これから言うことは嘘だから信じないでくれという紙を見せながら、旦那様はお前を愛することはないと私を罵りました。何この茶番?

木嶋うめ香

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 旦那様はなぜ治癒師と共に来たのかしら。

 毒を飲んで倒れやっと意識が回復してから半月程の時間が過ぎたある日、自室でのんびりとお茶を頂きながら刺繍をしていたら旦那様と治癒師の方がやってきた。
 治癒師は旦那様より少し年上に見える線の細い顔立ちの人だけれど、実はまだ私は彼から名前を教えられていない。
 彼の治療を受けている時、私の体調が激悪だったから仕方ない。
 私の侍女と彼なら母国なら治癒師の方が立場は上だから、ジジ達も名前を聞く行為は失礼にあたる為確認していない。
 とにかく私は意識があってもまともな会話が出来ない状態だったのだから、お世話になった人の名前を知らなくても仕方ないと思いたいが、名前を聞くタイミングが掴めない。

「顔色が良いね、安心したよ」
「ありがとうございます。お陰様でゆっくり静養出来ましたわ。旦那様もお元気そうでなによりです。視察同行お疲れ様でした。お出迎え出来ずに申し訳ありませんでした」

 ぱあっとその場が明るくなりそうな笑顔で、旦那様は私にそう言うから私は行儀の良い笑顔でお礼を言いつつ、久し振りに帰宅した旦那様を出迎えなかった旨を詫びた。

「帰りが遅かったのだからいいんだよ。王宮似泊まれと言われたのを振り切って帰ってきたから、先触れも出さなかったしね」

 旦那様は私の意識が戻った後暫くの間陛下と共に近くの町に視察に出掛けていて留守だった。
 そろそろ戻るだろうと執事に言われていたけれど、まさか夜中に帰ってくると思わず眠り込んでいたのだ。
 朝食の席で旦那様のお帰りを聞いて驚いたものの、疲れて眠っていると言われたから部屋を訪ねず、執事に旦那様の都合が良ければお茶の時間を一緒に過ごしたいと言付けたのだ。

「私を気にしてくれていたとゲイダルに聞いてね、お茶の時間まで待てずに来てしまった。突然来て申し訳なかったね」
「いいえ旦那様のお顔を拝見できて嬉しいです」

 両手を胸の前で組み微笑みながらそう言えば、旦那様は分かりやすく眉尻を下げ始めるけれど、治癒師の彼は胡散臭そうな目で私を観察している様に感じる。

「そうか、私もあなたの元気な顔が見られてとても嬉しいよっ!」

 私のお世辞に旦那様は、とても侯爵家の当主とは思えない満面の笑みを見せてくれた。
 本当にこの方は感情を素直に表に出す方だと思う。
 貴族としては微妙だけれど、旦那様のこういうところが私の夫としては素敵だと思うから屋敷の中でなら問題は無い。

「私も旦那様の元気なお姿を拝見できて安堵しました。久しくお会い出来ず寂しく感じていましたから」
「も、申し訳ない、陛下にどうしてもと言われて、その……」
「事情は存じておりますわ。それでも寂しかったのでつい言ってしまいました。お許し下さいますか?」

 私は国から連れてきたジジ達以外には心を許せる人がいないのだから、嫁いできたばかりで夫が長期間留守なんて酷い話だと思う。
 夫は大丈夫だと言っているが、王女の手の者が本当にこの屋敷内にいないという保証はないのだから、警戒だってする。
 私は他国から嫁いできた身なのだから、長期で留守にするなら配慮はあってしかるべきだと思う。
 それなのに、この人は手紙すら一度も寄越さなかったのだから、この位の嫌がらせはしてもいいと思う。

「謝るのは私の方だ。そうだ寂しくさせてしまったお詫びに宝飾品を贈らせて欲しい! 商人を呼ぶから好きなものをいくらでも、あっ痛っ!」

 私の嫌味に何も考えていない様子で答える旦那様は、いきなりの攻撃に両手で頭を抱えた。
 いきなり杖で旦那様の頭を叩く暴挙、それをしたのは治療師の彼だった。

「何をする、痛いだろうっ!」

 両手で頭を抱えながら、旦那様は治癒師に抗議するけれど治癒師の方は柳に風とばかりに動じない。それどころかポカリと治癒師が旦那様の頭を再度叩いたから、私は驚きのあまりか弱い演技を忘れ座っていた一人掛けソファーから立ち上がり逃げようとしてしまい、ジジがすかさず私を庇うように寄り添った。
 治癒師は急に乱暴を働く人ではないと思っていたのに何故急に旦那様を殴るのか、理由が分からなすぎて怖い。

「落ち着いて下さい、奥様これは躾です」
「何故乱暴をする、酷いじゃないか」

 気軽に言い合う二人に、私は一瞬目を見開いた後でジジに大丈夫だと微笑みを作り見せた。
 この二人の間には、ちゃんとした信頼関係がある様に見える。だとしたら私が何か口を挟む必要はない。

「躾? あの治癒師様、旦那様は躾が必要な方でしょうか」

 躾ってこんな風にするものだったかしら?
 疑問に思いながら尋ねると、治癒師はやれやれとばかりに口を開いたのだった。
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