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受付嬢の心配(リサ視点)

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「ニルスさん。保証人の書類について少し補足させていただきたいのですが」

 ギルドマスターに無理矢理部屋の外へと連れて行かれたゲルトさんとウヅキさんを見送りながら、私はニルスさんに声を掛けました。

「ゲルト君はいいのかの」
「ウヅキさんを一人にするのは得策ではないと思いますので、必要と判断されましたらニルスさんからお話し頂けますか」

 狐獣人のニルスさんは、このグリームの町にある大きな商会の会頭をされています。
 とても頭が切れる方で商売の腕は確かだという話ですが、私は個人的に親しいわけではありません。

「そうか、ウヅキ君の体力と魔力についてじゃの」
「はい、それから習得魔法にあった防御壁についてです」

 大きな商会の会頭には一見分からないニルスさんを前にしていると、なんだか気が抜けてしまいそうになりますがそれはきっとそう見えるだけです。
 私は緊張しながら、話を進めました。

「先程ウヅキさんは、生命の危機があったかという私の問いを否定しませんでした。彼はまだ十歳と幼いですが、受け答えはもっと年上の様に感じます」
「そうさの、それで体力と魔力についての話とは?」
「防御壁の魔法、これをたった十歳で無詠唱で扱えるだけでなく、そのレベルが最上位。彼は無詠唱で防御壁を使っていたのではなく、無意識に使っていた。これこそが彼の魔力量が増えた要因の一つだと思います」

 そう言うとニルスさんの目が一瞬鋭くなり、私は恐怖に震えてしまいました。
 これがこの方の本当の顔なのでしょう。
 私が怯えているのを感じ、すぐに元の優しい目に戻りましたが私の恐怖は消えません。

「親は彼と一緒にいるのでしょうか」
「それを聞いてどうするつもりかのう」
「私は冒険者ギルドの受付をしていますが、この町の教会にある孤児院でも働いています。私自身が孤児院出身なんです」
「それで?」
「ウヅキさんは、ずっと親に虐待されていたのではありませんか? それも日常的に」

 虐待等が理由で魔力量が自分のレベル以上に高くなった子供は、親等から受ける暴力から実を守るために防御魔法を教えられなくても自然に習得してしまう事があります。

 防御魔法であれば問題ありませんが、稀に攻撃魔法を習得してしまい、暴力を受けた反動で攻撃魔法を相手に使ってしまうことがあるのです。

「親はいない。ウヅキ君はの、親に捨てられていたんじゃよ。ここから馬車で二ヶ月程離れた場所にある森の中に捨てられて一人で泣いているところを私達が見つけたんじゃよ」
「そんな」
「私達が見つけた時は、捨てられて半日も経っておらなかったそうじゃが、胸が締め付けられる程の悲痛な声を上げて一人で泣いておったよ。それを思い出すだけで心が締め付けられる様になるんじゃ」

 それを聞いて、先程自分のしっぽを不安そうに抱きしめていたウヅキさんの姿が頭の中に浮かんでしまいました。
 とても十歳には見えない小さな体が、その小さな体をもっと小さくして消してしまおうとでも言うように、しっぽをぎゅっと抱きかかえていたのです。
 あんな小さな子供の前で、怒鳴り声を上げるワルドさんの気持ちが理解できません。
 彼は面倒身が良く冒険者達に慕われていますが、酒癖が良く無いのです。

「そうでしたか」
「だから虐待については、分からないとしか答えられないのう。その可能性は高いじゃろうが」
「ニルスさんもそう思われるのですね」
「ああ、だがこれを聞いてお前さんは何がしたいのかの、先程ウヅキ君にした質問は受付嬢の仕事の範囲を超えているように思うがの」
「はい、それは自覚しています。ただ、もしウヅキさんに虐待をしていた方が近くにいるであれば、その方とウヅキさんの接触を避けられる様に出来ないかと」

 余計なお世話だと思いましたが、我慢できなかったのです。

「成程、それで」
「もしウヅキさんを逃がす必要があるのでしたら、孤児院で預かることも出来るかと」
「それは不要じゃよ。あの子は私とマリアの子にすると決めたんじゃ。養子の手続きも昨日終えておるよ」
「そうだったのですね。良かった」

 ニルスさんの返事を聞いて、ホッとしました。
 ニルスさんの養子に、それならあの子は守られる。
 私の様にはならないで済むのです。

「さっき出会ったばかりの子に、なぜそんなに思い入れるんじゃ?」
「私自身が虐待されて育ったからです。私は不幸なことに攻撃魔法を覚えてしまい。両親を殺しかけ捨てられてしまいました。私は自分を守るために両親へ無意識に攻撃魔法を使ってしまったんです。私の親は人族ですが、どちらかは純粋な人族では無かったのでしょう。人族は魔力があっても少量でしかなく殆ど魔法は使えませんが、私は弱い攻撃魔法が使えてしまったんです」

 人族は魔法を使える人は殆どいません。
 人族は魔法は使えない代わりに、魔道具開発に長けているというのが人族獣人族の共通認識だと思います。
 貴族なら魔力を強制的に増やして魔法を使える様にする家もあるそうですが、市井に暮らす者達は生活魔法すら使えない者が殆どだからです。
 だから人族で獣人族の様に魔法が使える者は、優秀な者と持て囃されるのです。
 
「そうだったのかの」
「親から捨てられ私は孤児院に預けられました。それからは幸せに育ちましたが、親を殺しかけた記憶と捨てられた記憶はずっと心の中に残っていて未だに消えません。大きな声で怒鳴られる事も暴力もとても怖いです」

 人族の孤児院で育った私は、山で薪を拾っている時に山賊に襲われて連れ去られ奴隷にされかかっていた時に偶然通り掛かったワイバーンを使役する獣人の魔法使いに助けられました。
 私が暮らしていた村は貧しくて、孤児院も貧しかったですが住んでいたのは優しい人達ばかりでした。
 私はその魔法使いが操るワイバーンに乗り獣人国にやって来て、今に至ります。
 魔法使いのあの人は今はこの国に居ませんが、その人の商会では私はこの町の冒険者ギルドの受付で働き始めたのです。

「それでウヅキ君を心配してくれたんじゃな」
「余計な事でしたが」
「そんなことはない。あの子には味方が必要じゃからのう。リサさんや、あの子は小さくてか弱く見えるが賢いし我慢強いんじゃ。だけれど、とても泣き虫でもあるんじゃょ。親に捨てられた傷が癒えずに毎晩魘され泣きながらながら眠っているんじゃよ。本人は気がついておらんようだがの」
「そうだったんですね」

 私にも覚えがあります。
 苦しい夢を見て夜中に何度も目が覚めました。
 狭いベッドに同じように親がない子達が一緒に寝ていたから、私は寂しいのは自分だけじゃないと諦められたのです。

「過剰に甘やかす必要はないんじゃ、だが見守ってやってくれんかの」
「勿論です」
「ありがとう」

 にこりと笑うニルスさんに、私も笑顔で応えたのです。
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