【完結済】悪役になりきれなかったので、そろそろ引退したいと思います。

番外編

愚弟のその後3

「あの子は殿下の何を奪ったのか、今後の人生すべてをかけ自覚するべきです。殿下の愚行を諫めるどころか増長させてしまったのは、あの子と殿下の側近候補であった彼らの罪ですから」

　姉の言葉は僕の心を責めるけれど、それでも僕は心のどこかで仕方がなかったんだと心の中で言い訳をしていた。

　姉に対しての罪の意識は勿論ある。
　自分が、馬鹿だったばかりに家と姉に迷惑を掛けたのだと分かっている。
　愚かだったと反省して、馬鹿な行いを悔いてもいる。
　でも、それでも彼女への気持ちだけは譲れない大切な物だったから、矛盾はあってもそこだけは譲れなかった。

　殿下と彼女の愛は本当だった。
　僕達と彼女の友情も本当だったんだ。

　殿下は確かに王命を無視し、自分の心に従い姉を排除しようとした。
　それを姉に気が付かれて、姉が自分を犠牲にしてまで殿下の気持ちを守ろうとしてくださった。あの瞬間まで愚かな自分達の行いが正しいと信じて疑いもしなかった。
　それは悔いている。僕達は考え無しだった。

　でも、それでも彼女への気持ちだけは今も大切なものなんだ。

「でもその罪の一旦はお父様にも私にもあります。あの子の親であるお父様とお母様、姉である私が、止めなければならなかったのです。聞く耳を持たなかったからというのは言い訳にすぎません。あの子の未来を考えるなら屋敷に監禁してでも止めるべきことでした。初めての恋に冷静な判断力を失っていたのですから、それを大人が諭すべきだったのです」

　姉はなぜこんなに僕を庇ってくれるのか分からないけれど、姉の優しさに涙がとめどなく溢れた。
　聖女である姉の優しさに申し訳な差を感じながらも、姉が彼女を庇ってくれていたら等、恥ずかしいことも同時に考えていた。

「判断力を失う、あんな節操のない女にのぼせ上がる時点で結果は見えている。家を継ぐ資格も貴族でいる資格もない。あれのお陰で我が家はいい笑い者になったのだぞ。聖女のお前を取り合うならまだ分かるが、なぜよりによってあの平民の女なのだ。頭は良かったのかもしれないが、節操なく男に近寄り媚を売る。場末の酌婦と何が違う」

　悪いのは僕だ、それはわかっている。
　だけど父の言葉はそれでも許せなかった。
　場末の酌婦など酷すぎる。
　彼女は殿下一筋で、僕達は彼女に恋をしていても二人を応援していたんだ。

「お前に言われて調べたが、あの女は相当だ。金と地位があれば誰とでも閨を共にする等信じられん」
「お父様、言葉を選んで下さいませ。私は一応結婚前の女性です」
「あ、あぁ。だが、自分の息子があんな女に騙されていたなど情けなくてな」

　今父はなんて言ったんだ？
　誰とでも閨を共にする？　彼女が？　そんな筈ない。

「お父様、誰とでもというのは本当なのですか？」
「ああ、殿下の周囲の者達にはそこまでしていなかったようだが、貴族平民問わず、派手に関係していたようだな。中には婚約したつもりの者もいたようだ」
「なんてことでしょう」

　そんな、そんな筈無い。
　殿下だけが大切だと彼女は言っていたんだ。
　確かに彼女は平民のせいかのか、貴族令嬢と比べると男性との距離が近いとは感じていた。
　僕を励ましてくれた時は、寄り添って座り手を握ってくれたんだ。
　そうだ、ああいう行為が誤解を生んでいたのかもしれない。
　
「手が温かい人は心根の優しい方なのだそうですよ。あなたの事は私が理解しています」
「お父様？」
「そう言って貴族の男に取り入るのが常套手段らしい。貴族なら多かれ少なかれ打算で物ごとを考え、婚姻も政略で本心など誰にも見せない。ましてや己の弱いところなどな。あの女狐はその心理を理解して誘い込んでいたようだ」

　そんな、そんな。

「それは、殿下達にもしていたことでしょうか？」
「言葉は違っても似たような誘い方はしているだろう。それに殿下全員に同じ事を言っていたとして、彼らは秘密にしていただろうな。自分だけが特別な関係だと信じて」

　特別な関係。
　確かにそうだ、恋人よりも永遠の友達の絆は尊いと言われて、僕は舞い上がった。
　姉にどうしても勝てない劣等感、それでも彼女は認めてくれた。
　僕の手を握って「温かい手、ホッとします。そういえば……」と励ましてくれたんだ。
　だから僕は、僕を認めてくれない父より、優秀な姉より彼女を選んだんだ。
　彼女を助けたかったんだ。
　それなのに、彼女のすべてが嘘だったなんて。

「僕は馬鹿だ。何も理解していなかった」

　自分が愚かだったと、やっと本当に理解したのだった。