ひとめぼれなので、胃袋から掴みます

木嶋うめ香

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初めての旅、異世界には魔物がいるんだ1

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「ウヅキ君、疲れたら遠慮せずに言うのよ」

 御者台に座るニルスさんの隣にお邪魔している俺に、マリアさんは心配そうに声を掛けてくれた。

「ありがとうございます。でも、大丈夫です。昨日も全然疲れたりしなかったですから」

 俺はマリアさんが心配してくれたのが嬉しくって、しっぽがゆらゆらしてしまう。
 安定の俺の気持ち丸わかりのしっぽの動きに、マリアさんは目を細めて微笑んだ。

 神様が俺をこの世界に送ってくれた場所、あの不思議な泉での出会いがきっかけで俺は狐獣人の行商人ニルスさんとマリアさん夫婦とその護衛のゲルトさんの旅に同行させて貰えることになった。
 地球の日本に生まれて育った俺は、神様が見守るこの世界には当然保護者なんて人もいなければ、友人も知り合いも誰も存在しない。
 そもそもどんな国があって、どんな人が住んでるのかも知らないし、獣人なんて初めて見た。
 俺は狼獣人って種族の子供らしいけれど、当然俺以外の狼獣人も知らないし見たことも無い。

 ちなみに狼獣人の子供としてこの世界に送られた俺は、狼獣人の十歳の子供にしてはだいぶ小柄らしくニルスさん達にはとっても心配されているけれど、全然元気だしなんなら日本で生活していた十歳の頃よりも健康だし食べている。
 まあ食べられているのは、ニルスさん達が食料をくれるからなんだけどね。

「そう? でも馬車に乗るのは初めてなんでしょう? 揺れて気持ち悪くなったら言ってね。その他でも何か気になることがあったら遠慮せずに言ってね」
「はい。ありがとうございます」

 気遣ってくれるマリアさんの言葉が嬉しくって、俺のしっぽの動きがゆらゆらからブンブンに変わる。
 俺の言葉よりも素直に語るしっぽの動きが有難いやら恨めしいやらだ。

「じゃあ私は中にいるわね」
「ほいほい。マリアは休んで休んで」

 ニルスさんは御者をしつつ、心配性なマリアさんを見て笑っている。
 ニルスさんの笑顔って優しい感じがして好きだな。

「はいはい、ではそうさせていただきます」

 マリアさんはそう言うと御者台側の扉を閉めて中に戻って行く。
 この馬車は箱型で、御者台側と後ろ側にそれぞれ扉がある。
 繋がれている馬は一頭、頭が良くて大人しい栗毛の馬だ。

「ウヅキ君も眠くなったら中に入って良いからの」
「ありがとうございます。でも、こうやって御者台にいるの気持ちいいからニルスさんの邪魔にならないならここに座っていたいです」
「そうかのう。確かに御者台は気持ちいい。今日は天気も良いから余計にそうじゃろう。ゲルト君は少し眠そうだけれどなあ」

 馬車に並ぶように歩くゲルトさんは、少し眠そうな顔で心配になる。
 護衛として雇われているゲルトさんは、馬車に乗るよりも歩く方が好きらしい。
 この辺りは魔物も殆ど出ないし、馬車の荷台も余裕があるのでゲルトさんが乗っても問題ないらしいけれどゲルトさんは天気が余程悪くない限りは歩く方を選ぶそうだ。
 そうなるとゲルトさんと話せるのは朝、昼、晩の食事の時位になるのが、俺としてはちょっと寂しかったりする。
 歩いているゲルトさんに声を掛けてもいいのかもしれないけれど、周囲を警戒し護衛しながらゲルトさんは歩いているわけだから邪魔したら駄目だと思うんだ。

「昨日の夜、ゲルトさん徹夜だったんですか?」
「そうさの、半分は私が番をしていたから、後半からかのう」
「そうですか、俺も番出来たらいいんだけど」

 俺は今のところマリアさんがご飯を作る時のお手伝いしか出来ていない。
 あれから浄化、水、火と生活魔法はどんどん使える様になっているし、頑張って鑑定をし続けたお陰で少し鑑定のレベルの上がったみたいだけれど、鑑定のことは三人には内緒にしているし今のところ鑑定で役に立てそうな場面も無い。

「ほっほっほ。ウヅキ君の仕事は夜はしっかり眠ることだ。狼獣人は夜型が基本かもしれないが、それでも子供の内は夜もしっかり眠ると聞くからのう」
「そうなんですか」
「そうだよ。子供は沢山食べて沢山遊んで沢山寝るのが仕事じゃよ。余裕があれば勉強も出来るといいのう」

 馬を操りながら、ニルスさんはのんびりと話す。
 俺はニルスさんと話すのも、マリアさんと話すのも好きだ。
 ゲルトさんと話す時は何故かやっぱりドキドキすることが多くて、ちょっと挙動不審になる時がある。
 なにせ、しっぽ。
 俺のしっぽはどうしてゲルトさんの側にいる時に激しくふりふりしようとするんだろう。
 このしっぽの動き、中学の頃店長の知り合いの家の犬の散歩の代行をしていた時のあの犬を思い出すんだよなあ。
 かなりお年を召したお婆さんが飼っていた大型犬、お婆さんの体力じゃ長い時間の散歩は難しいらしく俺が夕方だけ代行してたんだけど、俺が行くと物凄い勢いでしっぽを振って待っててくれてたんだよな。
 高校入る頃にその犬が亡くなって、散歩代行は終わっちゃって暫く寂しかったんだよなあ。
 お店によく来てたお客さんの犬も、俺が近づくとしっぽを振って歓迎してくれた。
 今の俺、あれと同じなんだよねえ。どうしたらいいんだろ。

「どうしたのかの?」
「え。あ、あの。俺ね、ゲルトさんとお話してる時しっぽがね」

 日本での記憶を思い出してちょっとしょげてしまった俺を見てニルスさんが尋ねるから、俺は慌てて話題を変えた。

「しっぽ?」
「うん。俺のしっぽ凄くふりふりってなるでしょ。あれが、なんだか恥ずかしくて」
「ああ、ウヅキ君のしっぽは正直者だからのう。だが子供の頃はそんなものだよ」

 ゲルトさんのしっぽは短くてズボンの中だそうだから分からないけれど、ニルスさんとマリアさんのふさふさのしっぽは大人しい。俺みたいにフリフリしてないんだ。
 これって子供と大人の差なのかな。

「そうなんですか。俺、耳もしっぽも……」
「子供はそれでいいんじゃよ。幼い獣人は動きを制御するのが苦手なものさ。むしろウヅキ君の年で制御できる方が心配だのう」
「心配、ですか?」
「ああ。幼い獣人に制御するように誰かが仕向けたということじゃからな」

 そうか、制御は大人になるにつれ覚えていくものなのかもしれない。
 それを俺みたいな子供の内から出来ているのは、誰かに強制してそうさせられたということなのか。

「じゃあ、まだこのままでいいですか?」

 言ってる傍から耳がへにょりとしてしまう。
 ああ、俺不安なんだ。
 俺の感情まるわかりの耳としっぽが、三人に不快にならないか。

「勿論だよ。それにゲルト君は安心していると思うからのう」
「安心?」
「ウヅキ君がゲルト君と話す時にしっぽが揺れているのは、話すのが嬉しいからだろう? 怖がっていたらしっぽは萎縮して足の間に入り込もうとするからの」
「あ、ああ、そういえば」

 確かに怖いと思うとそうなりがちだ。
 本当にしっぽって、感情まるわかりなんだ。

「ゲルト君は身体が大きいから、小さい子供に怯えられが辛いらしくての。だから、ウヅキ君のしっぽの反応は彼にとっての安心につながる。分かるかの?」
「はい。分かりま……。あれ? 何か走ってきます?」

 俺、かなり目がいいんだろうか?
 遠くから何か変な物がこちらに走ってくるのを、見つけてしまったんだ。
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