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影の葛藤 後編
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「エルネクト殿下の命を繋いだのは、レオンハルト殿下の愛情です。分りにくいでしょうけれど、レオンハルト殿下は、今もエルネクト殿下を慈しんでおいでです」
先程、フォルード殿に言っていた言葉を思い出しながら、暗い天井裏に潜みひとりエルネクト殿下へと囁く。
「仲が良くない兄妹なんて沢山いるだろうね。貴族とか平民とか関係ない。でも血の繋がりをもって生まれたのに憎み合うのは悲しいだろう。死ぬ時に、本当は仲良くなりたかったと言っても遅いんだよ。だから願ってしまうんだ。状況が許さないにしてもね」
あれは本当にフォルード殿とエバーナ様へ向けて言った言葉なのだろうか。
王妃様の言葉で傷付いておられたエルネクト殿下は、レオンハルト殿下へ羨望と共に悲しみや憎しみを持ってしまったのではないのだろうか。
状況が許さないというのは、本当はお二人の事ではないのだろうか。
殆どの人間はレオンハルト殿下を王太子にと望み、第二王子のエルネクト殿下を軽んじている。
完璧すぎるレオンハルト殿下は近寄りがたく、親しみがないと言いエルネクト殿下こそが王に相応しいという声もあるが、そんな者は一部だ。
この国で王と王太子の立場とその他では、王家の血を継いでいても大きく意味が異なる。
だからこそ、エルネクト殿下は幼いころからその違いに苦しんでこられたのかもしれない。
その苦しみを決して殿下は表に出そうとはし無かった。
一人になっている時でも、それを出す事は無かった。
だから気がつかなかったのだ。
「子供だって死ぬ時は死ぬ。その時に後悔しても遅い」
「私の周囲にいる学友達は、兄上へ近付く足掛かりとして私の傍にいるのだと思っていた」
「私の存在意義はなんだろうと考え悩んだ事もある。悩んだ末に君たちの事を割り切ろうとしてそういう付き合いをしてきた」
先程の殿下の言葉が頭の中をぐるぐると回る。
俺は何を今まで見てきたのか、幼い殿下がずっと悩んでいた事すら気がつかず、ただ見守っている気になっていたのか。
「だから、兄上が出来ない事をたった一つでも自分が出来たというのは、嬉しいというかホッとしてしまったのです。でも、こんな考え方をするから愚かだと言われるのだとも同時に自覚して、そうしたら自分が可笑しくて。自信が無いにも程がありますね。だから、従者や護衛の主となる自信すら持てないのですね」
殿下の自虐的とも言える言葉に、知らず拳を握りしめ歯を食いしばっていた。
俺はずっと傍にいたのに、殿下の苦しみを少しも理解していなかったのだ。
「エルネクト殿下、あなたはまだたった十歳の子供です。急いで大人になる必要などないのですよ」
それでも、王家の子供は、いいや、エルネクト殿下がレオンハルト殿下の弟でいる限り、十歳の子供と甘えてはいられない。
そう、周りの大人達が仕向けたから。
そう、周りの大人達が強いたから。
「確かに十歳の子供でしかありませんね。じゃあ、暫く考えない様にします」
リリーナ様にそう返事をする、エルネクト殿下の声は冷静だ。
変声期前の高さのある子供の声で、冷静に即答する。
「私からご両親にこの件について、先程のお話を含めてご報告は致しません。お二人に心の内をお話するかどうか、エルネクト殿下ご自身でお考え下さい」
「ありがとうございます」
「でも一つだけ忘れないで下さい。エルネクト殿下、あなたのご両親はあなたを愛し大切に思っているということを。その愛情を疑わないで。王位継承者としてレオンハルト殿下を陛下以下すべての人間が優先していたとしても、それはレオンハルト殿下へより愛情があるからではないということを」
わざとリリーナ様は、両親と言った。
陛下も王妃様とは言わず、立場では無く殿下の親として愛し大切にしているのだと言っているのだと理解した。
「分っています。頭では理解しているのです。でも、心がついていかないのです」
苦しそうにそう言った後、殿下は少し躊躇して言葉を続けた。
「いつか父上と母上に自分から話しをします。これは他人の口から伝えて欲しくないのです。自分から話しておいて我が儘ですが、どうかお願いします」
これはリリーナ様だけに言っているのではない?
俺にもそうして欲しいと、そう言っているのか。
「ええ。約束を違えることは致しません」
「ありがとうございます」
悩んだ末、コツリコツリと持っていたナイフの柄で、天井裏を打った。
俺は陛下の影、エルネクト殿下についているのは、殿下を守る為であり殿下の今後に憂いが無い様、行動に問題が無いか確認し陛下へお伝えする為でもある。
だから、本当ならこの件も報告しなければならない。
レオンハルト殿下への葛藤など、憂いの種とも言える事なのだ。だから、本当であれば逐一報告しなければいけないのだ。
でも、それでも他人の口から伝えて欲しくないという殿下のお気持ちを大切にしたい。
「ありがとう」
小さく、俺に向けてそう言った殿下の声に俺はある決意をし、コツリとまた一つ天井裏を打った。
「陛下。私をどうか今後エルネクト殿下の配下となる事をお許し下さい」
「エルネクトの、お前が。いいのか、影の長となるには王太子の影になる必要があるぞ」
「長の地位を望んでいました。その為の努力はしてきたつもりですし、力がないとも思いません。ですが、私は長の地位よりもエルネクト殿下の配下となりたいのです」
「そうか、なにがあったのかとは聞かないが、これはあの子の成長の証なのだろうな」
にやりと陛下が笑う。
何かを見透かしたような、その笑みにゾクリとした。
「と、言いますと」
「あの子に付けていた、従者と護衛二名が専属を願い出てきた。そろそろ必要だと人選していたところだったが、自分から願い出るとは思わなかった者ばかりだ」
「優秀だが、それ故にエルネクトを軽んじているところがあった者ばかりだ。わざと選んであれに付けていた。私は酷い父親だな」
「どうしてとお聞きしても」
軽んじていた? あの従者や護衛が、確かに殿下につき始めた二年ほど前、その頃はそういう行動もあった気がする。
それは俺も同じだったのか。
「エルネクトは第二王子であるが故、常にレオンハルトと比較されている。あの子は聡明だが人が良すぎて傷付きやすい。それでも甘やかすわけにはいかないのだ。第二王子という身分を捨てるのでなければ、一生それはついて回る。レオンハルトが私の後を継ぎ、後継ぎの子が生まれてもだ。この国の臣下は一枚岩ではないからな。だから、酷でもあの子は自力で己の忠臣となる者を見つけなければならないのだ」
「まだ幼いというのに、それを望むのですか」
「幼いからこそだ。私や王妃が信じられる者を揃えるのは簡単だ。でも、それではいけないのだ。あの子を守る盾となる者、あの子の知となる者、その生活を支える者、それらは他がそれを強いた者であってはいけないのだ。他に忠義を持っている者が予備と言われる者に忠義を尽くすか、我が主だと心を捧げるか。出来ぬだろう」
それでも、そのせいでエルネクト殿下は悩んで苦しんでおられるのではないのか。
「苦しむ子を見るのは辛い。だが、甘やかして考える力を奪ってはならぬのだ。あれが国を治めなければならぬ未来がくるやもしれぬ。余が死んで、レオンハルトが死んで、その時周りに信用するに足る者がいなければどうする」
「エルネクト殿下の未来の為に、陛下はお心を鬼にしておられたのですね」
話さずとも陛下は殿下の苦しみをご存知だったところか、殿下の苦しみは陛下の想定していたものだったのだ。
それは、殿下を愛しているが故の行ないだったのだ。
「予備と陛下はお考えですか」
「愚かな。何事にも備えは必要だ。それが出来ねば国が揺らぐ。父親である前に余は王なのだ。打てる手をすべて打つのは当然の事。だが、レオンハルトもエルネクトもフロレシアも、生まれたばかりのあの子も、誰も替えが聞かぬ余の大切な子供だ。誰一人欠けてはならぬ。大切な愛してやまない余の子供達なのだ」
陛下のお心を聞いて、俺は自分の考えの浅さを恥じた。
騎士であった時、陛下に剣を捧げた。
影になり、臣下の誓いを更に捧げた。
それは今日終わる。
「私は生涯エルネクト殿下に影として忠誠を誓い、二心なくお仕えする事を誓います」
「その誓い受ける。その命を持ってエルネクトに仕えよ」
俺は今日から、エルネクト殿下の影となり生きる。
先程、フォルード殿に言っていた言葉を思い出しながら、暗い天井裏に潜みひとりエルネクト殿下へと囁く。
「仲が良くない兄妹なんて沢山いるだろうね。貴族とか平民とか関係ない。でも血の繋がりをもって生まれたのに憎み合うのは悲しいだろう。死ぬ時に、本当は仲良くなりたかったと言っても遅いんだよ。だから願ってしまうんだ。状況が許さないにしてもね」
あれは本当にフォルード殿とエバーナ様へ向けて言った言葉なのだろうか。
王妃様の言葉で傷付いておられたエルネクト殿下は、レオンハルト殿下へ羨望と共に悲しみや憎しみを持ってしまったのではないのだろうか。
状況が許さないというのは、本当はお二人の事ではないのだろうか。
殆どの人間はレオンハルト殿下を王太子にと望み、第二王子のエルネクト殿下を軽んじている。
完璧すぎるレオンハルト殿下は近寄りがたく、親しみがないと言いエルネクト殿下こそが王に相応しいという声もあるが、そんな者は一部だ。
この国で王と王太子の立場とその他では、王家の血を継いでいても大きく意味が異なる。
だからこそ、エルネクト殿下は幼いころからその違いに苦しんでこられたのかもしれない。
その苦しみを決して殿下は表に出そうとはし無かった。
一人になっている時でも、それを出す事は無かった。
だから気がつかなかったのだ。
「子供だって死ぬ時は死ぬ。その時に後悔しても遅い」
「私の周囲にいる学友達は、兄上へ近付く足掛かりとして私の傍にいるのだと思っていた」
「私の存在意義はなんだろうと考え悩んだ事もある。悩んだ末に君たちの事を割り切ろうとしてそういう付き合いをしてきた」
先程の殿下の言葉が頭の中をぐるぐると回る。
俺は何を今まで見てきたのか、幼い殿下がずっと悩んでいた事すら気がつかず、ただ見守っている気になっていたのか。
「だから、兄上が出来ない事をたった一つでも自分が出来たというのは、嬉しいというかホッとしてしまったのです。でも、こんな考え方をするから愚かだと言われるのだとも同時に自覚して、そうしたら自分が可笑しくて。自信が無いにも程がありますね。だから、従者や護衛の主となる自信すら持てないのですね」
殿下の自虐的とも言える言葉に、知らず拳を握りしめ歯を食いしばっていた。
俺はずっと傍にいたのに、殿下の苦しみを少しも理解していなかったのだ。
「エルネクト殿下、あなたはまだたった十歳の子供です。急いで大人になる必要などないのですよ」
それでも、王家の子供は、いいや、エルネクト殿下がレオンハルト殿下の弟でいる限り、十歳の子供と甘えてはいられない。
そう、周りの大人達が仕向けたから。
そう、周りの大人達が強いたから。
「確かに十歳の子供でしかありませんね。じゃあ、暫く考えない様にします」
リリーナ様にそう返事をする、エルネクト殿下の声は冷静だ。
変声期前の高さのある子供の声で、冷静に即答する。
「私からご両親にこの件について、先程のお話を含めてご報告は致しません。お二人に心の内をお話するかどうか、エルネクト殿下ご自身でお考え下さい」
「ありがとうございます」
「でも一つだけ忘れないで下さい。エルネクト殿下、あなたのご両親はあなたを愛し大切に思っているということを。その愛情を疑わないで。王位継承者としてレオンハルト殿下を陛下以下すべての人間が優先していたとしても、それはレオンハルト殿下へより愛情があるからではないということを」
わざとリリーナ様は、両親と言った。
陛下も王妃様とは言わず、立場では無く殿下の親として愛し大切にしているのだと言っているのだと理解した。
「分っています。頭では理解しているのです。でも、心がついていかないのです」
苦しそうにそう言った後、殿下は少し躊躇して言葉を続けた。
「いつか父上と母上に自分から話しをします。これは他人の口から伝えて欲しくないのです。自分から話しておいて我が儘ですが、どうかお願いします」
これはリリーナ様だけに言っているのではない?
俺にもそうして欲しいと、そう言っているのか。
「ええ。約束を違えることは致しません」
「ありがとうございます」
悩んだ末、コツリコツリと持っていたナイフの柄で、天井裏を打った。
俺は陛下の影、エルネクト殿下についているのは、殿下を守る為であり殿下の今後に憂いが無い様、行動に問題が無いか確認し陛下へお伝えする為でもある。
だから、本当ならこの件も報告しなければならない。
レオンハルト殿下への葛藤など、憂いの種とも言える事なのだ。だから、本当であれば逐一報告しなければいけないのだ。
でも、それでも他人の口から伝えて欲しくないという殿下のお気持ちを大切にしたい。
「ありがとう」
小さく、俺に向けてそう言った殿下の声に俺はある決意をし、コツリとまた一つ天井裏を打った。
「陛下。私をどうか今後エルネクト殿下の配下となる事をお許し下さい」
「エルネクトの、お前が。いいのか、影の長となるには王太子の影になる必要があるぞ」
「長の地位を望んでいました。その為の努力はしてきたつもりですし、力がないとも思いません。ですが、私は長の地位よりもエルネクト殿下の配下となりたいのです」
「そうか、なにがあったのかとは聞かないが、これはあの子の成長の証なのだろうな」
にやりと陛下が笑う。
何かを見透かしたような、その笑みにゾクリとした。
「と、言いますと」
「あの子に付けていた、従者と護衛二名が専属を願い出てきた。そろそろ必要だと人選していたところだったが、自分から願い出るとは思わなかった者ばかりだ」
「優秀だが、それ故にエルネクトを軽んじているところがあった者ばかりだ。わざと選んであれに付けていた。私は酷い父親だな」
「どうしてとお聞きしても」
軽んじていた? あの従者や護衛が、確かに殿下につき始めた二年ほど前、その頃はそういう行動もあった気がする。
それは俺も同じだったのか。
「エルネクトは第二王子であるが故、常にレオンハルトと比較されている。あの子は聡明だが人が良すぎて傷付きやすい。それでも甘やかすわけにはいかないのだ。第二王子という身分を捨てるのでなければ、一生それはついて回る。レオンハルトが私の後を継ぎ、後継ぎの子が生まれてもだ。この国の臣下は一枚岩ではないからな。だから、酷でもあの子は自力で己の忠臣となる者を見つけなければならないのだ」
「まだ幼いというのに、それを望むのですか」
「幼いからこそだ。私や王妃が信じられる者を揃えるのは簡単だ。でも、それではいけないのだ。あの子を守る盾となる者、あの子の知となる者、その生活を支える者、それらは他がそれを強いた者であってはいけないのだ。他に忠義を持っている者が予備と言われる者に忠義を尽くすか、我が主だと心を捧げるか。出来ぬだろう」
それでも、そのせいでエルネクト殿下は悩んで苦しんでおられるのではないのか。
「苦しむ子を見るのは辛い。だが、甘やかして考える力を奪ってはならぬのだ。あれが国を治めなければならぬ未来がくるやもしれぬ。余が死んで、レオンハルトが死んで、その時周りに信用するに足る者がいなければどうする」
「エルネクト殿下の未来の為に、陛下はお心を鬼にしておられたのですね」
話さずとも陛下は殿下の苦しみをご存知だったところか、殿下の苦しみは陛下の想定していたものだったのだ。
それは、殿下を愛しているが故の行ないだったのだ。
「予備と陛下はお考えですか」
「愚かな。何事にも備えは必要だ。それが出来ねば国が揺らぐ。父親である前に余は王なのだ。打てる手をすべて打つのは当然の事。だが、レオンハルトもエルネクトもフロレシアも、生まれたばかりのあの子も、誰も替えが聞かぬ余の大切な子供だ。誰一人欠けてはならぬ。大切な愛してやまない余の子供達なのだ」
陛下のお心を聞いて、俺は自分の考えの浅さを恥じた。
騎士であった時、陛下に剣を捧げた。
影になり、臣下の誓いを更に捧げた。
それは今日終わる。
「私は生涯エルネクト殿下に影として忠誠を誓い、二心なくお仕えする事を誓います」
「その誓い受ける。その命を持ってエルネクトに仕えよ」
俺は今日から、エルネクト殿下の影となり生きる。
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