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 ああ、私はこの人を好きになると思う。
 体が怠くて、熱くて、思考がおかしくなっていると分かるけれど、それでもそう思う。
 私は、この人をきっと好きになってしまう。
 前世で読んだ小説や漫画に出て来るヒロインは、何故かすぐにヒーローを好きになってチョロインなんて言われていたけれど、今の私はそれに近いのかもしれない。

「ジジ、解毒のお茶を。貴方たちはドレスを片付けて」

 意識があるうちに解毒しなければと、ジジに指示を出し他のメイドには片付けを頼む。
 ジジにはまだここに居て貰わないといけない。

「畏まりました」

 私の声に返事をした後、すぐに動き始めるメイド達の動きを見つめてから、ジジは座ったまま体の向きを変え私が倒れ込まない様に両手で支えながら立ち上がる。
 旦那様が私の肩を掴んでいるのだから、ジジが立ち上がっても私は倒れ込むことはないけれど。
 それでも旦那様は不安なのか、ベッドの端に座るなりジジの手を外し、片腕を私の背中に回して自分の方に引き寄せた。
 逞しすぎる体に似合うがっちりした腕は、とてもしっかりと支えてくれて安定感が抜群だ。
 私は安心して体の力を抜いた。

「すぐにお持ちいたします」
「申し訳ありません。解毒茶を飲むまで体を支えていて頂けますか」

 ジジの声に小さく頷いた後で、旦那様へ視線を向ける。
 旦那様は、不安そうな目をして私を見つめている。
 辛そうに見えるだろうし、実際私の体は辛いけれどこんなの慣れているからここまで心配される必要はない。

「分かった。申し訳ない、私のせいでこんなに無理をさせてしまった」
「これくらい、旦那様のお役に立てるなら本望ですわ。それに慣れておりますから平気です」

 話すのも面倒だけれど、しょぼくれた旦那様をこのままにもしておけないから、へらりと笑う。
 治癒魔法を使えば簡単に治るけれど、毒の耐性も消えてしまう。
 折角幼い頃に苦しみながら耐性をつけたのに、今消してしまったら苦労が無になってしまうから使えない。
 顔の傷はどうしようか、王女殿下のやらかしとしてしばらくこのままにしておいた方がいいかな。
 陛下の出方も見てみたい気がする、王女のやらかしを謝罪するかしないのか。

「慣れているから、なんて言わないでくれ」
「でも事実慣れておりますから」
「慣れていても辛いのは変わらないっ! あなたに負担を強いた私が言える立場ではないが、どうか自分を大切にしてくれ。慣れているから平気だなんて言わないでくれ」

 本当にこの人は良い人過ぎる。
 私は打算で傷を残そうかと考えているのに、彼はこんなにも私を心配してくれているのだから。

「私苦手なのです」
「苦手?」
「ええ、自分に優しくするのが苦手なのです。だから旦那様が私に気遣って下さいますか」
「私がしても良いのか? 結婚式すらまともにさせてあげられ無かった不甲斐ない私が」

 家族は私を大切にしてくれたけれど、毒の耐性をつけるための苦しみは仕方がない事と諦めていた。
 何せ婚約者が一番信用できなかったのだ
 陛下が私と王太子の婚約を決めた理由を、王太子は全く理解していなかったから、結婚しても私を害そうとする可能性があった。
 幸せになれる未来が全く期待できない状態から一転、この人は私をこんなに心配してくれる。

「旦那様に優しくて頂けなければ、私は悲しくて心を壊してしまうかもしれませんわ」
「えっ、そ、そんな。駄目だ遠いところから嫁いで来てくれたのに、あなたが不幸になるのは駄目だ」
「旦那様が私を愛して下さるなら、私はそれだけで幸せになれますわ」

 私は旦那様に、元気でいて欲しいと思っている。
 王太子と比較したら、大抵の男性は好ましく見えるのかもしれないけれど、多分他の男性にはこんな風な気持ちにはならないだろう。

「幸せにしたい。私は頼りないと思うけれど、あなたを幸せにしたい」
「私も旦那様を幸せにしたいわ」

 旦那様にチョロインという言葉が頭の中に浮かぶ、男性の場合は何ていうのだろう。
 幸せにしたいと言いながら、恐る恐るもう片方の腕も私の体に近付けて、そっと私を抱きしめる旦那様はとても可愛い。頭を撫でてよしよししたくなる。
 この気持ちは、可愛い犬を溺愛する飼い主のそれじゃないかと思い直す。
 旦那様のしょぼくれた顔が、前世飼っていた犬の顔を思い出させてしまうから困る。 
 
「もうこの屋敷に王女殿下が現れることはないだろう」
「そう願います。凄い方ですね、王女殿下。あの自信は素晴らしいです、旦那様から好かれていると疑ってすらいらっしゃらないんですね」

 旦那様の声はすべて棒読みで、感情なんてどこにも籠っていなかったというのに自分を好きだと信じ込んでいるのだから大したものだ。
 私なら無理だ、旦那様の感情の無い声で反応されたら心が折れると思う。

「王女殿下は昔から独りよがりで、自信過剰な方なんだ。すべての貴族令息は自分を好きだと信じていた」
「それはとても素晴らしい自信です。私には真似出来ません」

 どんな教育をしたらそうなるのだろう、いや私の元婚約者の王太子殿下もそうだった。
 あの二人似た者同士だからもしかしたら上手く行く組み合わせなのかもしれない。
 ふふっと笑いながらも、私は意識を保つのに必死だった。

「あんな真似、王女殿下以外の誰も出来ないだろう。自分は世界中のすべてから愛されていると自信を持っていらっしゃるのだから」
「そうですか、だとすれば私からはかなり遠い存在だと思います」

 ふらふらする。
 世界が回る。
 
「旦那様の立場が悪くならないのであれば、私はそれで十分です」

 へらりと笑う。
 間抜けな顔だろう、もう表情を取り繕う余裕すらない。
 解毒茶を待つ余裕ももはやないけれど、ジジなら私が意識を失っても上手くやってくれるだろう。

「無理をして話さなくていい。すまない、無理をさせて本当にすまない」
「いいえ、これは夫婦で協力して問題に取り組んだ結果です。気になさらないで下さい」

 しょんぼりとした、耳を伏せて泣きそうな顔。
 前世飼っていた犬が、年を取って粗相した時良くこんな顔をしていた。
 私はあの子が生きていてくれるだけで嬉しくて、粗相なんて気にもしていなかったというのにあの子は片づける私を見ながらしっぽを丸めて居心地悪そうにしていた。
 大好きだったあの子、私が辛い時も悲しい時も側に居て慰めてくれた愛しい子、旦那様はあの子に良く似ている。

「そんな顔なさらないで下さいませ。私は大丈夫ですから」
「でも辛そうだ。解毒茶を飲んだら、本当に問題はないのか」
「ええ、大丈夫です。私は毒に慣れておりますから」

 私を抱きしめるたくましい腕は、なんていうか安定感があってとても落ち着く。
 私の額に張り付いた前髪をそっと指先で摘み私の耳に掛ける仕草。
 心配そうに見つめる目も、何もかもが愛おしい。
 うーん、私熱で思考が馬鹿になっているかもしれない。

「私は大丈夫です。心配なさらないで」

 呼吸が苦しいのを我慢して微笑むと、旦那様の顔がくしゃりと歪む。
 そんな表情すら愛おしい。

「大丈夫ですよ、大丈夫」

 言いながら意識が遠のいて行くのを感じていた。
 解毒茶は間に合わないかもしれない、でも私はジジを信じる。
 ジジなら、私が気を失っても何とかしてくれるだろう。

「大丈夫ですよ」

 旦那様に向かって微笑み続けながら、私は元気になったら旦那様を沢山甘やかしてあげようと心に誓いながら意識を手放したのだった。
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