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「え、これ戦争になっちゃうの?」
「そうそう、嫁いで行った不遇令嬢が王女の婚約者だった夫に蔑ろにされて心を壊して死んじゃうのよ。そして実の兄が仇討ちしようとするの。両親も兄も令嬢を愛してなくて寧ろ虐めまくってたのに、可愛い妹が不憫だとか何とか言って戦争の理由にするの。両国の国交の為だというのに冷遇するとはとか言ってね」
「へえ、それが戦争のきっかけ?」

 なんだろうこれ、何だか懐かしい声がする。

「大好きだった王太子との婚約を白紙にされて、泣く泣く嫁いだ先で冷たくされちゃうんだよ。不遇令嬢で不遇嫁ポジとか可哀想すぎん?」
「あれ、この本のヒロインはその不遇令嬢じゃないんだよね、死んじゃうんだから」
「違う違う、王女も悪役でヒロインは死んじゃった不遇令嬢の娘」
「娘? 冷遇されてるのに娘がいるの?」

 え、娘。
 私娘を産むの? 夫、あんな茶番する人なのに?
 いや、私に嘘だと教えてくれるんだから、優しくはあるのかな。
 知らされてないまま罵られてたら、後から言われても信じられなかっただろうし、物凄く傷ついただろう。
 だって私、傷付いてはいないけれど、もの凄く怖かったもの。

「とにかく読んでみて、面白いから」
「分かったよぉ。でも私本読むの遅いから、長く借りちゃう事になるよ」
「大丈夫、それは布教用だから、自分のは別にある」

 そうだった、この子好きな本は保存用、読みまくり用、布教用って三冊買う人だったんだっけ。
 私は体が弱くて学校も休みがちだったし、バイト出来る体力皆無で趣味にお金掛けられなかったから、彼女が沢山貸してくれる本が娯楽だったんだっけ。

「いつもありがとう。お返し出来るの無くてごめんね」
「そんなの良いってば、クッキー作ってもらったもん。私あなたが作るお菓子大好きっ。それに私の萌え語りに付き合ってくれるのも助かってるんだからぁ。私萌えは共有したいのよ!」
「そうなの? お話聞くの楽しいから萌え共有は私も嬉しいよ。でもお菓子はママの料理教室で余った材料貰って作ってるだけなのに、いいの?」
「良いに決まってるし、材料費払うって言ってるのに受け取ってくれないし。でもお菓子作るの体力いるでしょ大丈夫なの?」
「仕事で作るんじゃないから大丈夫だよ。作るのは体調が良い時だし、今ねシフォンケーキ練習してるの。今度学校に持っていくね」
「楽しみにしてる!」

 そうだ、本借りて読んだの。
 それが私が今いるこの世界、私は婚約解消され他国に王命で嫁いだけれど、冷遇され子供を産んですぐに亡くなった不遇令嬢だった。
 結婚しているのだから令嬢は変だわね、不遇夫人かしらそれもなんだか変ね。
 それにしても、これは夢なの? それとも現実なの?
 まさか、本当に本の中の世界に生まれ変わったの?

「お嬢様、お可哀想にこんなにうなされて」

 よく知っている声がする。
 冷たい布が額にそっと置かれて、気持ちよさに頬が緩むのは体も頭も熱いせいだろう。

「お嬢様、汗をお拭きしますね」

 そっと首元を拭われる。
 これも冷たくて気持ちいい。
 そう言えば、熱を出した時お母さんがこうやって看病してくれたっけ。

 え、お母さん?
 お母さんというのは、平民がお母様を呼ぶ時に使う言葉だと聞いたことがある。
 私はお母様としか呼んだことはない筈。

  え、お母様?
 私そんな風にお母さんを呼んだ事無い、小さい頃はママだったけど、高校生の頃からお母さんに変えたの。

 いいえ、お母様。
 違うわ、お母さんよ。
 どうして違うの、何が違うの。
 私は誰、何なのこの記憶の相違は。

「お嬢様はこんな酷い熱を出す程に酷い事をされたのでしょうか」
「寝具が血まみれだったわ。控えの間にあの方のお声が聞こえる程の大声で罵声を浴びせられていたとか。叩く音が聞こえていたとか、お嬢様が止めて痛いと叫ぶ声もしていたと。こんなの酷すぎるわ旦那様へ至急ご連絡して、離縁をお願いしましょう」

 話し声がする。
 離縁を願う? 誰の、私のだわ。

「駄目よ……」

 息が苦しい。
 目を開けようとするけれど、それさえ辛くて薄くしか開けない。

「お嬢様、気が付かれたのですね」
「離縁は駄目。あなた達騒がないで、私は大丈夫。この結婚は……国と国との契約も同じ、嫁いだ日にお父様へ離縁を願う手紙なんて出したら駄目よ」

 それだけ言うだけで、私の力は尽きかけていた。
 それでも気力を振り絞り、意識を保つ。

 話している内に理解した。
 お母さんと呼んだ私も、お母様と呼んだ私も同一人物、ただ生まれた世界が違うだけ。
 日本で生まれ育った私は、理由は覚えていないけれど死んで生まれ変わった。
 この世界は、前世友達が夢中になっていた小説の世界だと思う。

 嫁ぎ先で冷遇され、ヒロインを産んで死んでしまう。
 そして、私の死が戦争の引き金になってしまう。
 でも、本当に小説の世界なのだろうか。
 私と王太子殿下の婚約は、互いを好きだったわけではない。
 王家が、聖女の治癒魔法の能力を王家の血筋に取り込みたかっただけ。
 王太子はこの国の王女に望まれてすぐに私との婚約を解消しようとする程、私への思いは皆無だった。
 それに私は家族に愛されていたから、そこも小説とは違う気がする。
 たまたま似た世界に生まれ変わったのだろうか。

「お嬢様」
「大丈夫、ちょっと衝撃があり過ぎただけ。あなた達もっと近づいて」
「はい」
「いい、これは他言無用。あなた達を信用しているから話すわ」

 誰に聞かれているか分からないから、小さな声で話し始める。

「畏まりました。絶対に誰にも話したりいたしません」
「まだ、私は彼と本当には夫婦じゃないわ。あれは彼の芝居」

 話すのも辛い、体が辛くて死んでしまいそう。
 でも、力を振り絞り話す。
 戦の切っ掛けになってなりたくない。

「芝居? ではあの血は」
「彼が自ら腕を切り血を流したの。私に罵声を浴びせた振りをし、乱暴を働いた芝居をしたの」

 ひゅっと息を飲む気配がして、暫く間があった後二人は口を開いた。

「それは、見張りが居たという事ですか。だから叫び声や叩く音がしていたと知っていたのですね 控えの間に聞こえる程だったのかと」
「お前達に誰が言ったの」
「私達は控えの間から追い出されてしまったので、こちらの部屋で待機していたのですが、呼びに来たメイドが心配そうに教えてくれました。そういえば知らない顔でした。挨拶した使用人の中にあの人はいませんでした」

 盗み聞きしていたメイドが呼びに行ったのか、まさか私の侍女達を遠ざけていたとは思わなかった。

「多分お前達にどれだけ悲惨な初夜だったか教えるためなんでしょうね。でも安心して、嘘よ。彼は、私に今からするのは本心ではないと書いた紙を見せながら怒鳴っていたわ」

 あれ、本人はとても真面目な顔で行っていたし、私に対する誠意だと思うけれど、どうしようもない茶番だったと思う。

「それは、あの、理由は分かり兼ねますが、誠実なお方なのかと」

 ジジが思わずといった感じに吹き出した。気持ちは分かるけれど目の前であれをやられた私は笑い話には出来はしない。

「笑っている場合じゃないわ。この屋敷なのか、この国なのか分からないけれど、私が幸せになると困る人がいるという事なのよ。幸いなところ彼はそれに同意していない様だけれど」
「それは、確かにそうですね。初夜に怒鳴り声など」

 私がこの国に嫁いだ理由を考えたら、そんな真似出来る筈が無いというのに。
 夫になる彼が本心から乱暴を働いたわけではないとすれば、一体誰がそれを強要したというのだろう。

「お前達は動きの制限はされている?」
「いいえ、特には」
「じゃあ、密かに情報を集めて。出来る?」

 今の私には情報が少なすぎる。
 これでは迂闊な事は出来ない、私が寝込んでいる間に情報を集めなくては。

「畏まりました」
「頼むわ。お父様に何か願うとしても、情報を確認してからよ。迂闊には動けない、分かったわね」

 絶対に戦争は避けなくてはいけない。
 そのために、私は生きなくてはならない。

 侍女達へ指示を出した私は、やっと安心して意識を手放せたのだった。
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