ひとめぼれなので、胃袋から掴みます

木嶋うめ香

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なぜこんな1(ワルド視点)

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「ゲルトさんっ!」

 ウヅキと一緒に受付に行っていた筈のグレオが、突然食堂の入り口でゲルトの名前を叫んだ。
 その瞬間ルルが食堂全体に眠りの魔法を放つ。
 俺達以外は飯を食っている状態で眠りについた異様な状態に目もくれず、ゲルトは立ち上がるとグレオの元へと駆けた。

「ウヅに何かあったのか」
「き、狐獣人っ。分からないけどニルスさんに似た人がウヅキを、早く来てっ。ウヅキを助けて!」

 グレオは必死にゲルトの腕をつかみ受付に向かうから、俺とルルもその後に続いた。

「ニルス会頭に似た人って誰だよ」
「分からないわ。ニルス会頭の子も親族も皆良く似ているも。でも助けてって」

 俺とルルは困惑するしかねえ。
 グレオのあの慌てっぷりは昨日の一件を思い出すが、ここはギルドだニルス会頭の親族が養い子に害を及ぼすなんざ考えらんねぇ。

「ウヅキは防御壁が使えるんだ。トロールなら兎も角狐獣人に遅れをとるわけはねえだろう」

 ウヅキの魔法は驚くほど発動が早い。
 高速詠唱の俺は今までギルドの中じゃ魔法発動が早い部類にはいっていたが、ウヅキを前にしたら発動が早いなんて恥ずかしくて言えねえ。

「分からないわ。ウヅキ君がニルス会頭に似た人に防御壁を使えるかしら」
「俺には遠慮無く使ってたぞ」

 最初の日、酔っぱらってウヅキに因縁をつけた俺をウヅキは防御壁で吹き飛ばした。
 あんな小さなウヅキが上級魔法を使えるなんざ思ってもいなかったが、いざ戦ってみるとウヅキには高い身体能力があると分かったんだ。

「あの子は確かに魔法の才能があるわ、でもまだ十歳の子供よ。養い親として信じている人に似た人を害するような真似出来るかしら」

 ルルの心配は、俺達が部屋に入った瞬間本当になっちまった。

「ワルド! 彼を拘束して私はウヅキ君を診るわ」
「分かった!」

 倒れているウヅキと床にしゃがみこんだままの受付のリサ、ゲルトはウヅキを抱き上げグレオはリサのところにいる。

「お前ビリーか」
「離せ余所者がっ! おじさんはお前に仕事をさせてるみたいだが、俺に乱暴するならもう店から仕事は出さないからなっ!」
「ニルス会頭に今の状況を離した上でそうする判断するなら、俺は構わねぇよ。無抵抗な子供に乱暴してそれが正しいと言うなら、そんなところとは俺の方から縁を切らせて貰う。おい、グレオ受付の中に荒縄があるだろ、持って来い!」
「は、はい。リサさん受付入ります」

 俺の指示に返事をした後、グレオはリサに受付の中に入ると断りを入れる。
 指示を受けても勝手に中に入らねえのは、正しい判断が出来てるって事だ。
 ゲルトをすぐに呼びに来たのといい、グレオは機転がきくらしい。

「ワルドさん、ロープです」
「よし」

 大声を出しながら暴れ続けるビリーを荒縄で縛り上げるが、それでもまだ大声を上げ続けていた。

「それが本当でも胡散臭過ぎるだろ。こんな子供が俺より優秀な筈無いだろ! 俺は認めないっ! 利用価値がないから捨てられたんだろ! 親に憎まれて捨てられた様な奴が優秀な筈無いだろ!」
「優秀か優秀でないかなんて関係ない。ウヅはおれにとってもニルスさん達にとっても大切な子供だ、お前が何を言おうとそれは変わらない。リサ、奥の部屋借りるぞ。ウヅをルルに診てもらう」
「わかったわ」

 ぐったりとしているウヅキを気遣っている口調からゲルトの激昂が伝わってくるが、俺には親に憎まれての捨てられたというビリーの言葉が引っ掛かった。
 ニルス会頭が養い子にした経緯を俺は知らねえ、知らねえが会頭の身内が養い子を害し声高に叫ぶのは、関係ねえ俺でも腹が立った。

「リサ、こいつを下に入れてくる。今食堂はルルの魔法で眠らせてるから後を頼む」
「わ、分かったわ」
「怪我してんなら、回復薬あるぜ」
「少し打った程度ですから私は大丈夫です」
「ならいい。おら、立てよ歩けねえなら引き摺ってくぞ」

 ぐいっと縄を掴みビリーの体を持ち上げると、また性懲りもなく騒ぎ出す。

「こんなことしていいと思っているのか、俺は九尾の狐の……」
「ニルス会頭との付き合いは短えが、あの人は理不尽な暴力を身内だからと許す人じゃねえよ。お前がウヅキとリサにした暴力はきっちり報告してやる」

 ギャーギャー騒ぎ続けるビリーを担ぎ地下へと向う。
 地下牢にはまだ昨日の二人が入ったままだった。
 あっちはあっちでうるさいが、気にしている場合じゃねえからビリーを空いている牢にぶち込み鍵をかけた。

「さて、ゲルトを静めねえといけねえが、ニルス会頭も呼んでこないとな」

 頭を掻きながら階段を登ると、グレオが耳をぺしゃんこに伏せながら立っていた。

「ワルドさん」
「グレオ。よくやった」

 昨日の今日だ、一人でウヅキを守れるかどうか悩んだだろうがちゃんとゲルトを呼びに来た。
 
「俺じゃウヅキを守れそうに無かったから」
「自分の力量を把握して何をしたらいいか、それが判断出来るのはな冒険者にとって大事なことなんだぜ」
「はい」

 しょんぼりしているグレオを慰めながら、受付部屋に戻ると受付の机にリサがぼんやり座っていた。

「リサ」
「あ、ワルドさん」
「食堂の方はどうした」
「ギルマスが魔法を解除しに行っています。他の者達もそろそろ休憩ら戻ると思います」
「そうか」

 余計な奴らの目には触れてねえ。それだけが幸いだった。

「ウヅキはどんな様子か分かるか? ルルが診ているから心配はねえと思うが」
「意識を失っている様です。打たれた顔より、ふ、踏みつけた上蹴られた、から、体の方がっ」
「ウヅキは抵抗しなかったのか?」
「ウヅキさんは、抵抗出来なかったんです。きっと、ずっとごめんなさい、ごめんなさい母さんって、繰り返して、それで……」

 ごめんなさい、母さん?
 なんでそこでこの場にいねえ奴に謝るんだ?
 わけが分からねえ。

「とりあえず俺はニルス会頭を呼んでくる。グレオ、お前はここにいてリサに付いていろ。休憩の奴らが戻ったらリサを奥の部屋借りて休ませてやれ。出来るか」
「はい」

 頷くグレオの頭をひと撫でして、俺はギルドを出た。
 地下牢にいる三人が、何事かを話しているなど想像すらしていなかったんだ。
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