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「どう? 口に合うかな」

 自分は飲まずに、旦那様は二重の大きな目でじぃと私を見つめる。
 なんだかその顔が、ご褒美を待っている大型犬みたいに見えてしまうのを、いい加減止めたい。
 このままだとそのうち私は、無意識に旦那様に向かって「お手」とかやりかねない。

「私は葡萄酒の良し悪しに詳しくありませんが、こちらはとても飲みやすいです。私こんなに美味しい葡萄酒を頂いたのは初めてです」

 葡萄酒を口に含んだ途端、濃厚な香りが口の中に広がったが渋みは無くほんのりと甘い。 
 母国で造られている葡萄酒は、なんていうか濃厚過ぎる上渋みというか癖があってあまり好きではなかった。あれは前世で言うところのフルボディというものなのだろうか。
 前世の私はお酒はお菓子作りに使う方に熱心で、飲む方はそれほど興味が無かったし、今世の私は母国では女性がお酒について語るのは下品だとされていたので、悪酔いしない方ばかりに注力していた。
 夜会では男女関係なくお酒を飲むのに、女性がお酒に詳しいのは下品だなんて、つくづく男尊女卑な考え方をする国だと思う。

「そうか、それでは王太子殿下に妻がとても喜んでいたと伝えよう」

 旦那様が何かを期待するように私を見ながら聞いてきたから素直に感想を伝えたけれど、こんなに嬉しそうにするとは思わなかった。
 今の私の言い方は、母国なら失言と言ってもいいくらいだ。この国では違うのだろうか、それとも旦那様がおおらか過ぎるのか。

「王太子殿下に感謝をお伝え下さい。直接申し上げられず申し訳ございません」
「そのうち夜会で挨拶出来る、その時は葡萄酒の味について是非話して欲しい。これは殿下の自慢の葡萄酒なんだ。……うん、旨い」

 にこにこと言いながら、旦那様はゴクリゴクリと喉を鳴らなして葡萄酒を飲む。
 この人は貴族社会で、侯爵家の当主をしているよりも騎士として生きている方が向いているのだろうと思う。
 なんていうか、行動が雑なのだ。
 葡萄酒を喉を鳴らして飲むなんて、さすがに社交中はしないと思うが、普通なら妻の前でもしない。

「王太子殿下からの祝いの酒だと思うと、余計に旨い気がする」
「ええ、とても美味しゅうございます。私はお酒に強くありませんからから、ゆっくり頂きますね」

 ツマミも無しに旦那様の様に飲むのは、私には無理だ。状態回復魔法も使っていないし、すぐに倒れてしまう。

「うん、そうしてくれ」

 そう言いながら、旦那様は葡萄酒を飲み干してまたグラスに手酌で注ぐ。

「……旦那様はその……領地に帰られる時間はございますか?」
「領地に?」
「はい、お義父様とお義母様にご挨拶に伺いたいと思うのですが」

 急とはいえ結婚式に親が来ないのは、お義父様の体調の問題があってもおかしな話、普通ならお義母様だけでも来るだろう。
 だけど二人共来なかったのは、旦那様の相手が婚約者だった王女殿下ではなく、敵になっておかしくない国の娘なのが気に入らないか、余程お義父様のお体の調子が悪いかのどちらかだと思う。
 
「それは気にしなくていいよ」
「……よろしいのですか?」
「うん、父達は私の顔を見たくないだろうから」

 私が気に入らないから、会うのは難しい。そういう答えが返ってくると思っていたのに、そうではなかった。予想外過ぎて何も反応出来ずに、ただ呆然と旦那様を見つめてしまう。

「……エイマールの態度、申し訳なかったね」
「気にしておりません。助かったかもしれない命を失ったのです、恨まれても仕方がないことです」

 治癒魔法の使い手は、大小あれどそういう恨みを向けられやすい。
 魔法は万能ではないから、なんでも全て完璧に治せるわけではないし、そもそも聖女の理の縛りもあるから誰も彼も治せるわけでもない。
 むしろ、私に恨みの目を向けない旦那様がおかしいと言ったほうがいい。
 実の兄を、私の親族は助けられなかったのだ。

「それでも、君とは関係のないことだ。エイマールが君を恨むのは、おかしいよ」
「旦那様は、恨まないのですか? 理由はお話した通りですが、それでも兄をなぜ助けてくれなかったのかと、思いませんか?」

 エイマールが恨んだ様に旦那様も、私の家を恨まないのか。
 私の疑問に、旦那様はくしゃりと顔を歪めた後で葡萄酒を一気に飲み干したのだった。
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