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年が変わる夜に

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ちょっとだけ未来の話しです。
今後の話しのネタバレがありますので、予めご了承下さい。
今年もどうぞよろしくお願いします。



「エバーナ様、そろそろお休みくださいませ」

 寝支度をした後、どうしても眠れなくてリリーナ先生が作って下さった問題集をベッドの中で読んでいると、ウルクが灯りを消しにやって来ました。

「もう少しだけ、駄目かしら」

 今年一年起きた出来事を思い出していたら、何だか胸が一杯になり瞼を閉じてもドキドキしてしまうのです。

「ですが、もう夜もだいぶ遅うございますよ」

 私のお願いをウルクは問題集を取り上げる事で拒否しました。

「あ」
「ピィッ」

 ウルクに抗議するように、ピィとキキが鳴きました。
 私の方には黄色い小鳥姿の幻獣のキキが乗っていますが、魔力があまりないウルクには見えないそうです。勿論鳴き声も聞こえないそうです。
 ふわふわの羽根のとても愛らしいキキは、エルネクト殿下と王家の森に行った時に見つけた卵から生まれた幻獣です。
 私の魔力を食べて生まれた幻獣は、愛らしい小鳥の姿で私と主従契約を結びました。
 幻獣と主従契約を結べるのは、魔法使いの中でも限られた人だけだと殿下は話してくれましたが、どうして私が契約を結べたのかは分りません。
 でも、キキが傍にいてくれる様になってから私はなぜか強い魔法が使える様になりました。それまでは初級の魔法を使うのも精一杯だった私が、今では中級魔法も使えるのです。
 そのお陰で、急に早まった貴族学校の入学試験も何とか無事に合格する事が出来ました。
 殿下は、卵の状態からずっとキキに私の魔力を流し続けていたから、上手に魔力操作ができる様になった為と説明してくれましたが、それが本当かどうかは分りません。

「でも、明日はエルネクト殿下と大神殿に行かれるのですから、寝不足はよくありません」
「そうね。神官長様のお話を伺う間に眠くなったら大変ね」

 明日から新しい年が始まります。
 エルネクト殿下は、今頃大神殿でお清めを受けている頃でしょうか。
 王家の方々は年が変わる晩、大神殿でお清めを受けた後王家の森にある神殿で新しい年を迎える年迎えの儀を行なうのが、習わしだそうです。
 そうして王家の森の神殿で年を越し、大神殿で新年のお迎えの儀式を行うのだそうです。

「私が殿下と一緒に大神殿で新年のお迎えを行なうなんて、いいのかしら」

 婚約式を行なって正式な婚約者となりましたが、まだデビューすらしていない子供の私が新年のお迎えの儀式に参加するなど、本当にいいのでしょうか。

「エバーナ様はエルネクト殿下の婚約者なのですから、行きたく無い等言ってはいけませんよ。殿下が悲しまれます。それに殿下が贈って下さったドレスをお見せしなくては」
「そうね。とても素敵なドレスを贈って下さったものね。明日綺麗に髪を結ってね」

 殿下が贈って下さったドレスは、殿下の正装と同じ藤色でスカートの裾に金糸で繊細な刺繍がされていますし、ドレスと一緒にふわふわの毛皮がフードの縁についたマントも贈って下さいました。

「髪を結うリボンは旦那様が贈って下さったものを使われますか」
「勿論よ。お父様が初めて下さった品ですもの。お父様がドレスに合わせて靴とリボンを贈って下さったのよ」
「殿下は悔しがっておいででしたけれど」

 ベッドから見える場所に飾ってある、ドレスと靴を見ながらクスクスとウルクは笑っています。
 素敵な贈り物が嬉しくて、それからずっと飾っていたのです。
 飾る場所を寝室にしていたのは、リリーナ先生や殿下にこの事を知られるのが恥ずかしかったのと朝目が覚めて一番に目に入るのが嬉しかったからです。

「殿下は冗談で仰っていたのよ」
「そうでしたか。ふふふ」

 エルネクト殿下は、ドレスが収められた大きな箱を自ら私に手渡しながら「ゴレロフ侯爵がどうしても新年の贈り物をしたいと言うから、靴とリボンは仕方なく譲ってあげたんだ」と言っていたのを、ウルクは時々思い出して笑うのです。
 婚約の約束を交わしてから何度かドレスは贈って頂いていましたが、婚約式を行なってから初めて迎える新年だから、一式贈りたかったのにと少し拗ねた様に仰る様子が不敬だと思いながらも可愛くてと、笑うウルクは酷いと思いますが、お父様からの贈り物も嬉しかった私は少し困ってしまいました。

「もう、ウルク。エルネクト殿下は優しいから許して下さるだろうけれど、何度も笑うなんていけないわ」
「ふふ、申し訳ございません。さ、エバーナ様お休み下さい」
「おやすみなさい」
「幸せな夢が訪れますように」

 挨拶をして私が横になると、ウルクは灯りを消して部屋を出ていきました。

「キキ、殿下は今頃どうしていらっしゃるかしら」

 暗くなった部屋で目を閉じても、今殿下はどうしているだろうと考えてしまい眠くなりません。
 大神殿でお清めをした後、王家の森へ向かうのですから夜の森を歩くのです。
 森の中は馬車も馬も使えません。
 寒い冬の夜、森の中を歩くのは少し恐い気がします。
 護衛もいますし、殿下も他の皆様も強いと分かっていても心配でたまりません。

「神様、どうか殿下と皆様をお守り下さい」

 考えていると不安になって、神様へお祈りした後腕輪に触れました。

「ピィ、ピピピ」
「キキ?」

 キキの鳴き声に驚いて、名前を呼びました。
 腕輪に触れた瞬間、キキが急に鳴き始めたのです。

「ピィ」

 キキは返事をした後、パタパタと小さな翼を羽ばたかせ、窓の方へ飛んでいきました。

「キキ? どうしたの」

 ベッドから抜け出てキキのところへ歩くと、窓が開きました。

「これはキキの力?」

 幻獣はこんな力があるのでしょうか。
 キキに誘われるまま、バルコニーへと出ました。

「キキどうして外に。あ」

 キキの小さな体をふんわりとした光が包んでいるのが見えました。
 月の光以外の明りの無い深夜です。部屋の灯りも消えた夜この光はどこから来ているのでしょう。

「この光もキキの力なの?」

 幻獣の力がどういうものなのか、詳しい事は分りません。
 幻獣の種類によって、攻撃魔法が得意だったり回復魔法が得意だったりする様ですがまだ幼体のキキはどんな種類の幻獣なのか分らないのです。

「あれ、キキ?」
「殿下?」

 キキの光の中から、殿下の声が聞こえてきました。

「どうしてキキがここに? あれ、ナァナはどうしたの」
「エルネクト殿下」

 エルと呼んでと言われてから、半年以上経ちますが未だに恥ずかしくてついそう呼んでしまいます。
 ナァナと殿下に呼ばれるのも、本当は少し恥ずかしいのです。
 殿下はとても優しく私を呼ぶので、殿下の特別な何かになった様なくすぐったい気持ちがしてしまうのです。

「ナァナ? ナァナの声? キキ、どういう事?」
「殿下、あの。本当に?」

 キキのどういう力で声が聞こえてくるのか、殿下の前にもキキがいるのでしょうか。
 不思議に思いながら、問いかけると「どういう力か分らないけれど、本当にナァナなんだね」と殿下の声がしました。

「はい、私です。殿下」
「殿下じゃなくて」
「エル」
「うん。ナァナ、どうしてキキがここにいるの? もしかして何か困った事が? 大丈夫?」

 心配そうな声、声だけで十分その様子が伝わります。
 殿下はいつも私を心配して、守ろうとして下さるのです。

「いいえ、今頃殿下、エルがどうしているか心配していたら、キキが突然」
「そうか。まだ、大神殿にいるんだよ。今は私の清めが終わって父上達が終わるのを待っているところ」
「お一人なのですか」
「この部屋は清めが終わらないと来られないからね。従者達も入れない」
「そうなのですね」
「不安そうな声をしているね。大丈夫だよ」
「でも、王家の森には怖い魔物が」

 殿下と王家の森に行ったのは夏でした。
 あの時、護衛の人がいたとはいえ、魔法が上手く使えない私は邪魔にしかならず、魔物が襲ってくる度に殿下に守られていました。
 森に入る事も魔物を見る事も初めてだった私は、ただただ怖くて脅えていただけでした。

「私は攻撃魔法が得意だし、それより強い兄上と父上が一緒なのだから何も怖い事はないよ。だからナァナは安心して休んで。明日は新年を迎える儀式があるのだから、寝不足だと大変だよ」
「はい。でも」
「大丈夫。ちゃんと明日無事な姿で会えるから。森に行く前にナァナの声も聞けたし」
「気をつけて行ってくださいね。ご無事に戻られる様神様へお祈りしていますね」

 こんな事しか言えない私は、本当に役立たずですが祈る位しか出来ないのです。

「ありがとう。ナァナ。優しい婚約者を持って私は幸せ者だね」
「真剣に話しをしているのに、からかわないで下さい」

 クスクスと笑う殿下の声に拗ねながらそう言うと「ごめんね。心配されるのが嬉しくて」と言いながら、また笑いました。

「そろそろ、兄上がいらっしゃるかな。ナァナ、今夜は寒いから温かくして休んでね」
「私よりエルの方です。体を冷やさない様に温かくして、私に何か出来ればいいのに」

 せめて森へ行く殿下をお見送り出来たら良かったのに。
 そう考えて俯くと「ピピピ」とキキが鳴き始めました。
 
「キキ?」

 キキの体を包む光がゆらゆらと揺れています。
 
「キキ、エルに私の魔力を届けてくれる?」

 出来るかどうか分かりませんが、私はキキに向かって魔力を流しました。
 保護の魔法など私には使えませんが、殿下の魔力を私が温かいと感じる様に殿下に私の魔力が届いたら、温かいと感じて下さるかもしれないと思ったのです。

「あれ、魔力?」
「エル?」
「ナァナの魔力がキキから、流れてきたみたいだ」
「私の魔力が届きましたか?」
「うん。ナァナの魔力が届いて私を包んでくれている。とっても温かいよ」
「良かった」
「ありがとう。これで寒くない」

 殿下に届いた魔力がいつまで温かさを保つのか分りませんが、せめてほんの少しの間だけでも殿下を温められたら。

「ありがとう。ナァナ。年が変わる前に君と話せて良かった」
「私もです」
「キキの光が弱くなった。もうそろそろ終わりかな。ナァナ、良い夢を」
「エル。気をつけて」

 キキの体の光が消えて、ぱたぱたと小さな羽ばたきで私の手の中へキキが戻ってきました。

「キキ。ありがとう。殿下とお話出来るなんて思わなかったわ。魔力を届けてくれてありがとう」
「ピィィ」

 キキを腕に抱いて、真っ暗な空に大きな月が浮かんでいました。

「神様、どうぞ殿下と皆様が無事に帰って来られます様に」

 月に向かって目を閉じて祈った後、瞼を開けると月は優しい光で照らしていました。

「エル。月がとても綺麗ですね」

 離れた所にいるエルが私の声をまだ聞いていて、そして何故か照れていたなんて、知っていたのはキキだけでした。

☆☆☆☆☆
すでに年があけていますが。
大晦日のお話です。
エルは照れつつ「死んでもいいわ」と返事をしたとかしないとか。
キキを通しての二人の会話は、他の人には聞こえていません。 
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