・ホップマンと申します」

 眼光鋭いという言葉を聞いたことがあるけれど、まさにこの人みたいな目を言うのね。
 怯えて後退りしたくなるのを堪えてキティは引きつりそうな笑顔を何とか保つと、カラム・オーゼルと名乗った男性は鋭い視線でキティと父親を見ながら、足音も立てずに近づいてきた。

「久し振りですね。ローク、ええとお義父様と呼ぶべきかな」
「お、お義父様。いや、間違ってはいない、いませんが」

 父親がお義父様と呼ばれてギョッとする横で、キティも同じ様な反応でオーゼル伯爵を見た。
 背の高い彼は、目の印象とは逆にどんよりと覇気のない雰囲気をキティに向けている様に感じた。
 顔色は悪くないし、肌に張りもあるというのにどこか年寄りめいていて若さがない。
 父親より年下の筈なのに、キティには彼がかなりの年上に見えた。

 どんよりしてるし不機嫌そうだし、視線がキツイ感じがする。

 それがオーゼル伯爵に対するキティの感想だった。
 もしかして最近まで病気をしていたのだろうか、それならこんなに痩せている理由も覇気の無さも納得できる。
 無言のままそんな感想を頭の中に思い浮かべながら、凄くお顔が怖いけれど悪い人では無さそうな気がするとホッとした。
 オーゼル伯爵の父親への話し方が、下級貧乏貴族を馬鹿にしたものではないと分かったからだ。

「立ち話も失礼ですね。どうぞこちらへ」
「あ、はい」
「ありがとうございます」

 沢山使用人が立っているのに、誰の声も聞こえない。
 でも、視線は優しい気がするとキティは考えながら、父親の後ろを少しでも上品に見える様にと自分に言い聞かせながら歩いた。

 キティは緊張しすぎて階段をいつ上り終えていつ玄関の中に入ったのか記憶にないが、まだ玄関と廊下しか見ていないというのに目につく物の何もかもが高そうで、間違って傷を一つでも付けてしまったら一生働き続けても弁償できないいだろうと思うと生きた心地がしなかった。
 必要最低限しか触らない様にしようと心の中で決心して、キティはよろけそうになる足を叱咤して歩き続けたのだった。
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