115 / 123
敗北の後
しおりを挟む
「ゾルティーア侯爵令嬢、あの」
「ありがとうございます。どうぞ扉を閉めて下さいませ」
銀盆を持っている為涙を拭けない私は、精一杯の笑顔で騎士様にそうお願いすると返事を待たずに歩き始めました。
戸惑いながら騎士様は、王太子殿下が信頼されている優秀な方であるというのが察せられる態度で私に頭を下げた後扉の鍵を閉めました。
一歩一歩、ゆっくりと歩みを進めながらも私の涙は止まりませんでした。
この涙をどう説明したらいいのか分かりません。
先程の部屋に戻る前に涙を止めなければいけないというのに、止められません。
「フローリア」
「ケネス」
先程の部屋の扉の前でケネスが待っていました。
どうしてケネスだけが外に出ているのか考えて、また私の両目から涙が零れ落ちていきました。
「目を閉じろ」
「ケネス」
ぽたぽたと落ちていくこれが何に対する涙なのか、私には判断出来ません。
フィリップ殿下へのエミリアさんの気持ちへの涙なのか、エミリアさんに負けてしまった私への涙なのか。
王妃様に湯が見られてしまった人たちへの涙なのか、私には理解出来ません。
「ありがとう」
ケネスがハンカチで私の涙を拭いてくれているのを、ただ目を閉じて受け入れていました。
いつもは剣を握る無骨な手が、優しく私の目元を拭いてくれるのを不思議な気持ちで受け入れていると自然に涙が止まっていました。
「お前は仕方ないな」
「なによ、それ」
ケネスとは気心が知れている分、軽い言葉も言えます。
他の従兄達とは、私とケネスとの距離感は違うのです。
「わざわざ自分が傷つくために会話しに行く必要なんて無かったと俺は思うし、それを考えるとお前は馬鹿だ」
「酷いわ」
「うん。なんか、わざわざカサブタを剥がしていたがる級友を見ている様な気持ちになってさ」
「カサブタを剥がす?」
怪我など貴族令嬢が作ることは殆どありません。
私も過去に数度ある程度の経験でしかありませんから、ケネスが言う様なカサブタを自ら剥ぐ様な事はしたことがありませんし、その気持ちを理解出来ません。
「そう。待っていればいつか傷が癒されて跡形もなく綺麗に治るのに、わざわざカサブタを剥がしてまた血を流すんだよ」
「そういう事があるのね。知らなかったわ」
「フローリアは、模範的な貴族令嬢だからなあ。そういう経験はないだろうな」
「そうね。傷なんて傷用のポーションを塗ればすぐに治ってしまうもの」
ほんの少しの傷でも、私には傷用のポーションが使われてきました。
例え貴族令嬢でも自然治癒出来痕も残らない様な傷にはポーションを使ったりしないのは、大きくなってから知りましたが私には未だポーションの治療は必須です。
「騎士学校だと大きな傷でもポーションなんて使わずに治してしまう奴らが多いんだ」
「そうなのね」
「で、傷の治り駆けに出来るカサブタを剥がす奴がいるんだよ」
「どうして」
「どうしてなんだろうな。少し痒みがあったりするから苛々するのかもしれないな」
想像してみようとしても、カサブタが出来たことが無い私にはその感覚を理解するのは難しそうです。
経験したことがない感覚は理解するのは難しいのだと、悟りました。
「ケネス」
「なんだ」
「エミリアさんはフィリップ殿下を優しいと言うのよ」
「そうみたいだな」
「私には理解出来ないわ。想像すら無理よ優しいフィリップ殿下なんて」
ああ、止まった筈の涙がまたあふれそうです。
「無理よ。私の前でいつもあの方は声高に私を威喝して、私を蔑んで、笑いかけてくれたことすら無かったのよ」
婚約者だったのに、フィリップ殿下も私も寄り添おうとしませんでした。
婚約破棄が無ければ結婚するしかなかったのに、その前から冷え切った関係しかありませんでした。
「私がちゃんと努力していたらいつの日か私にフィリップ殿下が笑いかける未来があったの?」
言いながらそんな日は絶対に来なかったと自分自身で答えを出して、無理矢理に笑いました。
「皆様をお待たせしてはいけないわね。部屋に入るわ」
「大丈夫なのか」
「ええ。ケネス、ありがとう」
「俺は何も」
ハンカチをそっと私の目元に当てるケネスに甘えてしまいたくなります。
「傍にいてくれただけで心強いのよ。だからありがとう」
ケネスの顔を見て笑って、漸く私の涙は止まりました。
扉を開き中へと入ります。
これから四人の判決が下されるのです。泣いても悔やんでも、すべてが決まるのです。
「ありがとうございます。どうぞ扉を閉めて下さいませ」
銀盆を持っている為涙を拭けない私は、精一杯の笑顔で騎士様にそうお願いすると返事を待たずに歩き始めました。
戸惑いながら騎士様は、王太子殿下が信頼されている優秀な方であるというのが察せられる態度で私に頭を下げた後扉の鍵を閉めました。
一歩一歩、ゆっくりと歩みを進めながらも私の涙は止まりませんでした。
この涙をどう説明したらいいのか分かりません。
先程の部屋に戻る前に涙を止めなければいけないというのに、止められません。
「フローリア」
「ケネス」
先程の部屋の扉の前でケネスが待っていました。
どうしてケネスだけが外に出ているのか考えて、また私の両目から涙が零れ落ちていきました。
「目を閉じろ」
「ケネス」
ぽたぽたと落ちていくこれが何に対する涙なのか、私には判断出来ません。
フィリップ殿下へのエミリアさんの気持ちへの涙なのか、エミリアさんに負けてしまった私への涙なのか。
王妃様に湯が見られてしまった人たちへの涙なのか、私には理解出来ません。
「ありがとう」
ケネスがハンカチで私の涙を拭いてくれているのを、ただ目を閉じて受け入れていました。
いつもは剣を握る無骨な手が、優しく私の目元を拭いてくれるのを不思議な気持ちで受け入れていると自然に涙が止まっていました。
「お前は仕方ないな」
「なによ、それ」
ケネスとは気心が知れている分、軽い言葉も言えます。
他の従兄達とは、私とケネスとの距離感は違うのです。
「わざわざ自分が傷つくために会話しに行く必要なんて無かったと俺は思うし、それを考えるとお前は馬鹿だ」
「酷いわ」
「うん。なんか、わざわざカサブタを剥がしていたがる級友を見ている様な気持ちになってさ」
「カサブタを剥がす?」
怪我など貴族令嬢が作ることは殆どありません。
私も過去に数度ある程度の経験でしかありませんから、ケネスが言う様なカサブタを自ら剥ぐ様な事はしたことがありませんし、その気持ちを理解出来ません。
「そう。待っていればいつか傷が癒されて跡形もなく綺麗に治るのに、わざわざカサブタを剥がしてまた血を流すんだよ」
「そういう事があるのね。知らなかったわ」
「フローリアは、模範的な貴族令嬢だからなあ。そういう経験はないだろうな」
「そうね。傷なんて傷用のポーションを塗ればすぐに治ってしまうもの」
ほんの少しの傷でも、私には傷用のポーションが使われてきました。
例え貴族令嬢でも自然治癒出来痕も残らない様な傷にはポーションを使ったりしないのは、大きくなってから知りましたが私には未だポーションの治療は必須です。
「騎士学校だと大きな傷でもポーションなんて使わずに治してしまう奴らが多いんだ」
「そうなのね」
「で、傷の治り駆けに出来るカサブタを剥がす奴がいるんだよ」
「どうして」
「どうしてなんだろうな。少し痒みがあったりするから苛々するのかもしれないな」
想像してみようとしても、カサブタが出来たことが無い私にはその感覚を理解するのは難しそうです。
経験したことがない感覚は理解するのは難しいのだと、悟りました。
「ケネス」
「なんだ」
「エミリアさんはフィリップ殿下を優しいと言うのよ」
「そうみたいだな」
「私には理解出来ないわ。想像すら無理よ優しいフィリップ殿下なんて」
ああ、止まった筈の涙がまたあふれそうです。
「無理よ。私の前でいつもあの方は声高に私を威喝して、私を蔑んで、笑いかけてくれたことすら無かったのよ」
婚約者だったのに、フィリップ殿下も私も寄り添おうとしませんでした。
婚約破棄が無ければ結婚するしかなかったのに、その前から冷え切った関係しかありませんでした。
「私がちゃんと努力していたらいつの日か私にフィリップ殿下が笑いかける未来があったの?」
言いながらそんな日は絶対に来なかったと自分自身で答えを出して、無理矢理に笑いました。
「皆様をお待たせしてはいけないわね。部屋に入るわ」
「大丈夫なのか」
「ええ。ケネス、ありがとう」
「俺は何も」
ハンカチをそっと私の目元に当てるケネスに甘えてしまいたくなります。
「傍にいてくれただけで心強いのよ。だからありがとう」
ケネスの顔を見て笑って、漸く私の涙は止まりました。
扉を開き中へと入ります。
これから四人の判決が下されるのです。泣いても悔やんでも、すべてが決まるのです。
82
お気に入りに追加
8,677
あなたにおすすめの小説
私の愛した婚約者は死にました〜過去は捨てましたので自由に生きます〜
みおな
恋愛
大好きだった人。
一目惚れだった。だから、あの人が婚約者になって、本当に嬉しかった。
なのに、私の友人と愛を交わしていたなんて。
もう誰も信じられない。
【完】あの、……どなたでしょうか?
桐生桜月姫
恋愛
「キャサリン・ルーラー
爵位を傘に取る卑しい女め、今この時を以て貴様との婚約を破棄する。」
見た目だけは、麗しの王太子殿下から出た言葉に、婚約破棄を突きつけられた美しい女性は………
「あの、……どなたのことでしょうか?」
まさかの意味不明発言!!
今ここに幕開ける、波瀾万丈の間違い婚約破棄ラブコメ!!
結末やいかに!!
*******************
執筆終了済みです。
2度目の人生は好きにやらせていただきます
みおな
恋愛
公爵令嬢アリスティアは、婚約者であるエリックに学園の卒業パーティーで冤罪で婚約破棄を言い渡され、そのまま処刑された。
そして目覚めた時、アリスティアは学園入学前に戻っていた。
今度こそは幸せになりたいと、アリスティアは婚約回避を目指すことにする。
逆行令嬢は何度でも繰り返す〜もう貴方との未来はいらない〜
みおな
恋愛
私は10歳から15歳までを繰り返している。
1度目は婚約者の想い人を虐めたと冤罪をかけられて首を刎ねられた。
2度目は、婚約者と仲良くなろうと従順にしていたら、堂々と浮気された挙句に国外追放され、野盗に殺された。
5度目を終えた時、私はもう婚約者を諦めることにした。
それなのに、どうして私に執着するの?どうせまた彼女を愛して私を死に追いやるくせに。
婚約破棄を望むなら〜私の愛した人はあなたじゃありません〜
みおな
恋愛
王家主催のパーティーにて、私の婚約者がやらかした。
「お前との婚約を破棄する!!」
私はこの馬鹿何言っているんだと思いながらも、婚約破棄を受け入れてやった。
だって、私は何ひとつ困らない。
困るのは目の前でふんぞり返っている元婚約者なのだから。
[完]本好き元地味令嬢〜婚約破棄に浮かれていたら王太子妃になりました〜
桐生桜月姫
恋愛
シャーロット侯爵令嬢は地味で大人しいが、勉強・魔法がパーフェクトでいつも1番、それが婚約破棄されるまでの彼女の周りからの評価だった。
だが、婚約破棄されて現れた本来の彼女は輝かんばかりの銀髪にアメジストの瞳を持つ超絶美人な行動過激派だった⁉︎
本が大好きな彼女は婚約破棄後に国立図書館の司書になるがそこで待っていたのは幼馴染である王太子からの溺愛⁉︎
〜これはシャーロットの婚約破棄から始まる波瀾万丈の人生を綴った物語である〜
夕方6時に毎日予約更新です。
1話あたり超短いです。
毎日ちょこちょこ読みたい人向けです。
『完』婚約破棄されたのでお針子になりました。〜私が元婚約者だと気づかず求婚してくるクズ男は、裸の王子さまで十分ですわよね?〜
桐生桜月姫
恋愛
「老婆のような白髪に、ちょっと賢いからって生意気な青い瞳が気に入らん!!よって婚約を破棄する!!せいぜい泣き喚くんだな!!」
「そうですか。わたくし、あなたのことを愛せませんでしたので、泣けませんの。ごめんなさいね」
理不尽な婚約破棄を受けたマリンソフィアは………
「うふふっ、あはははっ!これでわたくしは正真正銘自由の身!!わたくしの夢を叶えるためじゃないとはいえ、婚約破棄をしてくれた王太子殿下にはとーっても感謝しなくっちゃ!!」
落ち込むどころか舞い上がって喜んでいた。
そして、意気揚々と自分の夢を叶えてお針子になって自由気ままなスローライフ?を楽しむ!!
だが、ある時大嫌いな元婚約者が現れて………
「あぁ、なんと美しい人なんだ。絹のように美しく真っ白な髪に、サファイアのような知性あふれる瞳。どうか俺の妃になってはくれないだろうか」
なんと婚約破棄をされた時と真反対の言葉でマリンソフィアだと気が付かずに褒め称えて求婚してくる。
「あぁ、もう!!こんなうっざい男、裸の王子さまで十分よ!!」
お針子マリンソフィアの楽しい楽しいお洋服『ざまあ』が今開幕!!
《完》わたしの刺繍が必要?無能は要らないって追い出したのは貴方達でしょう?
桐生桜月姫
恋愛
『無能はいらない』
魔力を持っていないという理由で婚約破棄されて従姉妹に婚約者を取られたアイーシャは、実は特別な力を持っていた!?
大好きな刺繍でわたしを愛してくれる国と国民を守ります。
無能はいらないのでしょう?わたしを捨てた貴方達を救う義理はわたしにはございません!!
*******************
毎朝7時更新です。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる