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お別れに
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「王妃は病に倒れた」
陛下の声に目元だけを黒い仮面で覆った黒装束の者達が音もなく現れ、王妃様を一人が抱き上げると扉とは違う方向へ歩き始めました。
「お義兄様っ!私はあなただけを愛しています。死んでもなお愛し続けますっ!」
暴れる王妃様を黒装束の者達はものともせずに歩き続け、やがて壁の向こうに消えていきました。
「王妃はこれより病の治療の為王妃の宮を出て離宮にと移り、五ヶ月後治療のかいなく儚くなる。フィリップは治療の付き添いとして王妃と共に離宮に向かい、病が移りそれがもとで命を落とす」
「畏まりました」
疲れきった表情を取り繕う事なく立ち上がると、陛下は一人言の様に告げました。
神の裁きは表には出せません。
王妃様の罪も同じです。
「王妃の罪は許せるものではないが、精神操作の魔法による罪を王家の者が犯した等はとても公表出来ぬ。故に耐えよ」
「裁きの場に居ることを許されただけで十分でございます」
お父様が臣下の礼を取るのに合わせ私達もそれぞれ礼を行う。
「アヌビートはこれより北の砦に居を移す」
「陛下、温情に感謝申し上げます。罪の償いには足りませぬが一人でも多くの命を救うため全力を尽くすことを誓います」
「うむ。連れていけ」
アヌビートを連れ、第二王子殿下が部屋を出ていきました。
「フィリエ伯爵」
「はい」
「フィリップを頼む。甘ったれでどうしようもない馬鹿だが、それでも私の弟だ。これに平民暮らしは難しいだろうが、好いた娘と添い遂げられるように、厳しく導いて欲しい」
王太子殿下はそう仰った後、フィリップ殿下を立たせました。
「陛下のお気持ちを受け止めよ」
「はい、もうご尊顔を拝する事はできませんが、私の忠誠は陛下の下に」
「そう畏まったお前を見るのは不思議な気がするが、元気で暮らせよ」
「は、はい」
王太子殿下はフィリエ伯爵を伴い部屋を出ていきました。
「余は王妃の葬送の儀を行った後、あれと同じ量の神の裁きを飲む」
部屋を出ていく二人を見送った後発せられた、陛下の恐ろしい言葉に私達は何も言えずそのお顔をただ見つめていました。
王妃様と同じだけの神の裁きを飲むということは、五か月もの間苦しみ続けるということです。
「あれをあんな風にした罪は、余にある。あの場に余の妃になるのを厭う娘がいるなど考えもしなかった。本当は選ぶべき令嬢は別にいたのだ、それを私は人生ただ一度の我が儘だと言って自分の望みを通してしまった。王妃が他に好いた相手がいるなど想像もしていなかったのだ。あの場にいた者達はすべて余の妃になりたいと、各家の策略や己の意思でそう思っている者達だと信じて疑いもしなかった。選ばれたくない等考えている者がいるなど思いもしなかったのだ」
あの場とは、陛下の妃を選ぶ為の茶会、王妃様が陛下に見初められた茶会を言っているのでしょうか。
「陛下」
「侯爵、そなたの息子の命を奪い、娘の幸せを潰しかけたのは余のせいだ。それでだけでなく、母上の命を縮めたのも余があれを妃にと望んだせいだ。それにアヌビートが手を掛けなかっただけで、他にも王妃の毒牙に掛かったものがいるのかもしれぬ」
確かに王太后様の命を簡単に奪ったのですから、気に入らないというだけで処罰された者もいるのかもしれません。
陛下は名君とも賢王とも言われる方ですが、唯一の欠点が王妃様に対して甘いという事でしたから。王妃様に気に入られれば地位は確約されたのと同じだったのです。
「国を守る者として裁くのは、表裏関係なく仕方のないことだ。それを躊躇していては国が乱れる、だが私利私欲の為に害してはならぬ、それをすればただの暴君となる」
「はい」
「それを王妃も知っていた筈なのに」
そこにいるのは国の長たる王ではありませんでした。
賢王としての姿は既に消え失せ、がっくりと肩を落とし嘆き悲しむだけの人に成り果てていたのです。
「五ヶ月後、私は病に倒れアダム、王太子に王の座を受け渡す。侯爵よ不甲斐ない王家ではあるが変わらぬ忠義で仕えてくれるか」
「御意に」
悲しい願いに、お父様は望む答えを返しました。
「感謝する」
小さく頭を下げるその姿に、私は衝撃を受けふらつきました。
王たるものが臣下に頭を下げたのです。次代の王の為に頭を下げるその姿に私達は衝撃を受けたのです。
「陛下、罪人エミリアを連れて参りました」
衝撃が消えぬまま、王太子殿下と第二王子殿下がエミリアさんを伴い戻ってきました。
「エミリア」
ポツリとフィリップ殿下が彼女の名前を呼びました。
彼女の名を呼ぶフィリップ殿下の姿に、私は心の奥がツキンと痛くなるのを感じました。
「フィリップの隣へ」
第二王子殿下の声に青い顔をしたエミリアさんは無言で並び頭を下げました。
「陛下、矮小なる私めの発言をお許しください」
「許す」
「ありがとうございます。フィリップ殿下は悪くありません。すべて私の罪です。どうかどうか私の命で償いが出来るとは思ってもおりませんが、愚かな私の命をどうぞ償いとして頂けないでしょうか」
「フィリップは悪くないと?」
「悪いのは私です。私がフィリップ殿下が婚約していると知りながら、それでもお慕いしてしている心を諦めきれず、同情を買おうとフィリップ殿下を騙して、ですから、ですから」
明らかに嘘だとわかる言い訳を、ぶるぶると震えながら言い続けるエミリアさんを、誰もが呆れた顔で見ていました。
恋は人を愚かにするというのは、こういう事を言うのかもしれません。
嘘をついてでもフィリップ殿下を救おうとする、その姿に足りなかったのはこれだったのだと悟りました。
「その方の命で何を救えると、未遂だったとして放火の罪人のそなたに」
私に足りなかったもの、それはフィリップ殿下を思う気持ちでした。
「私は放火の大罪人でございます。そしてフィリップ殿下を騙した嘘つきでございます。フィリップ殿下は優しさから私に騙されただけです。罪はございません。どんな事でも致します、どうかどうかフィリップ殿下をお助け下さい」
放火の罪で裁かれると理解しながら、それでも自分の命をかけてフィリップ殿下の罪を無かったものにと願うエミリアさんの行いは愚かの一言です。
でもこの場にいる誰もが笑うことなど出来ませんでした。
エミリアさんがフィリップ殿下を思う気持ちを理解できるからこそ、蔑むことも笑うことも出来なかったのです。
「……では、フィリップと共に平民となり生涯添い遂げよ」
「……え」
必死に願い続けるエミリアさんに、陛下は苦笑と共に告げました。
「平民になるのは嫌か、なんでもすると言ったのは謀りか」
「い、いいえ。ですが、私は火あぶりに」
「火あぶりにしそなたの命を取れば苦しみは一瞬、だが貴族の令嬢に生まれたお前に、王子として生きてきたフィリップに、平民として暮らすのはどんな罰より辛いだろう」
陛下のお声は先程の悲壮感はなく、威厳のあるお声に戻っていました。
「フィリップ様と添い遂げる」
信じられないものを見る様な目でエミリアさんは陛下を見た後、隣に立つフィリップ殿下に視線を移しました。
「それがお前達の償いだ」
「あ、ありがとうございます。ありがとうございますっ」
泣きながら二人は陛下に御礼の礼を取った後、自然と手を繋ぎました。
恐る恐る伸ばしたエミリアさんの手。
愛しいものを守りたい、その気持ちだけで彼女へ伸ばされたフィリップ殿下の手。
それらが繋がれて、その瞬間見えたのは二人のこの上ない幸福の笑顔でした。
断罪の先に、二人は本当に結ばれたのだと私はこの時悟ったのです。
※※※※※※
物凄く長くなってしまいましたが、上手く切れなかったので……。
陛下の声に目元だけを黒い仮面で覆った黒装束の者達が音もなく現れ、王妃様を一人が抱き上げると扉とは違う方向へ歩き始めました。
「お義兄様っ!私はあなただけを愛しています。死んでもなお愛し続けますっ!」
暴れる王妃様を黒装束の者達はものともせずに歩き続け、やがて壁の向こうに消えていきました。
「王妃はこれより病の治療の為王妃の宮を出て離宮にと移り、五ヶ月後治療のかいなく儚くなる。フィリップは治療の付き添いとして王妃と共に離宮に向かい、病が移りそれがもとで命を落とす」
「畏まりました」
疲れきった表情を取り繕う事なく立ち上がると、陛下は一人言の様に告げました。
神の裁きは表には出せません。
王妃様の罪も同じです。
「王妃の罪は許せるものではないが、精神操作の魔法による罪を王家の者が犯した等はとても公表出来ぬ。故に耐えよ」
「裁きの場に居ることを許されただけで十分でございます」
お父様が臣下の礼を取るのに合わせ私達もそれぞれ礼を行う。
「アヌビートはこれより北の砦に居を移す」
「陛下、温情に感謝申し上げます。罪の償いには足りませぬが一人でも多くの命を救うため全力を尽くすことを誓います」
「うむ。連れていけ」
アヌビートを連れ、第二王子殿下が部屋を出ていきました。
「フィリエ伯爵」
「はい」
「フィリップを頼む。甘ったれでどうしようもない馬鹿だが、それでも私の弟だ。これに平民暮らしは難しいだろうが、好いた娘と添い遂げられるように、厳しく導いて欲しい」
王太子殿下はそう仰った後、フィリップ殿下を立たせました。
「陛下のお気持ちを受け止めよ」
「はい、もうご尊顔を拝する事はできませんが、私の忠誠は陛下の下に」
「そう畏まったお前を見るのは不思議な気がするが、元気で暮らせよ」
「は、はい」
王太子殿下はフィリエ伯爵を伴い部屋を出ていきました。
「余は王妃の葬送の儀を行った後、あれと同じ量の神の裁きを飲む」
部屋を出ていく二人を見送った後発せられた、陛下の恐ろしい言葉に私達は何も言えずそのお顔をただ見つめていました。
王妃様と同じだけの神の裁きを飲むということは、五か月もの間苦しみ続けるということです。
「あれをあんな風にした罪は、余にある。あの場に余の妃になるのを厭う娘がいるなど考えもしなかった。本当は選ぶべき令嬢は別にいたのだ、それを私は人生ただ一度の我が儘だと言って自分の望みを通してしまった。王妃が他に好いた相手がいるなど想像もしていなかったのだ。あの場にいた者達はすべて余の妃になりたいと、各家の策略や己の意思でそう思っている者達だと信じて疑いもしなかった。選ばれたくない等考えている者がいるなど思いもしなかったのだ」
あの場とは、陛下の妃を選ぶ為の茶会、王妃様が陛下に見初められた茶会を言っているのでしょうか。
「陛下」
「侯爵、そなたの息子の命を奪い、娘の幸せを潰しかけたのは余のせいだ。それでだけでなく、母上の命を縮めたのも余があれを妃にと望んだせいだ。それにアヌビートが手を掛けなかっただけで、他にも王妃の毒牙に掛かったものがいるのかもしれぬ」
確かに王太后様の命を簡単に奪ったのですから、気に入らないというだけで処罰された者もいるのかもしれません。
陛下は名君とも賢王とも言われる方ですが、唯一の欠点が王妃様に対して甘いという事でしたから。王妃様に気に入られれば地位は確約されたのと同じだったのです。
「国を守る者として裁くのは、表裏関係なく仕方のないことだ。それを躊躇していては国が乱れる、だが私利私欲の為に害してはならぬ、それをすればただの暴君となる」
「はい」
「それを王妃も知っていた筈なのに」
そこにいるのは国の長たる王ではありませんでした。
賢王としての姿は既に消え失せ、がっくりと肩を落とし嘆き悲しむだけの人に成り果てていたのです。
「五ヶ月後、私は病に倒れアダム、王太子に王の座を受け渡す。侯爵よ不甲斐ない王家ではあるが変わらぬ忠義で仕えてくれるか」
「御意に」
悲しい願いに、お父様は望む答えを返しました。
「感謝する」
小さく頭を下げるその姿に、私は衝撃を受けふらつきました。
王たるものが臣下に頭を下げたのです。次代の王の為に頭を下げるその姿に私達は衝撃を受けたのです。
「陛下、罪人エミリアを連れて参りました」
衝撃が消えぬまま、王太子殿下と第二王子殿下がエミリアさんを伴い戻ってきました。
「エミリア」
ポツリとフィリップ殿下が彼女の名前を呼びました。
彼女の名を呼ぶフィリップ殿下の姿に、私は心の奥がツキンと痛くなるのを感じました。
「フィリップの隣へ」
第二王子殿下の声に青い顔をしたエミリアさんは無言で並び頭を下げました。
「陛下、矮小なる私めの発言をお許しください」
「許す」
「ありがとうございます。フィリップ殿下は悪くありません。すべて私の罪です。どうかどうか私の命で償いが出来るとは思ってもおりませんが、愚かな私の命をどうぞ償いとして頂けないでしょうか」
「フィリップは悪くないと?」
「悪いのは私です。私がフィリップ殿下が婚約していると知りながら、それでもお慕いしてしている心を諦めきれず、同情を買おうとフィリップ殿下を騙して、ですから、ですから」
明らかに嘘だとわかる言い訳を、ぶるぶると震えながら言い続けるエミリアさんを、誰もが呆れた顔で見ていました。
恋は人を愚かにするというのは、こういう事を言うのかもしれません。
嘘をついてでもフィリップ殿下を救おうとする、その姿に足りなかったのはこれだったのだと悟りました。
「その方の命で何を救えると、未遂だったとして放火の罪人のそなたに」
私に足りなかったもの、それはフィリップ殿下を思う気持ちでした。
「私は放火の大罪人でございます。そしてフィリップ殿下を騙した嘘つきでございます。フィリップ殿下は優しさから私に騙されただけです。罪はございません。どんな事でも致します、どうかどうかフィリップ殿下をお助け下さい」
放火の罪で裁かれると理解しながら、それでも自分の命をかけてフィリップ殿下の罪を無かったものにと願うエミリアさんの行いは愚かの一言です。
でもこの場にいる誰もが笑うことなど出来ませんでした。
エミリアさんがフィリップ殿下を思う気持ちを理解できるからこそ、蔑むことも笑うことも出来なかったのです。
「……では、フィリップと共に平民となり生涯添い遂げよ」
「……え」
必死に願い続けるエミリアさんに、陛下は苦笑と共に告げました。
「平民になるのは嫌か、なんでもすると言ったのは謀りか」
「い、いいえ。ですが、私は火あぶりに」
「火あぶりにしそなたの命を取れば苦しみは一瞬、だが貴族の令嬢に生まれたお前に、王子として生きてきたフィリップに、平民として暮らすのはどんな罰より辛いだろう」
陛下のお声は先程の悲壮感はなく、威厳のあるお声に戻っていました。
「フィリップ様と添い遂げる」
信じられないものを見る様な目でエミリアさんは陛下を見た後、隣に立つフィリップ殿下に視線を移しました。
「それがお前達の償いだ」
「あ、ありがとうございます。ありがとうございますっ」
泣きながら二人は陛下に御礼の礼を取った後、自然と手を繋ぎました。
恐る恐る伸ばしたエミリアさんの手。
愛しいものを守りたい、その気持ちだけで彼女へ伸ばされたフィリップ殿下の手。
それらが繋がれて、その瞬間見えたのは二人のこの上ない幸福の笑顔でした。
断罪の先に、二人は本当に結ばれたのだと私はこの時悟ったのです。
※※※※※※
物凄く長くなってしまいましたが、上手く切れなかったので……。
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