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なぜ彼女だけが違ったのでしょうか
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「フィリップ殿下がそうなことを」
そんな言葉を口にするフィリップ殿下を想像することが私には出来ません。
そんな風に誰かを慰める姿を、どうやれば想像できるでしょう。
想像しようとして私はすぐに諦めました。
先程のフィリップ殿下を見ても、今まで自分が見てきた殿下とは違うと感じてしまうと今感じているのに、王妃様の魔法に支配されていたフィリップ殿下が、知り合ったばかりの女性にそんな優しい言葉を掛ける等あり得ないとすら思ってしまうのです。
「フィリップ殿下は優しすぎる程に優しくて、繊細な方なのだと思います。王妃様は兄であるお二人の殿下がフィリップ殿下と仲が良くないのをお嘆きでしたが、それはフィリップ殿下が優しすぎる方だからお二人の殿下が歯痒く思われているのだと思うのです」
「優しすぎる」
「はい。私みたいな者が周囲に馴染めないでいる事を心配して下さり、優しい言葉を掛けて下さる方です。そんなフィリップ様をお厭いになるなど私には信じられません。きっと何か行き違いがあるのだと思います」
エミリアさんの前にいたのは本当にフィリップ殿下だったのでしょうか。
優しすぎる方なんて、そんな印象を私は一度もフィリップ殿下に感じたことはありません。
王太子殿下達との仲が悪いのも、私にはある意味納得でした。
誰にでも食って掛かるフィリップ殿下の言動を思えば、冷静な王太子殿下達がフィリップ殿下を厭うのも当然だからです。
「フィリップ殿下の幸せが大切なのね。自分の命も自分の家の未来もどうでもいい程にフィリップ殿下の幸せが大切なのね」
「え」
「あなたの罪はあなただけの罪ではないのよ。放火の大罪を犯した子を出した家が無事で済むと思うの」
「で、でも家と私は別物です。私の罪は私だけの罪で家族は関係ありません」
狼狽えるエミリアさんの姿を見て、私はなぜか気持ちが落ち着きました。
なぜか苛々としていた私が、狼狽える彼女の姿を見て満足しているのです。
理由は分かりませんが、そんな私は情けない以外の何物でもありません。
「それでもあなたのご両親は、爵位と領地の返還を申し出ているのよ。あなたの罪を一緒に償うと言っているの」
籍を抜き自分は関係ないという者が殆どであろうと思うのに、彼女の親たちはそうとは願わずに彼女と同じ刑を望んでいるのです。
今頃男爵家では領地返還の為の準備を進めているでしょう。
放火した娘の刑は処刑、しかも火あぶりです。
その娘と同じ刑を望むと言う事は火あぶりを望んでいるということですが、さすがに陛下はそんな刑を彼女の両親に処したりはしないでしょう。
この国に法はあれど、陛下の一言でどんな風にも動きますが、陛下は賢王と名高い方です。
理不尽な処罰はしたりしないでしょう。
「そんな両親は関係ありません。両親は、なにも」
「それでもあなたの両親はあなたと同じ刑罰を望んでいるのよ。罪を犯す娘を育てた責任があるからと言ってね。そう望んでいるの」
どうしたらいいのでしょう。
私は彼女を傷つけたい、そんな気持ちが何故か出てきてしまいました。
「そんな、そんなお父様、お母様。私はそんなつもりでは」
「あなたは善良だわ。そんなあなたを育てたご両親も同じく善良なのでしょう。領民を大切にし領地を治めてきた。そんな家をあなたは継ぐ筈だった」
田舎の男爵家で穏やかな暮らしを彼女はする筈でした。
凡庸でも誠実な男性と結婚し、穏やかな暮らしを守りながら子供を産み育てる。そんな未来が彼女にはあった筈です。
「でも、あなたは愚かな考えで罪を犯しその未来を自ら捨てたのよ。この杯を飲んで罪を償うの。あなたがこれを飲むと言う事は、同じ処罰を望んでいるあなたの両親もこれを飲む可能性が出てくるのよ。それでもあなたはそれでいい、自分はそれで満足だと言えるの」
どうしたらいいのでしょう。
ことばが止まりません。
これはなんという感情なのでしょう。
私は何故彼女に嫌悪感を持っているのでしょう。
「この杯がなぜ二つあるか分かる?」
「いいえ」
「一つはあなたの分。もう一つはフィリップ殿下の分よ」
そう告げた私の持つ銀盆を、彼女は大きく目を見開き見つめたのです。
そんな言葉を口にするフィリップ殿下を想像することが私には出来ません。
そんな風に誰かを慰める姿を、どうやれば想像できるでしょう。
想像しようとして私はすぐに諦めました。
先程のフィリップ殿下を見ても、今まで自分が見てきた殿下とは違うと感じてしまうと今感じているのに、王妃様の魔法に支配されていたフィリップ殿下が、知り合ったばかりの女性にそんな優しい言葉を掛ける等あり得ないとすら思ってしまうのです。
「フィリップ殿下は優しすぎる程に優しくて、繊細な方なのだと思います。王妃様は兄であるお二人の殿下がフィリップ殿下と仲が良くないのをお嘆きでしたが、それはフィリップ殿下が優しすぎる方だからお二人の殿下が歯痒く思われているのだと思うのです」
「優しすぎる」
「はい。私みたいな者が周囲に馴染めないでいる事を心配して下さり、優しい言葉を掛けて下さる方です。そんなフィリップ様をお厭いになるなど私には信じられません。きっと何か行き違いがあるのだと思います」
エミリアさんの前にいたのは本当にフィリップ殿下だったのでしょうか。
優しすぎる方なんて、そんな印象を私は一度もフィリップ殿下に感じたことはありません。
王太子殿下達との仲が悪いのも、私にはある意味納得でした。
誰にでも食って掛かるフィリップ殿下の言動を思えば、冷静な王太子殿下達がフィリップ殿下を厭うのも当然だからです。
「フィリップ殿下の幸せが大切なのね。自分の命も自分の家の未来もどうでもいい程にフィリップ殿下の幸せが大切なのね」
「え」
「あなたの罪はあなただけの罪ではないのよ。放火の大罪を犯した子を出した家が無事で済むと思うの」
「で、でも家と私は別物です。私の罪は私だけの罪で家族は関係ありません」
狼狽えるエミリアさんの姿を見て、私はなぜか気持ちが落ち着きました。
なぜか苛々としていた私が、狼狽える彼女の姿を見て満足しているのです。
理由は分かりませんが、そんな私は情けない以外の何物でもありません。
「それでもあなたのご両親は、爵位と領地の返還を申し出ているのよ。あなたの罪を一緒に償うと言っているの」
籍を抜き自分は関係ないという者が殆どであろうと思うのに、彼女の親たちはそうとは願わずに彼女と同じ刑を望んでいるのです。
今頃男爵家では領地返還の為の準備を進めているでしょう。
放火した娘の刑は処刑、しかも火あぶりです。
その娘と同じ刑を望むと言う事は火あぶりを望んでいるということですが、さすがに陛下はそんな刑を彼女の両親に処したりはしないでしょう。
この国に法はあれど、陛下の一言でどんな風にも動きますが、陛下は賢王と名高い方です。
理不尽な処罰はしたりしないでしょう。
「そんな両親は関係ありません。両親は、なにも」
「それでもあなたの両親はあなたと同じ刑罰を望んでいるのよ。罪を犯す娘を育てた責任があるからと言ってね。そう望んでいるの」
どうしたらいいのでしょう。
私は彼女を傷つけたい、そんな気持ちが何故か出てきてしまいました。
「そんな、そんなお父様、お母様。私はそんなつもりでは」
「あなたは善良だわ。そんなあなたを育てたご両親も同じく善良なのでしょう。領民を大切にし領地を治めてきた。そんな家をあなたは継ぐ筈だった」
田舎の男爵家で穏やかな暮らしを彼女はする筈でした。
凡庸でも誠実な男性と結婚し、穏やかな暮らしを守りながら子供を産み育てる。そんな未来が彼女にはあった筈です。
「でも、あなたは愚かな考えで罪を犯しその未来を自ら捨てたのよ。この杯を飲んで罪を償うの。あなたがこれを飲むと言う事は、同じ処罰を望んでいるあなたの両親もこれを飲む可能性が出てくるのよ。それでもあなたはそれでいい、自分はそれで満足だと言えるの」
どうしたらいいのでしょう。
ことばが止まりません。
これはなんという感情なのでしょう。
私は何故彼女に嫌悪感を持っているのでしょう。
「この杯がなぜ二つあるか分かる?」
「いいえ」
「一つはあなたの分。もう一つはフィリップ殿下の分よ」
そう告げた私の持つ銀盆を、彼女は大きく目を見開き見つめたのです。
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