ひとめぼれなので、胃袋から掴みます

木嶋うめ香

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泣いて眠る子2(ゲルト視点)

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「眠ってしまったようじゃのう」

 馬を操りながらニルスさんが声を掛けてきた。

「はい。泣き疲れたんでしょう」

 どれだけ泣いたのか分からないが、赤くなった目元が痛々しい。
 ぐっすりと眠っている様なのに、俺の首に回した腕だけが力が入っていてそれが縋りついている様に見えて、それもなんだか痛々しかった。

「何があったんですか」
「オークが怖かったわけではないのう。ゲルト君がオークを狩っている姿を見て『ゲルトさんが恰好良すぎて俺もあんな風になりたい』と言っていた位だしの」
「え」

 ニルスさんにさらりと言われた言葉に、俺は一瞬歩みを止めて眠るウヅの顔を凝視してしまった。

「ゲルト君は強いものね。ウヅキ君が恰好良いと思うのも理解出来るわ」
「マリアさん揶揄わないでください」

 誰かに恰好良いなんて言われたのは初めてだ。
 確かに俺は同じ年頃の冒険者の中では強い方だと思っている。
 冗談でグリームの町の冒険者ギルドの中では五本の指に入る強さだと言われるけれど、そこまででは無いがそれなりには強いと思っている。
 剣術の練習は幼いころからしていたし、熊獣人は元々力が強いから重い武器を扱える。
 俺は使わないが、大きな盾を左手に持ち長剣を扱う強者も多い。
 熊獣人にとって戦う力があるのは当たり前で、だからそれに驕ることなどなかったのだ。

「とにかく、オークを狩っているところを怖がっていたわけではないんじゃよ」
「ではあの紙に書かれていた言葉が?」
「中に何が書かれていたか、私達は見てはいないんじゃがなあ。推測するにウヅキ君の母親からの手紙なのじゃろうな」

 小さな声で話ながら、ウヅの様子を窺う。
 話し声にも歩く振動にも反応せずに、ウヅは眠っている。

「俺はちょっとだけ見えました。お前は一人で生きなと書いてあるのを」

 ウヅを抱く手に力が入る。
 幼いウヅ。
 こんなに痩せっぽっちな、たった十年生きただけの世間知らずな子供を森の中に置き去りにした母親。
 何か理由があるのかもしれない、だけれどお前は一人で生きななんて書いたものを残して去る程の理由なんて、どんな理由でも許せるものじゃない。

「そんな」
「そうか」

 ニルスさん達が絶句している。
 二人はとても義理堅いし親切だ。
 ズル賢いというのが世の中の共通認識な狐獣人の中で、彼らはとても誠実で優しすぎる位に優しい。
 勿論商売人なだけあって、損得勘定は得意だけれどでも他人を陥れて利益を稼ぐような人達じゃない。

「何か理由があるのかもしれない。ウヅキ君が読んでいた手紙はかなり長かったからの。だけれど、その一文は子供に残すには辛い言葉じゃの」
「金に困って捨てたのでしょうか」
「そうさのう……。ウヅキ君は小さいがマジックバッグを持っていたんじゃ。話の途中で何故か突然今までの食料代を払っていないといいだしての。首から下げていたマジックバッグを取り出して、銅貨だけれど持っているからとな。だが手紙が入っているのは知らなかったようなんじゃよ。驚いた様に手紙を取り出して私と話していたのも忘れて読み始めたんじゃ。ただウヅキ君はあれがマジックバッグだと知らなかったようだし、中身は金が入っているだけだと思っている感じもしたんじゃ。手紙があると知って驚いている様子だったからのう」

 マジックバッグは簡単に買える様なものじゃない。
 魔道具店にだっていつもあるわけじゃないのは、作る技術を持っている奴が少ないのと材料が貴重だからだ。
 だから今売られているマジックバッグの殆どは迷宮の宝箱から発見したもので、その殆どは金持ちの商人や貴族や一部の上級冒険者等が買い占めてしまうのだ。

「読んでいる途中で涙を流し始めてのう。最後には母さん、母さんと呼びながら」
「あんな風に泣き続けていたんですね」

 俺が見たのは手紙の最後の部分だったんだろうか、読みながら泣く程の手紙。
 一般的に獣人は子煩悩だし、狼獣人や熊獣人は特にその傾向が強いというのに、こんな幼い子を捨てる様な内容の手紙だなんて。

「私達が名前を呼んでも気づかない程の泣き方でね。だから泣き止むまで見守るしかなかったのよ」
「ゲルト君が戻って来てくれて良かった。ウヅキ君があのまま泣き続けていたら可哀そうすぎるからのう」

 腕の中で眠り続けるウヅは、閉じた瞼を縁取る長いまつげを震わせて眠っている。
 眠っているのにへにょりと伏せたままの耳、だらりとしたしっぽまで全身で悲しんでいる様に見える。

「ニルスさん、俺はウヅを一人前の冒険者にしてやりたいです。側にいてやりたいです。一緒に暮らすことは出来ませんか? 部屋代も食費も俺が払いますから」

 ウヅに約束したんだ。
 一緒にいるって、俺が戦い方を教えてやるって。

「その話はもうウヅキ君にしてあるんじゃよ。グリームの町で私達と暮らそうと。のんびり行商生活をしていたが私達も年じゃからの。そろそろ楽隠居してもいいじゃろう? 部屋は余っているしの」
「そうなんですか」
「じゃが、ウヅキ君は喜んでくれたものの、自分は不審者だから迷惑をかけるだろうと言ってなあ」
「え。十歳ですよ。それが不審者だからと?」

 俺が十歳の時なんて、食べることしか考えてないガキだったぞ。

「まあ、ゲルト君が一緒に暮らすと言えば考えを変えてくれるだろうて」
「そうね。四人で楽しく暮らせるわ」

 何となく気恥ずかしい感じがしながら、俺は眠るウヅを見つめるしかなかったんだ。
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