上 下
232 / 248

子狐達とゲルトさん3

しおりを挟む
「そうか」

 あの馬との付き合いは俺よりも当然ゲルトさんの方が長いから、辛いだろう。
 ゲルトさんは一瞬眉をひそめた後、俺に笑顔を見せた。

「馬のお陰で時間稼ぎが出来たと思えば、仕方ないことだ。気に病むな」
「ごめんなさい」

 俺が初めてゲルトさんと会ってグリームの町までの旅の間、ゲルトさんは毎日馬にブラシを掛けていた。
 長い距離を歩く日も坂道を上る時も優しく声を掛けて、馬を労わっていた。
 ニルスさんだってマリアさんだって、馬を大切にしていた。
 それを、俺がビリーさんに攫われちゃったせいで、俺の第六感が暴走して気を失っていたせいで。

「謝る必要はない。ただ覚えていてやってくれ。優しくて頭がいい子だったと」

 ぽんぽんと宥める様に俺の頭を撫でて、ゲルトさんは周囲を見渡した後一点に視線を向けた。

「あれは」
「あの、ビリーさんです。片足は失っていますが命はなんとか。今は睡眠の魔法で眠らせています」
「助けたのか?」

 助けたのかという声は、俺には殺さなかなったのかに聞こえてしまった。
 厳しい目、硬い声。
 俺はそれが見たくなくて、ぎゅっと目を瞑りゲルトさんにしがみ付く。

「ウヅ?」
「ゲルトさんが何を考えているか分かりませんが。ビリーさんを裁いていいのは俺達じゃなく狐獣人の里の人だと思うんです。ビリーさんが何を思って、何が不満でそうしたのか。何をしようとしていたのか全部聞いた上でニルスさん達が裁く。それが俺は正しいと思うんです」

 感情のままビリーさんの命を刈り取るのは簡単だ。
 拘束して眠らせているんだから、ビリーさんは抵抗が出来ないから。
 俺がビリーさんの首にナイフを一突き、そして放置すればそれで終わる。
 ニルスさんが迎えに来てくれた時は、ビリーさんオークにやられた。そう言えばいいだけだ。

「俺は自分の感情でビリーさんを、そんなの出来ない。しちゃいけないと思うんです。俺達は魔物じゃない。考えて話が出来る。理性がある。それが魔物と俺達の違いです」

 ぎゅうぎゅうとゲルトさんにしがみ付いたまま、俺自身悩んでいるからそれを肯定しようと必死に口を開く。

 許せない、許せない、許せない。

 ビリーさんが何をしたのか、何をしようとしたのか。
 それを思うだけで、心の奥底から怒りが湧いてくる。
 許せない、狐獣人の子を攫った。
 自分も同じ狐獣人のくせに。
 許せない、里に火をつけ、祠の結界を消そうとした。
 自分も里で生まれ育ったくせに。

 許せない、許せない、許せない。

 感情のまま行動したら、俺は今すぐにでもビリーさんを殺そうと動くだろう。
 だけどそれじゃ駄目だと、俺の理性が怒りの心を宥める。

 怒りの心と俺の理性は、まるで別々のものみたいに俺の中で喧嘩している。
 お互いが譲らない。
 どちらも引けない。
 だって、その引けない理由はニルスさんとマリアさんが大好きだから守りたいというものだから。

「感情を理性で抑え込む。そうして判断する、そうだな俺達は獣でも魔物でもない」
「……はい」
「俺達は感情だけで、本能だけで動かない。ビリーの罪をすべて理解して、その上で裁く」
「はい。ニルスさん達は辛いと思いますけれど」

 でも、仕方ない。
 こうする他ないんだ。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

総受けルート確定のBLゲーの主人公に転生してしまったんだけど、ここからソロエンドを迎えるにはどうすればいい?

寺一(テライチ)
BL
──妹よ。にいちゃんは、これから五人の男に抱かれるかもしれません。 ユズイはシスコン気味なことを除けばごくふつうの男子高校生。 ある日、熱をだした妹にかわって彼女が予約したゲームを店まで取りにいくことに。 その帰り道、ユズイは階段から足を踏みはずして命を落としてしまう。 そこに現れた女神さまは「あなたはこんなにはやく死ぬはずではなかった、お詫びに好きな条件で転生させてあげます」と言う。 それに「チート転生がしてみたい」と答えるユズイ。 女神さまは喜んで願いを叶えてくれた……ただしBLゲーの世界で。 BLゲーでのチート。それはとにかく攻略対象の好感度がバグレベルで上がっていくということ。 このままではなにもしなくても総受けルートが確定してしまう! 男にモテても仕方ないとユズイはソロエンドを目指すが、チートを望んだ代償は大きくて……!? 溺愛&執着されまくりの学園ラブコメです。

迷子の僕の異世界生活

クローナ
BL
高校を卒業と同時に長年暮らした養護施設を出て働き始めて半年。18歳の桜木冬夜は休日に買い物に出たはずなのに突然異世界へ迷い込んでしまった。 通りかかった子供に助けられついていった先は人手不足の宿屋で、衣食住を求め臨時で働く事になった。 その宿屋で出逢ったのは冒険者のクラウス。 冒険者を辞めて騎士に復帰すると言うクラウスに誘われ仕事を求め一緒に王都へ向かい今度は馴染み深い孤児院で働く事に。 神様からの啓示もなく、なぜ自分が迷い込んだのか理由もわからないまま周りの人に助けられながら異世界で幸せになるお話です。 2022,04,02 第二部を始めることに加え読みやすくなればと第一部に章を追加しました。

異世界ぼっち暮らし(神様と一緒!!)

藤雪たすく
BL
愛してくれない家族から旅立ち、希望に満ちた一人暮らしが始まるはずが……異世界で一人暮らしが始まった!? 手違いで人の命を巻き込む神様なんて信じません!!俺が信じる神様はこの世にただ一人……俺の推しは神様です!!

4人の兄に溺愛されてます

まつも☆きらら
BL
中学1年生の梨夢は5人兄弟の末っ子。4人の兄にとにかく溺愛されている。兄たちが大好きな梨夢だが、心配性な兄たちは時に過保護になりすぎて。

BL団地妻-恥じらい新妻、絶頂淫具の罠-

おととななな
BL
タイトル通りです。 楽しんでいただけたら幸いです。

獣人の子供が現代社会人の俺の部屋に迷い込んできました。

えっしゃー(エミリオ猫)
BL
突然、ひとり暮らしの俺(会社員)の部屋に、獣人の子供が現れた! どっから来た?!異世界転移?!仕方ないので面倒を見る、連休中の俺。 そしたら、なぜか俺の事をママだとっ?! いやいや女じゃないから!え?女って何って、お前、男しか居ない世界の子供なの?! 会社員男性と、異世界獣人のお話。 ※6話で完結します。さくっと読めます。

男装の麗人と呼ばれる俺は正真正銘の男なのだが~双子の姉のせいでややこしい事態になっている~

さいはて旅行社
BL
双子の姉が失踪した。 そのせいで、弟である俺が騎士学校を休学して、姉の通っている貴族学校に姉として通うことになってしまった。 姉は男子の制服を着ていたため、服装に違和感はない。 だが、姉は男装の麗人として女子生徒に恐ろしいほど大人気だった。 その女子生徒たちは今、何も知らずに俺を囲んでいる。 女性に囲まれて嬉しい、わけもなく、彼女たちの理想の王子様像を演技しなければならない上に、男性が女子寮の部屋に一歩入っただけでも騒ぎになる貴族学校。 もしこの事実がバレたら退学ぐらいで済むわけがない。。。 周辺国家の情勢がキナ臭くなっていくなかで、俺は双子の姉が戻って来るまで、協力してくれる仲間たちに笑われながらでも、無事にバレずに女子生徒たちの理想の王子様像を演じ切れるのか? 侯爵家の命令でそんなことまでやらないといけない自分を救ってくれるヒロインでもヒーローでも現れるのか?

傷だらけの僕は空をみる

猫谷 一禾
BL
傷を負った少年は日々をただ淡々と暮らしていく。 生を終えるまで、時を過ぎるのを暗い瞳で過ごす。 諦めた雰囲気の少年に声をかける男は軽い雰囲気の騎士団副団長。 身体と心に傷を負った少年が愛を知り、愛に満たされた幸せを掴むまでの物語。 ハッピーエンドです。 若干の胸くそが出てきます。 ちょっと痛い表現出てくるかもです。

処理中です...