ごめん、好きなんだ

木嶋うめ香

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似た者親子は

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 緊張しながら門にたどり着き門番に取り次ぎをお願いすると、驚いたような顔を一瞬した後、笑顔で門番小屋の中へキティ達は通された。

 門番は狭い部屋で申し訳ないとキティ達に謝りながら、キティの自室より広く豪華な小屋の中の一室に案内するとお茶を用意してくると部屋を出ていった。
 キティと父親は、家にあるどの家具よりも高そうなソファーに恐る恐る腰を下ろし、ふわんとした座面に驚いて思わず二人で立ち上がってしまった。
 キティの家が貧乏過ぎるのか、この家が裕福過ぎるのか、多分どちらもなのだろうと考えていると愛想の良い門番がお茶を運んできたから、キティは必死に笑顔を作り礼を言った。

「すぐに迎えが参りますので、むさ苦しいところで申し訳ございませんが、このままお待ち願います」
「迎え?」
「はい」

 門まで誰か来てくれるのだろうかと内心首を傾げながら、キティはテーブルに置かれた紅茶のカップを手に取った。
 茶器は白地に赤い薔薇が美しく描かれていて、カップの縁は金色に染まっている。
 キティは今まで見たことがない美しい茶器を、うっかり落としてしまわないか緊張して震える手を理性と根性を総動員して動かし、そっと口をつけた。

「……」

 美味しいと言いそうになって、慌てて歯を食い縛る。
 ここは今まで住んでいた平民の街とは違うのだ、うっかり失言したら笑われてしまうかもしれない。

 ここは、今までキティが働いていた下町の食堂の様に、にこにこ笑いながらお茶の感想を呟いていい場所じゃないと、キティが自分に言い聞かせながら紅茶を頂いていたら、迎えが来たと門番が声を掛けてきた。

「…さん」

 門番小屋ですら豪華なのだから、馬車なら更に豪華なのは考えなくても分かることだったと、外に出て馬車を見た瞬間にキティは緊張性の頭痛を感じながら反省した。

 予想が出来ていれば心の準備も出来たのにと後悔しても遅かった。
 すでに馬車は到着し、扉を開いてキティ達を招く準備が出来ている。
 今からこの馬車に自分が乗るのかと思うとキティは心臓は縮み上がり、父親の顔は今まで以上に青くなった。

 馬車はキティが生きてきた十六年、一度も見たことがないくらい豪華だった。
 馬車を引いているのは、二頭の白馬だ。
 毛艶が見事な馬達は、御者の指示に従い大人しく待っている。
 馬車の扉の前に立っているのは、手入れが行き届いた栗色の髪を後ろで一つにまとめた男性だった。
 着ている洋服は一目で分かる高級な生地で仕立てられているものの、飾りの類いが一切付いていないと気がついて、執事か何かだろうかと思い付いた時にはキティは目眩を感じ始めていた。

 ここは、何もかもが違いすぎる。

 執事だって所謂使用人だ。
 けれど使用人が着ている服よりもキティが着ている外出用のドレスの方がみすぼらしい。
 キティの服も父親の服も、それ以外言い様がないというのに、目の前の執事らしき人は嫌な顔をひとつせずにキティ達を出迎えているのだ。

 お金のことがなければ、キティは逃げ帰りたかったけれどそんなこと出来るわけがない。
 高価な治療代に借金の返済で、すでに大金を使わせてしまっているのだ。今さら断るなんて出来るわけがない。
 キティは、断頭台に向かうような気持ちで「お待たせを致しまして大変申し訳ございません」と謝罪を受けた後、馬車に乗り込んだのだった。

「お父様、私本当にこちらのお屋敷に嫁ぐのでしょうか」
「ああ」
「門から馬車を使わないと屋敷に辿り着かない大きな庭をお持ちの家に?本当に私が嫁ぐのでしょうか」
「すまない」

 返事をする父親は魂が抜けた様だった。
 キティは、理由もなく小声で父親に話しかけた後現実を受け入れられなくて目を閉じた。

 先程の男性は御者台に座っているから、馬車の中はキティと父親の二人だけだった。

 外観同様馬車の中も豪華だった。
 高級な生地が使われている座面に座るとふわんと体が跳ねて、辻馬車にしか乗ったことのないキティには驚く以外の反応が出来なかった。
 どういう仕掛けか、この馬車は辻馬車の様な振動が殆んど無く、室内が暖かい。
 冬に差し掛かったこの季節、普通ならそれなりに冷える筈なのに、上着を脱いでも良さそうな温度に、キティは緊張しすぎて吐きそうになっていた。

「この座面に使われている布の方が私のドレスよりも高いと思います。ど、どうしましょう汚してしまったら」

 出迎えてくれた彼と比べてみすぼらしいと感じていたドレス。
 キティの唯一の外出用のドレスは、一昨日洗濯して隣の家にアイロンを使わせて貰ったから汚れてはいない筈だけれど、不安になったキティは立ち上がって座面を確認せずにはいられなかった。

 こんな高級な布、汚してしまったら弁償できない。
 泣きそうな顔で確認して、染み一つ埃一つないと分かってやっと息がつけた。

「お父様、私緊張しすぎて気分が悪くなってきてしまいました」
「すまない。私もだ」

 骨の髄まで貧乏性が染み付いた親子は、緊張に震えながら馬車の中で最後の親子水入らずの時を過ごしていたのだった。
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