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愚かな私を許さないでください

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「王太子殿下。三人の判定が終わりました」

 第二王子殿下が銀盆を持ったまま部屋に入ってきたのを王太子殿下は無言で迎い入れると、そっと第二王子殿下の頭を撫でました。

「ご苦労だった。残りは一人だな」
「はい」

 一人と聞いてフィリップ殿下の部屋以外の二つに視線を移すと、一つは空室にもう一つに学校の制服を着た女性が立っていました。
 私達がフィリップ殿下の話に意識を向けている間に、アヌビートとフィリエ伯爵は先程の部屋に戻っていったのでしょう。

「エミリアさん」

 最後の杯はエミリアさんの物でした。
 フィリップ殿下が彼女の分の杯を自分にと仰っていたにも関わらず彼女が部屋にいるということは、フィリップ殿下の願いは聞き届けられなかったのでしょうか。
 でも、アヌビートもフィリエ伯爵もフィリップ殿下の杯を自分にと願っていました。
 それでもフィリップ殿下の前に第二王子殿下は杯を持っていかれたのですから、もしかするとまだ刑罰の判定は終わっていないのかもしれません。

「やつれているな。牢に入れていたわけでは無かったはずだが」

 エミリアさんは貴族が罪を犯した際に入れられる牢ではなく、王族の罪人を閉じ込めておく宮に入れられていた筈ですが、放火した罪で捕らえられ取り調べを受けていたのですからそれなりの心労があって当然でしょう。

「放火しようとして捕らえられていたのですから、普通の令嬢ならああなっておかしくはないでしょう」

 殿下方の視線はエミリアさんに向けられています。

「フローリア嬢」
「は、はい」
「最後に彼女へ何か言いたいことはあるか」

 王太子殿下に問われて、一瞬考えた後私は頷きました。
 彼女と会話をしたことはありません。まともに挨拶さえしたこともないのです。
 婚約破棄をしたあの部屋で、エミリアさんはただフィリップ殿下の隣にいただけでした。
 私に言われるがままに不貞の証の書類に署名をして、その書類の意味に動揺していただけです。

「彼女と話をする時間は頂けるでしょうか」

 どんな理由でも放火は大罪で、その罪を犯した者は火あぶりの刑に処されるのです。
 フィリップ殿下が彼女の分の神の裁きを賜ったとしても、残っているのは火あぶりによる処刑です。

「では、この盆を持っていき杯の説明を頼めるか」
「は、はい。畏まりました」
「彼女が何を言ってもその場ではこれは飲ませない。奪われない様に彼女の動きは封じされているから安心して話すといい。扉の前に立つ者に言えば中へ入る事が出来る」
「ありがとうございます」

 第二王子殿下に手渡された銀盆は、先程フィリップ殿下の間に出されたのと同じ二つの杯が乗ったものです。
 思ったよりも軽いその銀盆は、部屋を出てエミリアさんの部屋に入るまでの間に急に重みを増した気がしました。

「ゾルティーア侯爵令嬢、ここは」
「存じています。私は王太子殿下より入室の許可を得ております」
「失礼致しました。ただいま鍵を開けますので少しお待ち願います」

 扉の前に立っていた騎士は、王太子殿下の護衛騎士の証である剣を持っていました。
 彼は確か王太子殿下の乳兄弟だった筈です。王家の方々とゾルティーア侯爵家の者以外いなかった場に彼だけが存在を許されているのは、それだけ王太子殿下が彼を信頼している証なのでしょう。
 そういう者がいると知り、私は少しだけホッとしました。
 王太子殿下と王太子妃殿下は傍目には仲睦まじく、お子様も数人お生まれになり順風満帆に見えていますが彼女は王妃様の断罪の場にはいらっしゃいませんでした。
 王女殿下方もいらっしゃいませんでしたが彼女達はすでに国内、国外にそれぞれ嫁いでいる為王族から籍を抜いている為かと思います、ですが王妃様の罪の裁きの場に王太子妃殿下がいらっしゃらないのは、少し違和感を覚えます。王太子妃殿下が隣国出身の方だからなのでしょうか。

「お待たせ致しました。私は入室出来ませんので、ここでお待ちしています」
「分かりました。ありがとうございます」

 騎士が開いてくれた扉を、私は銀盆を持ち中へと入りました。
 王宮の中でも豪華である筈の陛下の私的な位置にある場所でも関わらず、この部屋には何も装飾が無く角度的にお父様達が見ている窓がある筈の場所は宗教画が掛けられていました。窓に見えていたあれは驚くことに魔道具だった様です。
 部屋の簡素な雰囲気に宗教画があるだけの部屋は、神殿にある懺悔室の様に感じてしまいます。

「ゾルティーア様」
「エミリアさん、お話をするのは初めてね。私はフローリア・ゾルティーア。ゾルティーア侯爵家の長女よ」
「エ、エミリアと申します。このままでご挨拶無礼をお許しください」

 動きを封じていると王太子殿下が仰っていた通りエミリアさんは動けない様です。
 両手に魔道具と思われる腕輪をしていますから、これで動きを止められているのでしょう。

「エミリアさん、家名は?」
「私は罪人です。もう家からは放逐されていると思います。ですから、私はただのエミリアでございます」

 エミリアさんが男爵家からすでに籍を抜かれている等は聞いていません。
 男爵達は娘と同じ処罰を望んでいて、彼女の刑が決まり次第領地と爵位の返還の手続きを行うことになっているとお父様が仰っていたのですから、むしろ彼女の籍はそのままにされているでしょう。
 ですが彼女はすでに家から見捨てられた認識なのでしょう。

「そう。なら平民のエミリアさん。あなたは我がゾルティーア侯爵家に放火をした罪で捕らえられています。ね、私がそんなに憎かったのかしら」

 私と婚約破棄してもフィリップ殿下との婚約を自分が認められないのは、私が妨害をしているせいだと思いつめた末の犯行だと確か彼女は告白していた筈です。
 私は王妃様の命令だと知っていますが、それはフィリップ殿下から知らされたことで彼女の口からは誰も聞いていないのです。

「いいえ。いえ、私は愚かにもゾルティーア様を逆恨みして放火をしようと」
「放火の道具はどうやって準備したの?」
「そ、それは」

 普通の貴族令嬢は着替えすら出来ないとは知らなかった私は、エミリアさんがどの程度自分で出来るのか知りません。
 私が放火の道具を誰にも気が付かれる事無く一人で準備するのは、まず不可能です。
 私の傍には常にユウナがいますし、一人で外出等出来ませんし侯爵家と取引をしている商人以外からの買い物等も出来ないでしょう。多分それは彼女も同じ筈です。

「ねえ、あなたはどうして放火しよう等考えたの。捕まった時にあなたの家がどうなるかすら考えられなかった?」
「家、家は関係ありません。私が私がっ」
「放火の罪は死刑と決まっているのよ。それも火あぶり。だけどね、あなたは仮にもフィリップ殿下と婚約が決まりかけていた人だから、公には罪を問えないの」
「え」
「この杯は神の裁きという毒が入っているのよ。この名前を聞いたことがあるかしら」

 神の裁きは特殊な毒で、特殊な刑です。
 上位貴族に生まれた者なら必ず大罪人の刑に使われる毒だと教えられ、その毒がどんな風に罪人を殺すのかを教えられるのです。

「か、神の裁き」
「そうよ」
「それが私の罪の償いなのですね」

 エミリアさんはすでに自分の命を諦めている様でした。
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