上 下
14 / 34

14

しおりを挟む
「旦那様、私の実家に今の状況を知らせなければいけないと思うのですが、お許し頂けますか」

 安定感抜群の腕の中で、私はふと思いつき口を開いた。
 王女殿下の認識では、私は旦那様に虐げられている可哀想な妻だ。
 あの王女殿下の性格なら、初夜から何から誇張して王太子殿下に話すだろう。
 何せ王太子殿下は私のことを嫌っているし、そこは王女殿下も良く理解されている。
 あの二人だけで可哀相な私を笑うならいくらでもそうしてくれていいけれど、王女殿下認識の可哀想な私の噂を家族が耳にしてしまったら、怒り狂って謀反を起こしかねない。
 王命だから受け入れたけれど、お父様は私が侮辱された末に婚約解消された事を心底怒っていたし、お兄様は王太子殿下を闇討ちしようとしていた。
 それを我慢して嫁がせたというのに、嫁ぎ先で私を虐げているなんて知ったら大騒ぎしないわけがない。
 表面上、王命だから帰ってくるなと言って私を嫁がせたけれど、二人共納得していないのだ。
 私が本当に戦争のキッカケになる存在だとしたら、死のうが不遇な目にあっていようが、その理由になってしまうかもしれない。
 そんなのは嫌だ。
 どうせ結婚したなら愛されたいし、愛したい。
 ついでに子供も沢山産んで、夫と子供達と幸せな家庭を築きたい。
 つまり、死にたくない、死ぬなんて絶対に嫌だ。

 私の幸せの為には、祖国と嫁ぎ先の国の戦争なんて起こしてはいけないのだ。

「知らせとは」

 ジジが詳細を書いて既に家に送っていると思うけれど、この人にそうすると伝えて目の前で手紙を書く事は絶対に必要だと思うし、私の直筆の手紙が家族の元に届くのも大切だと思う。
 裏で動くのは簡単だし、ジジはその辺りを私よりも理解して動いていると思う。
 だけど旦那様に、私がこの国の為に自ら動いたと理解してもらっているのといないのとでは、後々違ってくるんじゃないかと思う。
 それに私の手紙が家族の元に届く、それこそが私が虐げられていないという証になると思う。

「私は虐げられていない、むしろ旦那様に大切にされすぎている程だと。王女殿下が変な噂をばら撒く前に、家族に納得してもらわなければなりません。少なくとも初夜で酷い事は何もされていないと知らせておかなければ、なりません」
「……酷い事を私はしたと思う。少なくともあなたを怖がらせてしまった」

 しょんぼりと反省している旦那様は、何て言うか可愛い。
 確かにあれは怖かったけれど、でも旦那様なりに誠意を見せてくれたからもうあれは無かった事にしたい。

「あれは仕方が無かった事です。旦那様は私に事前に教えて下さったではありませんか」

 初夜を行う寝室に向かう前に、あんな内容の紙を書く旦那様。
 想像すると面白過ぎる。
 あんな面倒な事をしなくても、後からあれは演技だったと教えるだけでも良かったのに、旦那様はそうしなかったのだから、どれだけこの人が私に気を遣ってくれていたか分かるというものだ。
 
「とにかく王女殿下から悪意ある噂を広められる前に、私の家族に真実を知らせる必要があります」
「そうだな。私の事情に巻き込んでしまって申し訳ない。メイド達や護衛だっていくらでも連れて来てくれて良かったのに、王女殿下が関所に命令を出していたからあんな風に追い返すことになってしまったんだ。慣れ親しんだ者達と別れるのは辛かっただろうに……」

 私の説明に、旦那様は余計な事まで思い出してしょんぼりしてしまうんだから、可愛過ぎる。
 侯爵家の当主としては心配だけれど、夫としては可愛い人だと思う。
 まあ、なんていうか、男性というより大型犬に見えなくもないところがあるせいなんだろう。
 存在しない筈の耳としっぽが見える気がしてしまう。

 私って、こんなチョロインな性格だったのかしら。
 認めたくないけれど、今の私ってかなりチョロい。
 ずっと王太子の近くにいたから、あれよりマシな人はすべてよく見えるのかもしれない。
 旦那様は頼りないけれど誠実な方だと思うし、結婚したのだから好ましく思える方が良い。
 結婚したばかりで嫌なところばかりが目に付くより、百倍いいと思う。
 だから、問題は無いわ。

「家族に納得」
「私の噂が家族の耳に入る前に、それが大切です」

 寝すぎていて体が怠い。
 今更だけど、十日もお風呂に入っていない体で密着しているのは女として駄目だと思う。
 全くお腹は空いていないし、喉だけ乾いている。
 ずっと寝ていたらしいけれど、まだ眠り足りない。
 お風呂に入ってさっぱりしてから、ベッドでゴロゴロしたい。

「王家では無く?」
「私の命が理不尽な暴力等で失せてしまえば別ですが存命であれば、私の父から何か言い出さない限り王家から反応はしない筈です」

 戦争をしたいなら別だと思う。
 私は国交の証として嫁いできたのだから、その私を虐げるというのは国の付き合いを軽く見ていると言うことだから、戦争を始めるいい理由にはなる。
 キッカケを作りたいなら、むしろ王家から私に刺客が送られて来るだろう。

 あれ? まさかそれが産後に私が亡くなった理由?
 どうしよう、私殺されちゃう?

「私の父も兄も過保護なのです。ですから、私が虐げられている等の噂を聞いたら私兵を連れて私を迎えに来るかもしれませんわ。父達にそのつもりが無くても、こちらの皆様がそれを襲撃と取ってしまえば、誰も望んでいない戦いの理由になってしまうかもしれません」
「た、戦い。それは駄目だ。君をそんな辛い目に合わせるわけにはいかない。無理矢理に他国に嫁がされた挙げ句、祖国と戦など、そんな辛い目に合わせられない」

 この人やっぱり優しい方なんだわ。
 戦争が困るのでは無く、私がそれで辛い思いをするだろうと心配するなんて。

「家族が理解していればその心配はございません、手紙を出しても良いでしょうか。なるべく早く届けたいのですが魔導便は使えますか?」

 ジジはお父様から持たされた魔導具で手紙を既に送っていると思うけれど、あれは旦那様には教えられない。
 一見宝石箱の見た目をしている魔導具は対になっている魔導具に、箱に入る大きさの物を送ることが出来る。
 でも魔導便は違う、送信用の魔導具に文章を書き込み送り先を指定して文章のみを相手の魔導具に送信出来るという前世で言えばメールの様な物だ。

「魔導便、ああ勿論。ただ私はあなたの家の魔導便送信先を知らない」
「それは父から魔石を預かって来ておりますので、ご安心下さい」
「さすが用意がいいな。助かるよ。では魔道便の魔道具を持って来よう。すぐに戻るよ」

 旦那様は私をベッドに寝かせると、ちょっと名残惜しそうに私の手に触れた。
 
「お待ちしています」

 あざとい女、私はか弱い女と自分に念じつつ、私はそっと旦那様の指先を握る。

「す、すぐに戻る」

 私の手からそっと手を離し、耳を赤くした旦那様は慌てて部屋を出て行った。

「女慣れしていない様に見えるのは、なぜなのかしら」

 見た目は悪くない、侯爵家の跡継ぎ。
 それでもモテなかったのだろうか、それは王女殿下に邪魔されていたからなのだろうか。
 ふしぎに思いながら、私はお父様に送る手紙の内容を考え始めていた。

※※※※※※
誤字ご連絡ありがとうございます。
早速修正しました。
誤字脱字病は治らないです……。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

「好き」の距離

饕餮
恋愛
ずっと貴方に片思いしていた。ただ単に笑ってほしかっただけなのに……。 伯爵令嬢と公爵子息の、勘違いとすれ違い(微妙にすれ違ってない)の恋のお話。 以前、某サイトに載せていたものを大幅に改稿・加筆したお話です。

皇太子夫妻の歪んだ結婚 

夕鈴
恋愛
皇太子妃リーンは夫の秘密に気付いてしまった。 その秘密はリーンにとって許せないものだった。結婚1日目にして離縁を決意したリーンの夫婦生活の始まりだった。 本編完結してます。 番外編を更新中です。

誰にも言えないあなたへ

天海月
恋愛
子爵令嬢のクリスティーナは心に決めた思い人がいたが、彼が平民だという理由で結ばれることを諦め、彼女の事を見初めたという騎士で伯爵のマリオンと婚姻を結ぶ。 マリオンは家格も高いうえに、優しく美しい男であったが、常に他人と一線を引き、妻であるクリスティーナにさえ、どこか壁があるようだった。 年齢が離れている彼にとって自分は子供にしか見えないのかもしれない、と落ち込む彼女だったが・・・マリオンには誰にも言えない秘密があって・・・。

鈍感令嬢は分からない

yukiya
恋愛
 彼が好きな人と結婚したいようだから、私から別れを切り出したのに…どうしてこうなったんだっけ?

婚約破棄のその先は

フジ
恋愛
好きで好きでたまらなかった人と婚約した。その人と釣り合うために勉強も社交界も頑張った。 でも、それももう限界。その人には私より大切な幼馴染がいるから。 ごめんなさい、一緒に湖にいこうって約束したのに。もうマリー様と3人で過ごすのは辛いの。 ごめんなさい、まだ貴方に借りた本が読めてないの。だってマリー様が好きだから貸してくれたのよね。 私はマリー様の友人以外で貴方に必要とされているのかしら? 貴方と会うときは必ずマリー様ともご一緒。マリー様は好きよ?でも、2人の時間はどこにあるの?それは我が儘って貴方は言うけど… もう疲れたわ。ごめんなさい。 完結しました ありがとうございます! ※番外編を少しずつ書いていきます。その人にまつわるエピソードなので長さが統一されていません。もし、この人の過去が気になる!というのがありましたら、感想にお書きください!なるべくその人の話を中心にかかせていただきます!

【完結】長い眠りのその後で

maruko
恋愛
伯爵令嬢のアディルは王宮魔術師団の副団長サンディル・メイナードと結婚しました。 でも婚約してから婚姻まで一度も会えず、婚姻式でも、新居に向かう馬車の中でも目も合わせない旦那様。 いくら政略結婚でも幸せになりたいって思ってもいいでしょう? このまま幸せになれるのかしらと思ってたら⋯⋯アレッ?旦那様が2人!! どうして旦那様はずっと眠ってるの? 唖然としたけど強制的に旦那様の為に動かないと行けないみたい。 しょうがないアディル頑張りまーす!! 複雑な家庭環境で育って、醒めた目で世間を見ているアディルが幸せになるまでの物語です 全50話(2話分は登場人物と時系列の整理含む) ※他サイトでも投稿しております ご都合主義、誤字脱字、未熟者ですが優しい目線で読んで頂けますと幸いです

冷遇された王妃は自由を望む

空橋彩
恋愛
父を亡くした幼き王子クランに頼まれて王妃として召し上げられたオーラリア。 流行病と戦い、王に、国民に尽くしてきた。 異世界から現れた聖女のおかげで流行病は終息に向かい、王宮に戻ってきてみれば、納得していない者たちから軽んじられ、冷遇された。 夫であるクランは表情があまり変わらず、女性に対してもあまり興味を示さなかった。厳しい所もあり、臣下からは『氷の貴公子』と呼ばれているほどに冷たいところがあった。 そんな彼が聖女を大切にしているようで、オーラリアの待遇がどんどん悪くなっていった。 自分の人生よりも、クランを優先していたオーラリアはある日気づいてしまった。 [もう、彼に私は必要ないんだ]と 数人の信頼できる仲間たちと協力しあい、『離婚』して、自分の人生を取り戻そうとするお話。 貴族設定、病気の治療設定など出てきますが全てフィクションです。私の世界ではこうなのだな、という方向でお楽しみいただけたらと思います。

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

処理中です...